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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第916話 幸せを願ってる

「パパ、ママ……!?」


 ミュゲイラは驚愕の声を漏らす。

 その声も子供の頃のもので、思わず口を押さえたが手も口も小さかった。

 また幻覚だろうか。そうミュゲイラは警戒しながら死んだはずの両親を見つめる。


 エルセオーゼのラビリンスで幻覚に足止めされた時はいの一番に脱出できた。

 違和感のある幻覚に両親の思い出を上書きされたくなかったのだ。


 幻覚ならあの時も両親が出てきたが――どうにも今回は質が違う。

 ミュゲイラが警戒していると懐かしい声が耳に届く。


「ミュゲイラ、お前は頑張りすぎだ」


 そう困ったように笑いながら、父のリズが自身と同じ髪色をしたミュゲイラの頭を撫でた。

 この感触も随分と久しぶりだ。

 目を瞬かせながらミュゲイラは真っ暗な空間を見回す。

 はっきりと見えるのは両親だけかと思ったが、よく目を凝らせば川のほとりだということがわかった。


 そう理解するなり水の匂いが鼻に届く。


「が……頑張らなきゃいけないことが多かったんだよ。それよりパパとママはどうしてここに? ふたりとも死んだよな? 自覚してる? オバケ?」

「臆面なくそんなことを言い放つのはミュゲイラの強みだなぁ……」


 再び困った笑みを見せるリズの肩を母のメオリアがぽんぽんと叩く。


「あたしそっくりで最高でしょ?」

「あー……うん」

「歯切れ悪いわね」


 半眼になりつつメオリアはミュゲイラの手をぎゅっと握った。

 生きた人間のように、そして過去の記憶にあるように温かい手だった。


「ミュゲイラ、リズの言った通りあなたはとても頑張ったわ。リータと一緒に生きてくれてありがとうね」

「ママ……」

「あたしたち山ほどあなたのことを心配したけど、立派に成長して夢を叶えた姿を見れて良かった」


 しかし身につけた筋肉はこの不思議な世界では失われ、両親に心配をかけていた頃の姿になってしまった。こんな姿では岩すら持ち上げられない。

 そう情けなく感じてるんだとミュゲイラが口にすると、メオリアは思案するように視線を斜めに流しながら「それは多分……」と頬に手を当てた。


「あたしたちが迎えにきたからかしら。どうにもあなたを迎えに行くっていうとイメージがその姿になるのよね〜……」

「む、迎えに?」

「そう。あたしたちのイメージが反映されちゃうほどあなたは弱ってる。――あなたはこれから死んでしまうのよ、ミュゲイラ」


 死んだ両親にこんなことを言われれば、誰でも慌てふためき恐怖を感じるだろう。

 しかしミュゲイラはその一言でとても納得してしまった。

 納得したからこそ、むしろ迎えに来てくれた両親に感謝した。


(嬉しいなぁ、これからはまた一緒に暮らせるのか)


 父と母が死んで悲しくなかったはずがない。

 寂しくなかったはずがない。

 もう一度ふたりと暮らせるなら喜んでついて行っただろう。

 そしてまだ頼りないところがあるとはいえ、あれから成長した部分を見せて安心させ、なにも心配しなくていいと言ってあげるのだ。


「……」


 しかし。

 妹を遺して死ぬというのに、安心などさせられるのだろうか。

 ミュゲイラはリズとメオリアの手を同時に引っ張る。


「パパ、ママ、リータもめちゃくちゃ成長したんだ」

「……ああ、見ていた」

「それとさ、あたし好きな人ができたんだよ。最高の筋肉を持つ最高の憧れの人で、あの人と比べたらあたしなんてまだまだだ」

「ふふ、見てたわ」

「なんかこっちは恥ずかしいな」


 もごもごしながら頬を赤くしたミュゲイラはふたりの手を握ったまま言った。


「あたし、まだふたりのために頑張りたい。頑張りすぎでもやれることをやりたい」

「ミュゲイラ……」

「痛くても辛くても苦しくても我慢できる。そうやってあたしがあたしのことを信じてるし、大丈夫だって確信してる」


 だから。


「だからママとパパとはまだ行けない」


 そう言い放った瞬間、無自覚に流れた涙が頬を伝ってぽたぽたと落ちる。

 迎えに来てくれた、子供の頃に死んだ両親。

 そんなふたりと一緒に行けないと口にすることは胸を切り裂かれるようだった。


 それでも想いを言葉にしないといけない。

 そうミュゲイラは温かい手を握ったまま鼻を啜りながら口を開く。


「憧れだった筋肉の神とも約束したんだ、また会おうって。――けど、あたしもリータも、いつかはパパとママと同じ場所に行くと思う。だからその時は……」


 揺れる視界で握った手を見つめる。

 爪の形も指の長さもシワの付き方も記憶の中の両親と寸分違わない。しかしそれが証拠だ。彼らは死んでいるのだ。


 だから、共には行けない。

 そう言い重ねるとミュゲイラは鼻水を垂らし、押し込めていたものが決壊したように声を上げて泣いた。


「ごめん! ごめんなさい! しん、し……心配かけてばっかだったのに、こんな時まで、あたし……!」

「あっはは、豪快な泣きっぷりは変わってないわね〜。ほら鼻かんで」


 メオリアはミュゲイラの鼻を拭い、リズは涙を拭い取る。

 そしてふたりでミュゲイラを抱き締めた。


「見送る顔が泣き顔じゃ嫌だわ、また笑顔を見せてくれる?」

「え……それって……」

「あたしたちもあなたが帰ることを応援してるってこと」


 メオリアはそう言って体を離す。

 気づけばいつの間にかふたりを見下ろす形になっていた。

 きょとんとするミュゲイラの逞しい腹筋をメオリアが手の甲で軽く叩く。


「これまた立派ね、パパなんてあなたのクシャミで吹っ飛ばせるんじゃない?」

「メオリア、俺の印象が弱いまま記憶に残っちゃうだろ」


 でも否定しきれないな、とリズは笑った。

 その笑顔につられてミュゲイラも目元を赤くしたまま笑みを浮かべる。そこへ奇妙な音が響いてきた。どん、どん、と力強く定期的に聞こえる。


「なにかしら、太鼓?」

「これ――心音だ。シズカの姉御の心音だ!」

「それを聞いても太鼓にしか聞こえないの凄いわね!?」


 メオリアは目を瞠りつつ背伸びしてミュゲイラの肩を叩く。


「きっとあなたを呼んでるのよ。ほら、行ってらっしゃい」

「ミュゲイラ、リータにも伝えておいてくれ。俺たちは――」


 リズが最後に一度だけ手を握り、メオリアと共に言った。


「お前たちの幸せを願ってる」

「あなたたちの幸せを願ってる」


 それを合図にしたように心音が大きくなり、ミュゲイラは静まり返っていた自身の内側からも同じ音が響いたのを聞いた。心筋が鼓舞され全身に血液を送り出す。

 見えていた景色は薄らぎ、リズとメオリアの姿も水面の向こう側へ落ちていくように見えなくなっていった。

 そして再び真っ暗闇に包まれ――ぱちり、と目を開けた時、そこにあったのは静夏の顔だった。


 近い。

 あまりにも近い。


 一瞬で真っ赤になったミュゲイラは目をまん丸にし、静夏は安堵の笑みを浮かべてミュゲイラの上半身を抱き起す。


「ああああ姉御、あの、その」

「良かった……良かった、ミュゲ。よくぞ帰ってきた」


 このまま死んでしまうのかと思った。

 そう口にした静夏に普段のような余裕は無く、あまりにも泣きそうな顔をしていたため、ミュゲイラは面食らった顔で挙動不審になりながらも頭を下げた。


「し、心配かけてすみません。姉御が助けてくれたんですか?」

「見様見真似だったが、心肺蘇生法を試みながら心筋に筋肉の波動をぶつけて語り掛けていた」


 とんでもない工程が挟まれていたが、この場にツッコミを入れられる人材は存在しない。

 感動した様子で目を輝かせていたミュゲイラはハッとする。


「え、心肺蘇生法っていうと」

「心臓マッサージと人工呼吸だ」

「……」

「もっと良い方法があったかもしれないが、これしか思いつかなかった。もし不快だったら申し訳な――」

「そんなことないんで! ないんで! むしろ嬉しいんで! ありがとうございます!!」


 本気の礼を言われた静夏はきょとんとしていたが、嫌がられなくて良かったと微笑んだ。

 ミュゲイラはもう一度死にそうだなと思いながら自分の胸を押さえる。

 痛みが走ったのは蛇に与えられたダメージだけでなく、肋骨を折ってでも血液を送り出すため心臓マッサージを行なったからだ。


 それだけ必死になってくれたことにミュゲイラは目を細める。

 手の平には心臓の鼓動がしっかりと伝わってきた。


「……でも姉御、あれって捉えようによってはキスっすよね」

「!」

「なので、その、今度やり直しさせてもらえますか」

「む、それは――」


 何がどう「なので」なのかはっきりとは言えないまま、しかしはっきりとそう伝えたミュゲイラは珍しく静夏の顔も赤いことに満足すると勢いをつけて立ち上がった。


「けど姉御は色々考えなきゃなんないことが多いと思うんで、後でいいっすよ! さあ、シエルギータたちを担いで治療班を探しましょっか。多分援軍要請をしたから近くに来てるはず……」

「ミュゲ」


 静夏はそっと名前を呼ぶと力強い声で言う。


「お前のことも、織人さんのこともしっかりと考えている。さっきの答えもだ」

「へへ、絶対忘れないでくださいよ」


 どっちに転んでも両親に報告したいんで。

 そう言って笑い、ミュゲイラはオレンジ色の髪を揺らして歩き始めた。

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