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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第911話 救世主なんて呼ばなきゃよかったのよ

 筋肉がぶつかり合っている音ではない。

 しかし目に映る世界ではたしかに筋肉と筋肉がぶつかり合い、互いの命ごと削りあっていた。


 静夏は太く逞しい腕に詰まった筋肉を脈動させ、それを駆使して繰り出したパンチひとつで重機のようにシェミリザの硬い鱗をいくつも打ち砕く。

 シェミリザは蛇の長くしっかりとした肉体に内包された筋肉をしならせ、美しささえ感じる動きで素早く獲物を仕留めんと動いていた。


(やはり、今のシェミリザの肉体は数多の筋肉に守られ支えられている)


 それは魔獣ながら筋肉に愛されていると言っても過言ではない。

 筋肉は聖女マッシヴ様や筋肉の神オルガインといった存在から善なるものと見られがちだが、生きているもの全てに対して平等だ。

 愛し、大切にすれば応えてくれる。


(そう、敵対している者に応えたからといって、その筋肉自体が悪きものとは言えない。――それはシェミリザ自身にも言えることなのではないか)


 静夏は己を善とは思っていない。

 自己防衛と己の未来のために加害者を排除しているだけだ。

 その加害者がたまたま大多数のヒトから見ても危険だったため、行為が正当化されているだけに過ぎない。


 シェミリザが行なったこと――この世界の崩壊を手助けしたことも数多の人々から見れば悪だろうが、結局は彼女は彼女なりの正義を持って行動しているだけであり、自分となんら変わりないのではないかと静夏は思う。


 正義と正義のぶつかり合いだ。

 シェミリザの言う通り、静夏は彼女の考えを知ったところで手を止める気はない。

 しかしそれでも彼女の持つ『正義』がなんなのか知っておくべきではないかと思うと同時に、口をついて言葉が出た。


「シェミリザよ、お前がここまでして成したいこととは一体なんだ」

『あら、さっき答えたじゃない。やめるつもりがないなら聞く意味は――』

「やめるつもりがなくとも、私がここでお前を止める気だとしても、だからこそ知っておかねばならないと考えた」

『自己満足ね』

「ああ、そうだ。私の自己満足だ」


 その上で、と静夏は空中で飛んできた蛇の尾を抱えるようにして受け止めて言う。


「聞かせてくれないか。お前が何故そのような道を選んだのか……どうしてそのような考えに至ったのか」

『……』


 尻尾を掴む姿がミュゲイラと重なって見え、忌々しげな表情を浮かべながらシェミリザは答えた。


『自己満足に付き合う義理はないわ。あなたが助けてくれるなら話は別だけれど――あなたたちが力不足だからこうなったとも言えるのに、今更縋れると思う?』

「あなたたち……?」


 シェミリザは転生者に――救世主になにか抱えたものがあるような様子だった。

 恐らく静夏や伊織個人に対するものではない。

 だが、だからといってオルバートやバルドに対するものでもない気が静夏はした。


(過去に生きていた救世主たちとなにかがあった、という可能性もあるが……)


 どうにも違う気がするのはシェミリザの様子のせいだろうか。

 静夏は目を細めながら彼女を見る。


 こんなにもヒトから遠のいた姿になってまでなにがしたいというのか。

 シェミリザと救世主になにか接点があるというのか。

 その疑問に、かつて聞いたペルシュシュカとヨルシャミの言葉が橋を架ける。


「……シェミリザよ、お前はヨルシャミよりも高度な予知を行なえると聞いた。かつてペルシュシュカの元へ助言を得に訪れたのは、その予知でなにかを見たのか?」

『……』

「そして、お前たちの予知や予言の類は転生者や転移者、救世主が関わると結果が変わると耳にした」


 静夏は視線はそのままにシェミリザの尾を引き寄せながら言う。


「なんらかの予知の結果にお前が苦しんでいたとしよう。それを回避するためにお前は救世主に縋ったが、良い結果は出なかったのではないか」


 シェミリザは抵抗をやめるとたったひとつの目で静夏を凝視した。

 かと思えばおかしそうにくすくすと笑って長い舌を覗かせる。


『縋ったんじゃなくて利用したのよ。救世主を使えばなんとかなるんじゃないかと思ったのだけれど、力不足だったわ』


 変えたい出来事があまりにも大きすぎた、とシェミリザは声音に僅かな感情を滲ませて言った。

 その感情は悔恨と無念さを混ぜたようなもので、事情を知らなければ上手く掬い上げられないようなものだった。

 それでも静夏はもう一歩踏み込む。


「その予知した未来は世界の穴に関わるものなのか?」

『少なからず影響はあったでしょうね』

「なら、今お前がしようとしていることは逆効果なのではないか。……我々が全員で挑めばなんらかの結果を得られる可能性もある。今からでもこんなことはやめて私に協力させてはもらえないか」


 静夏が真っ直ぐに放った言葉を受け、シェミリザはぞわりと身を震わせると弾かれたように笑い飛ばした。


『……あはは! 嫌だわ、本当に嫌。わたしの本当の望みに辿り着いてもいないのに手を差し伸べるなんて。もうあなたたちに利用価値はないのよ、救世主』


 尾を大きく上げたシェミリザはそれを凄まじい勢いで地面に叩きつけた。

 地震じみた地響きが起こり、静夏はぐるぐると宙を舞ってから乾いた土をヘこませる勢いで着地する。


 シェミリザは協力してもらう価値すらないと静夏を切って捨てながら、巨体を大きく伸び上がらせて口を開いた。

 表情に憎しみが籠められているのは――やはり個人に対するものではない。

 それは長い間シェミリザが己の内側に溜め続けた感情の発露であり、一番身近な自分自身に向けられたものだった。


 その時、揺すられた地面の中からなにかが這い出る。


 土の中に潜んでいた魔獣たちだ。

 姿形は耳の大きなネズミのようで実にか弱い。

 静夏にとっては脅威ではなかったが、シェミリザはそれを口で一掬いすると自分の中へと取り込んだ。鱗の内側からぴしりと微かな音を響かせながら彼女は言う。


『救世主なんて呼ばなきゃよかったのよ。長く苦しむだけじゃない』

「お前は――」

『それでもわたしなんかに優しさを向けようとするなら、ねえ、一緒に絶望してちょうだいよ』


 あれだけ硬かった鱗が勝手に剥げ落ち、蛇の頭が真上を剥いて裂けるのではないかというほど口が大きく開かれる。

 その中から舌ではなく黒い塊が迫り出し、どろどろと赤黒い体液を流しながら形を作り始める。


 まるで肉塊で粘土細工を作っているかのようだった。

 静夏が目を瞠っている前で『それ』が元のシェミリザの上半身を作り出し、髪や瞳や肌の色まで再現していく。

 異なるのは蛇の胴体だけでなくシェミリザの背にも影の翼が蠢くように生えたことと、大きさが蛇の巨体に見合ったものという点だ。


 シェミリザは尖った歯をうっすらと開く。

 そして、今度は一対の目で静夏を見据えた。


『あなた達が世界の穴を閉じたところで――この世界は腐敗するような酷い死に方をするのよ』

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