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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第908話 筋肉が応えるならば

 あたしが頑張らないと。


 ミュゲイラが初めてそう強く願ったのは両親を失った時だった。

 事故死である。現場の状況から『もしかすると魔獣が関わっているかもしれない』という予想は立てられたものの、どちらにせよ母のメオリアも父のリズも帰っては来ないのだ。

 死んだ原因よりも死んだ事実の方がミュゲイラにとっては大きかった。


 家族は幼い妹だけになってしまった。


 憔悴したリータと共に孤児院へ入ったのはそのすぐ後だ。

 長命種の里に孤児院があるのは珍しい。なにせ子供の数自体が少ないのである。

 ミュゲイラたちの故郷であるフォレストエルフの里ミストガルデは当時それなりに子供が多いタイミングだったこと、そして魔獣被害によりミュゲイラたちのように親を失う者が多かったことから、里長の計らいにより孤児院が作られていた。


 加えてフォレストエルフは里の外の者たちと親交が盛んな種族である。

 同族ではないが、所縁のある者の遺児の面倒を一時的に見る機会もあったため、それも理由のひとつだった。


 そんな孤児院で育ち、ミュゲイラはリータを守るために強くなろうとより一層肉体を鍛え始めた。


 姉としてもっと別の成長をして守る方法もあっただろう。

 しかし両親の死因を思うと、ミュゲイラには自分が強くなることがどんなことよりも先決に思えたのだ。

 加減がわからずやりすぎてしまいリータを心配させたり、禁足地の事件のような失敗をして怒らせてしまうこともあったが――かつて見た筋肉の神オルガインのようになりたいという夢と、妹を守れる姉になりたいという決意を胸に邁進した。


 筋肉はそれに応えてくれたのだ。


「あたしが、ここで頑張らないと……リータを守るなんて、できないんだ……!」


 今も応えてくれている。

 ならば、今度は自分からも筋肉に応えよう。

 筋肉に愛された者がいずれ達する境地に至り、ミュゲイラは薄れゆく意識を繋ぎ止めると虚ろな目のまま深く踏み込んで単眼の蛇に拳を叩き込んだ。


 反動を度外視した一撃で拳から鈍い音が響き、血が噴き出す。

 同時に単眼の蛇の鱗が真っ二つになって宙を舞った。


 ミュゲイラは爪が手に食い込み、そのまま割れるのも構わず殴り続ける。

 防御も戦略もかなぐり捨てた純粋な暴力だ。

 その威力は単眼の蛇の鱗を剥ぎ続け鮮血を滴らせる。

 空へ逃げてもそれは変わらず、超人的身体能力によるジャンプはもはや飛行と変わらない力を発揮していた。


『……』


 ――この女は確実に仕留めた方がいい。


 そんな意思を瞳に灯し、単眼の蛇はミュゲイラに向き直ると攻勢に転じた。黒い炎の玉を周囲に作り出し、四方からけしかけながら自身も突進する。

 ミュゲイラは咆哮と共に黒い炎の玉を掻い潜り、単眼の蛇の鼻先に頭突きを入れた。


 衝撃波が巻き起こり空間そのものが揺さぶられる。

 単眼の蛇は口を半開きにして仰け反ったが、その隙間から何かが飛び出してミュゲイラを袈裟懸けに切り裂く。


 それは舌先に作られた闇色の刃だった。


「ッ、あ……」


 ミュゲイラの体が傾く。

 しかし瞬時にふくらはぎのふたつの筋肉が唸って踏み留まり、続いて全身の筋肉が膨らむことで止血される。

 そんな状態から単眼の蛇の顎下を狙って繰り出されたミュゲイラの拳はどこからともなく現れた闇色の狐に受け止められた。


 狐ごと単眼の蛇の頭を殴りつけたが威力が削がれて傷すら負わせられない。

 体勢の崩れたミュゲイラの目の前で単眼の蛇は口を開き、直接毒を浴びせようと動く。この距離なら外すこともない。いくら筋肉の力を以ってしても毒はどうにもならないだろう。

 そう考えたのか、単眼の蛇の目が再び笑みの形になり――毒を浴びせる前に炎が顔を覆い視界を遮られた。


 倒れていたシエルギータによるものだ。

 出血が酷く、ただその一撃だけを放ったシエルギータは結果を見届ける前に再び意識を失う。


 その刹那の時にミュゲイラは拳を握った。


 単眼の蛇に纏わりついたシエルギータの炎は攻撃よりも妨害目的だったのか、やけにしつこく視界とピット器官を覆ってくる。

 それが煩わしくなったのか単眼の蛇は笑みを消したが、直前までミュゲイラがいた位置はわかっていた。

 足技と使える腕の方向だけ気にしていればいい。

 また召喚獣に守らせるのもいいだろう。

 この体は『不慣れ』なので召喚魔法は指示が必要で、使える魔法も少ないが問題はない。


 ――そう考えていた単眼の蛇に襲い掛かったのは、思いもよらぬ角度からの拳殴だった。


 折れて使い物にならなくなった左腕。

 それを硬い筋肉で補助し、上手く曲げられない代わりに殴打武器のように叩きつけたのである。


 まさに天然物のギプスだ。

 代わりに相当な痛みが襲ったのか、意識が朦朧としているにも関わらずミュゲイラは声帯が引き裂かれそうなほど叫んだ。

 その叫びで全身を力ませ、単眼の蛇に回し蹴りを食らわせる。

 回転したと一瞬わからないほど早く的確な蹴りだった。

 回避が間に合わなかった単眼の蛇は巨体を浮かせて吹き飛び、血を撒き散らしながら地面に激突する。


「……」


 ふわりと円を描いて舞った橙色のポニーテールが解け、背中と肩へとかかった。

 そのささやかな衝撃だけでミュゲイラは重力に抗えなくなり、視界がぱちりと闇に閉ざされて昏倒する。

 あれだけ激しい動きをしたというのに呼吸は浅く、もはや空気を取り込む必要がないからだと肉体が言っているかのようだった。


(――リータ、シズカの姉御……)


 ふたりはまだ戦っている。

 ここが終わったからといって休んでいる暇はない。


 なのに何故か酷く眠いのだ。

 そうミュゲイラは一度だけ瞼を降ろし、瞼の裏に張り付いていた闇に包まれるなり深淵へと引き摺り込まれていった。

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