第903話 電撃VS水と筋肉
世界の穴が魔獣を多く生み出すたび、代わりだとでも言うようにミッケルバードの木々や地表の土や岩を吸い上げていったため、穴の真下に近づくほど地面は均され障害物は消え去っていた。
暗くとも見晴らしが良い世界はまるで夜を迎えた平坦な草原のようだ。
黒い地表を撫でるように届いた潮風が背中に吹きつける。
その風に背を押されなずら、ランイヴァルはよく通る掛け声を発して電気ナマズへと斬りかかった。
特大の電撃を見舞われるより、バリアに回してもらったほうが被害が抑えられる。
それを狙ってのことだ。
そう電気ナマズ自身も察したのか、極小のバリアを展開すると剣の刃だけを的確に弾いた。
しかし体勢を崩したランイヴァルの向こう側にいた静夏が拳を握り込み、今まさにパンチを繰り出さんとしている様子に電気ナマズは違和感を覚える。
触れられないはずの空気をも殴りつける聖女マッシヴ様だ。
それを知っていれば衝撃波による殴打を警戒しただろう。
しかし知識はなくとも――鬼気迫る彼女の姿を思い出した電気ナマズは、違和感を感じた時点で最上位の警戒態勢に入っていた。
なにせ先ほどは一目見た状態で全体バリアを展開したくらいである。
本能による防御は信じる価値があると電気ナマズも考えていた。
しかし直接の殴打でなければ耐えきる自信もある。
柔らかな魚の肉体に見えるだろうが、自らの電撃に耐えるほど分厚く丈夫な皮と脂肪を持っているのだ。
外から受けた衝撃を逃すすべは何通りもある。
しかし『それ』を目にした時、電気ナマズは思わず全力でバリアを展開しそうになった。
静夏の目の前に圧縮された水の塊があったのだ。
刹那、正確な角度から拳により打ち出された水の塊。
それはラビリンスでの一幕を再現するかのように真っすぐ飛んだ。
しかしあの時と異なるのは、対象がほとんど動かない人間ではなく、緩慢ながらも地上で自由に動くことができる魔獣だったことである。
バチンッ! と電気ナマズの体表を削り取った水の塊が背後へと飛び去っていく。
多少のダメージはあったが電気ナマズは即死を免れ、回避に成功した。
ランイヴァルが新たな水の塊を作り出すにはタイムラグがある。
静夏も次の動作に移るには一瞬の間が必要だろう。
対して電気ナマズは体勢を崩していようがチャージさえできていればすぐに電撃を発動させられる。
今この瞬間に出来た大きな隙を突き、ランイヴァルと静夏の両方を消し炭にしようと電気ナマズは特大の電撃を見舞った――はずだった。
『……!?』
「我々を即死させるほどの電撃は打てまい」
静夏の言葉に驚愕した電気ナマズは己の体に細いものが纏わりついているのに気がつく。
ランイヴァルが地を這わせ、電気ナマズにひっそりと触れさせていた数多の水の糸である。
水属性の魔法の使い手として名を馳せるランイヴァルは水を無から生み出すこと、そしてその形状変化と操作に優れていた。
静夏の提案で即席の水製アース線を作り出し、それを別の作戦で視線誘導している間に電気ナマズへと纏わりつかせたわけだ。
電気ナマズは常に地面に付いている腹だけは絶縁体組織で覆い、溜め込んだ電気が逃げないようにしていたが――しかしそれを体の至る所に付いた数多のアース線で逃がされ、電撃として発動したのはほんのささやかなものだけ。
更に言うなら、ただの水のアース線ではない。
あのランイヴァルの作った水のアース線だ。
通常のアース線よりも遥かに効率良く電気を逃がすように調整されたそれは、この場で大いに効果を発揮した。
だがそのぶん繊細な作りをしており、身じろぎしただけで千切れてしまう。
それに気づいた電気ナマズは邪魔なアース線を払い除け、なんとか残った電気を搔き集めてランイヴァルと静夏を攻撃しようと動いたが、それを完遂するには直前の隙が大きすぎた。
一瞬で死角に入り込んだランイヴァルが剣で首を斬る。
ぱくりと割れたが切断とまではいかない。それだけ丈夫だ。
しかしその傷口目掛けて静夏が離れた位置から拳を繰り出し、凄まじい拳圧に押し出された空気が塊となって傷口に直撃する。
あっという間に押し広げられた傷が首を切断する――に至る前に、電気ナマズの体ごと後方へ吹き飛び、そして空中で頭と胴が泣き別れした。
魔獣が事切れたことを確認したランイヴァルは静夏へと頭を下げる。
「シズカ様のおかげで撃退できました。ありがとうございます」
「いいや、ランイヴァルの手腕があってこそだ。……最後の一撃も拳圧だけでは決定打に欠けただろう」
丈夫な皮に対し、直接の殴打を避けながらも効果を発揮できたのはランイヴァルの一太刀があったからこそだと静夏は目を細めた。
ランイヴァルは謙遜したが、それもそこそこに隊列を組み直して負傷者を確認していく。
静夏は視線を遠くへと飛ばしながら考えた。
(さあ、次はどこで魔獣を……)
そして目を瞬かせ、その一瞬だけ己の目を疑った。
半透明の大きなものが歩いてくるのが見える。
それは二足歩行をしており、岩を組み合わせたような姿をしていた。
だというのに体を通した向こう側の景色が見えることが異様であり、その異様さに静夏は見覚えがあった。
「――いるかもしれない、という予想はしていたが……」
旅の最中も、終ぞそれそのものには出会わなかったもの。
それはかつてベタ村で聖女マッシヴ様にも対処不能だと言わしめた、ゴーストゴーレムだった。





