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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第898話 オルバートの盾と矛

 足音なら一瞬前からリータの耳に届いていたのだ。


 それは魔獣のものではなく、味方側の陣地から走り寄る足音だった。

 フォレストエルフは耳が良い。

 その足音が靴を履いた人間のものであると把握するなり、目の前の問題に集中するべく警戒対象とせず意識外に押し出していた。


 陣地側から聞こえた人間の足音、というだけで危険性がゼロになったわけでは決してない。しかしそれでも『目に見えている脅威から目を離せないのなら致し方ない』と判断できる程度の危険性ではあったのである。


「っな……」


 そして、その人物は白衣をはためかせてリータを突き飛ばすと――代わりに魔獣の前脚による強烈なストンプを受けて地面に這いつくばった。

 銀髪の少年、オルバートである。


 彼も今回の作戦でミッケルバードに上陸していた。

 もちろん個人としての戦力はささやかである。そのため、後衛でシァシァのバグロボによる各地の情報収集を受け持っていたのだ。


 バグロボも戦闘で数が減り、見える範囲は限られているが無いよりはマシだろうとのことだった。

 これだけなら安全な船でも行なえる。

 だがオルバートは「僕が始めたことだから」と自ら戦場に足を向けた。


 そんな彼が容赦なく踏み潰されたのを見て、ダスクは『子供が犠牲になった』と認識して一瞬頭が真っ白になる。

 リータはオルバートと彼の性質をよく知っているからこそ、ほんの一秒足らずで状況を把握した。

 そして弓矢を再度形成し、瞬きする間も惜しんでシマウマ魔獣の頭部を射ち抜く。


 脳幹を確実に破壊された魔獣はそのまま崩れ落ちた。


 その巨体が倒れたオルバートの上に覆い被さる前に、今度はリータが魔獣の死体に全力で体当たりをする。

 体重差により弾き飛ばすことなど叶わなかったが、辛うじてオルバートに直撃することは避けられた。それを確認してリータはホッとする。


 駆けつけたダスクたちはリータを助け起こしながら狼狽えた。


「あの、リータさん、その子はもう――」

「最後のは体力の無駄だよ」

「うわァッ!? 生きてる!? っていうか、あ、あれ……?」


 ふらりと立ち上がったオルバートは無傷であり、血の汚れひとつない。

 代わりに転倒した時に付いた汚れだけが悪目立ちしていた。


 不老不死であるオルバートにとって、いくら致命傷に見えてもあの程度のダメージは取るに足らないものである。

 ダスクたちならいざ知らず、熟知しているはずのリータが取る行動としては無駄が多いとオルバートは言っているのだ。


「でも痛覚はあるって聞きました。なら回避できるならします。……バルドさんにとってもあなたにとっても最大の武器なんでしょうけど、そういうのは最後の切り札にしてくださいよ」

「はは、今がその時だと思ったんだが」

「もちろん助けてくれたことにはお礼を言います。ありがとうございます」


 そう素直に頭を下げたリータを前に、やりにくそうにしながらオルバートは汚れた白衣を叩くと空を見上げた。

 舞上げられた羽虫たちが戻ってくるのが見える。


「随分上質な盾だね。……僕も使い勝手のいい上質な盾の座は渡せないな、と闘志を燃やす予定だったんだが……」


 それじゃ士気が下がりそうだ、とオルバートはリータやダスクたちの様子を見て苦笑した。


「とはいえモタモタしてあれが他所へ行くと厄介だからね、試作品だけど少し試してみようか」

「なにをする気です?」

「僕が戦場の矛になれるとしたら、銃の技術くらいだ。そこで決戦までの期間中に汎用性の高い銃になるよう改良してね。これだよ」


 オルバートは懐から取り出した銃に新しい銃弾を三発分入れる。

 それは超硬質ケースに収められていたもので、先ほどの衝撃でも傷ひとつ付いていない様子だった。


「臨機応変に動けるように、いくつかの特殊弾を用意した」

「特殊弾……」

「セトラスにもほんの少し手伝ってもらったよ。ただ暴発が怖いから君たちは少し離れててくれないかい」


 巻き込んだら伊織が悲しむ。

 そう言いながらオルバートはなぜか一度だけ銃口を上空に向けて左右に揺らし、かと思えばその直後に羽虫たち目掛けて発砲した。


 銃弾は途中でぱかりと二つに割れると、その破片それぞれがまるで何かに誘導されるように別のルートを飛び始める。

 左右の破片の間にはあまりにも薄く、目が細かいせいで布のように見える網が広げられていた。


「特製の超強度特殊ワイヤーで作った網だ」

「そんなものが? けどなんであんな動きができるんですか」


 不思議に思ったダスクが訊ねると、オルバートは最初にしたのと同じような動きで銃を左右に揺らしてみせた。


「不可視のレーザーでスキャンして端から端まで逃さないよう……魔獣を一網打尽にできるようルートを指示したんだ。あれは銃弾だけど、小型ロボットでもある」

「ろ、ろぼ?」

「で、二発目」


 特殊な網にかかった羽虫たちは逃げようとジタバタしながらもがいたが、銃弾の緻密な動きであっという間に一纏めにされてしまった。

 金属が擦れるような高く不快な音が響いている。

 そこへオルバートが二発目を放った。

 弾は纏められた羽虫たちの頭上を通過し、しかし外れたわけではなく、道すがらの土産とでも言うように液体をふりかける。


「この世界って液体燃料に関しては数世代ほど古いよね。これぞ便利で厄介なものだっていうのに」


 満遍なく行き渡ったところでオルバートは最後の一発を放つ。

 それはほとんど普通の弾だった。ただし。


「肉体に絡んだ液体燃料は何をしようが簡単には払えない」


 仕掛けの施された弾は着弾するなり小さな炎を出し、羽虫たちをあっという間に燃え上がらせた。

 ほぼ爆発である。燃え上がった炎は暗い空と大地をその一瞬だけ真昼のように照らし出した。リータの火力を上げに上げた一矢に近い。


 目をまん丸にしたダスクたちの前でオルバートは銃床を二回叩いた。

 特殊弾から普段通りのリロード不要な通常弾に切り替える合図である。

 その背後でついさっきまで虫だったものがパラパラと砂利のように落ちていった。


「――計算通りだ。うん、即席の特製燃料にしてはよく燃えたね」

「す……凄いです、凄いですよオルバートさんの魔法! これなら他の魔獣もあっという間に倒せるんじゃないですか!?」


 ダスクはオルバートの銃も魔法の一種だと思っているため、魔法オタクの血が騒ぐのか興奮している。筋金入りとはこのことだ。

 そんな彼とは反対のテンションでオルバートは僅かに眉を下げる。


「そんなに良いものではないよ。試作品だから手持ちが少ない。さっきみたいなのはあと数回しか撃てないから、いざという時に取っておいて、あとは今まで通り攻撃しないとね」


 頼みの綱として取っておくに越したことはない、とオルバートは元の位置へ戻ろうと歩き始めた。

 そこへリータが声をかける。


「あの、ありがとうございました!」

「僕なんかにお礼を言うもんじゃないよ」


 そう口にし、しかし振り返りはしないものの手だけは軽く上げてオルバートは去っていった。

 リータは自分の頬を叩くと再び矢を番えてダスクたちを見る。


「――次は油断しないよう、引き続き頑張りましょう!」

「そう……ですね、頼れる魔法は我らの手にもあります! 最後まで戦い抜きましょう!」


 同じく矢を番えたダスクにリータは頷き、ミッケルバードの彼方に目をやる。

 暗く遠くまでは見通せないが、遠距離攻撃を可能とするリータたちは他よりも高い地形の見晴らしのいい場所に立っていた。

 さすがにやぐらは見えないが、方角くらいはすぐにわかる。


(イオリさんたちも頑張ってる。もっと私も頑張らないと。あと――)


 姉のミュゲイラも、この戦場のどこかで暴れているのだろう。

 世界で唯一の肉親だ。仲間とはまた異なる不安と心配を抱えながら、リータは一度だけ祈るように目を伏せた。

 それを見たダスクが小声で問う。


「サルサムさんのことが心配ですか?」


 ダスクはリータとサルサムの関係を知っていた。

 港町の拠点でそれはもうインパクトのあるものを見せられたので致し方ない。

 それ故の気遣いだったが、ほんの少しの不安も抱いていなかったリータはきょとんとし、そしてすぐに笑みを浮かべると首を横に振った。


「大丈夫ですよ、サルサムさんは――強いですから!」

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