第84話 新たな繋がり
伊織が目覚めると左手には見慣れたヨルシャミの腕輪。
そして、薬指にはしっかりとニルヴァーレの指輪が嵌っていた。
「……こんな契約なんかしなくても、あなたなら僕たちを仲間として助けてくれそうだからいいです、って言えばよかったかな」
しかし善意にそんな言葉を返すことができないのは伊織自身もよくわかっている。
なんであれ契約は契約。
証であるこの二つは大切にしよう、と伊織は軽く腕輪と指輪を撫でた。
幸いにも旅の邪魔になるものではないし、指輪のデザインも嫌いではない。
――もちろん気に入ったものが自分に似合うかどうかは別問題ではあるが、これはこれ、それはそれである。
(装飾品を身に着ける習慣がなかったからな~……腕輪は慣れたけど指輪はやっぱりまだ違和感があるというか、なんというか……)
その違和感の半分は『結婚指輪の位置に嵌っている』という点が占めている気がしたが、伊織は気を逸らすために敢えて今は言及しないことにした。
この国にそういった風習を知る者がいないなら気にするだけ損である。
「……」
それでも最後にひとつだけ考える。
ヨルシャミもなにも知らない様子だったが、日本における指輪の位置の意味を知れば嫌な気持ちになってしまうかもしれない。
それとも逆に揶揄われるだろうか。
ロアーナレディスの時のような絡み方をされたらまた変に戸惑ってしまいそうだ、と伊織は閉口した。
ベッドに寝転がったまま左腕を天井に向かって伸ばしてみると、手首の位置で腕輪が緩く揺れる。初めてヨルシャミと契約した日の朝もこんな光景を見た。
あれから長くはないが短くもない時を経て、環境の変わった場所で似た光景を見ているわけだ。
そこには指輪も加わっており、周囲には仲間も増えた。
旅先で出会った人も沢山いる。
(改めて振り返ると不思議な感じだなぁ。でも転生する前より色んな経験を積めてる気がする……。っん?)
伊織は朝日の射し込むカーテンの隙間を見て、外の様子と室内の様子を確認してから目を瞬かせた。
不慣れな感情に振り回されたからだろうか、どうやら普段より少し早い目覚めだったようだ。ヨルシャミはまだすやすやと寝息をたてており、リータとミュゲイラも同じベッドで眠っていた。
リータは姉の逞しい腕を腹にのせられてうなされている。
伊織は想像していた以上に重たいミュゲイラの腕をゆっくりと、しかし必死になってどけ、一息ついてから再び部屋を見回す。
(あれ?)
よく見れば静夏のベッドだけ空だ。
マッスル体操のために出ていったのかもしれない。
ロストーネッドの滞在最終日のため、普段より早めに繰り出した可能性があった。
(そうだ、母さんはこの位置の指輪の意味を知ってるんだよな……)
これは先に説明をし「風習については黙ってて!」と釘を刺すチャンスかもしれない。さすがに仲間の目があるところでバレないように頼むのは難易度が高い。
思い立ったが吉日、いそいそと着替えた伊織は静夏がいつも体操をしていると聞いている広場へと向かった。
***
――予想通り、広場には数十人の人間がおり、老若男女様々な面子だった。
欠伸をしつつ小さな子供も参加している。
しかし見たところ強制ではなく自ら率先して参加しているようだ。
(あっ、あの子たちもいる)
双子のジェス、リリアナ兄妹。そしてリバート、ホーキンの四人もマッスル体操に参加していた。
ホーキンだけは照れが残っており、早く逃げ出したいというオーラを纏っていたが、残りの三人はすでに馴染んでいる。ポーズも完璧だ。
そんなホーキン含め、四人は街の人間ともある程度は打ち解けたようだった。
静夏の活動は少なからず実を結んだらしい。
そのことにホッとしつつ伊織は考えた。
(うーん、体操中は無言だから話しかけないほうがいいかな……終わるまで待つか)
広場へ続く路地の角から様子を窺いつつ息を潜める。
しかしそれと同時に静夏がこちらに気がついた。
「伊織! どうした、早く目覚めてしまったか」
近寄る静夏に伊織は慌てる。
「い、いいのか? 抜けちゃって」
「本来入るも抜けるも自由な体操だ、問題ない」
「ならよかった……その、ちょっとだけ話があって」
「話?」
不思議そうな顔をする静夏に伊織は夢路魔法の世界で結んだニルヴァーレとの契約のこと、そして契約の証――の位置が大問題なこと、その位置の示す意味をみんなには伏せておいてほしいことを伝えた。
話を聞いていた静夏は肩を揺らして笑いを押し殺す。
「――なるほど。わかった、私から話すようなことはするまい」
「よかった……」
伊織からすると仲間に話すと同じくらい『こういう話とお願いごと』を母親にするのは恥ずかしかったが、背に腹は代えられない。
安堵していると静夏が伊織の左手を見た。
「しかし守るという契約か……具体的にどういう手法でどういう範囲までの話なのか後で再確認しておいたほうがいいかもしれない。ニルヴァーレは制約多き身、いくら守るといってもあちらに危険の及ぶ方法は伊織も望まないだろう」
「うん、今度また確認しとくよ」
「よし、では……」
静夏はまだマッスル体操を続ける皆々を背景に背負い、爽やかな笑顔で伊織に手を差し出した。
なにかを察した伊織はサッと顔色を変えたが、その時点ですでに手遅れである。
「さあ、伊織もやらないか」
マッスル体操を、である。
最近良い感じに回避できていたのだが、これはもう逃げ場はない。
(……でも)
折角のジェスたちと街の人々が打ち解けた場所だ。
伊織はごくりと喉を鳴らす。
「えっと……じゃあ、うん、途中からだけど参加するよ」
そう頷いた伊織の手を握り、静夏は嬉しそうに頷いて腕を引く。
そして爽やかな声音で言った。
「今日は最終日だ。だから普段より拡張している。まだ残り第二幕と三幕と四幕があるから楽しんでくれ」
「に、まくと……さんまく、と……よんまく……」
契約と一緒だ。
内容は事前にしっかりと確認しておくべし、である。





