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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第三章

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第82話 伊織、撫でさせられる 【★】

「ここはロスウサギの寝床か……?」


 寝藁の上で寝そべるロスウサギを見ながらヨルシャミが興味深そうに言った。


「うん、今日ブルーバレルでベリオットさん……僕らが取り返したロスウサギの持ち主のひとりが来てさ、見学してもいいって誘ってくれたから先輩と行ってきたんだ」

「ロスウサギ――ふぅん、僕が訪れた頃はまだ一部の物好きしか飼育してなかったが、こうして大々的に育てられるくらいにはなったのか」


 ニルヴァーレはロスウサギの耳をしげしげと眺める。

 人間の腕ほどの長さがあるため、耳だけでも中々の迫力だ。

 ロスウサギの耳は音のする方向へくるりと向きを変え、ニルヴァーレは鼻から抜けるような声で笑った。


「機能だけでなく耳の毛細血管まで綺麗に再現されてるじゃないか。イメージの投影は下手じゃないようだね」

「よ、よかった……。っと、ここでちょっと気になることがあって」

「気になること?」


 伊織はヨルシャミと手を繋いだままロスウサギを撫でてみせる。

 記憶から再現されたロスウサギはあの時と同じようにとろんと溶けて心地良さそうな顔をした。


「テイムはされないものの動物だとこうなるんですが、人間相手でもなんか……こう……変な感覚があるらしくて。サモンテイマーのテイムって召喚されたもの以外には効かないんですよね?」

「ああ、そのはずだよ。が、イオリは色々と規格外だからなぁ……ヨルシャミはなにか心当たりはないのか」


 口を半開きにしていたヨルシャミはニルヴァーレに呼ばれてやっとハッとした。

 しかしすぐに返答するでもなく、なにかをブツブツと呟いたかと思えば更に重ねてハッとする。


「あの奇妙な感覚はそれが原因か!」

「奇妙な感覚……?」

「ああ、うむ、あー……妙にむずむずとするのだ。あとは、……こ、……心地良いというか、まるで母に撫でられているような何とも言えない気分になる」


 初めは撫でられ慣れていないからだとヨルシャミは思っていたそうだが、やはり普通の人間による撫でるという行為とは一線を画していた。

 伊織に撫でられることにより人間はテイムされないが、影響はある。

 もしかするとテイムされる対象はこの感覚の何十倍も凄いものを味わっているのかもしれないな、とヨルシャミは無意識に自分の頭に触れながら言った。


「なるほどなるほど。イオリのテイムは撫でるという行為が必要だが、そんな条件を付加することで更に強力になっているように見える」


 ニルヴァーレは伊織の手元に目をやる。


「普通は僕の召喚したものを上書きテイムなんてできないんだぞ? しかしその強力さ故に動物や人間まで『撫でる』という行為を挟むと影響を及ぼしてしまうわけだ」

「テイムそのものをするわけではない以上、どの程度影響を及ぼすかは相性次第であろうが。……あ、いや、私がイオリと相性が良いとかそういう話ではないぞ!」


 訊いてもいないというのに否定をし始めたヨルシャミの隣で「そうだ!」とニルヴァーレがなにかを閃いた顔をした。

 どうにも普通の名案が浮かんだ顔には見えず、伊織は半歩後ろへと引く。


 だいぶ世話になったため慣れてきたものの、やはりニルヴァーレから自分に向けられる巨大な興味や執着心は少し苦手で警戒してしまうのだ。

 しかしそんなの失礼だぞ、と思う自分もいるわけで、伊織は自身を心の中で叱りつつ足の位置をじりじりと戻した。


 するとニルヴァーレは嬉しそうにこう提案する。


「イオリ! 物は試しだ、僕のことも撫でてみろ。さあ!」


 警戒を解くのは早かった!

 そう嘆きながら伊織は今度こそ二歩下がって更に一歩下がったが、頭を指しながら近寄ってくるニルヴァーレは止まらない。


 その後ろでヨルシャミが生暖かい目でこちらを見ているのが見えた。

 なぜかヨルシャミはこういう時に助けてくれないことが多いが、止めたところでニルヴァーレは聞かないと知っているからだろう。


「スススストップ! ストップ! そんな勢いで来られたら引っ繰り返りそうです! あと普通に手が届きませんから!」


 ニルヴァーレと伊織の身長差はなかなかのものだ。さすがに二メートルを越える静夏には劣るが、百八十の中ほどはありそうなバルドより更に大きい。

 自分が成人しても追いつけないのでは、と伊織は高頻度で思う。


 ああそうか、と納得したニルヴァーレはその場でしゃがみ込んだ。


「これならいいだろう、ほら」

「う……!」


 伊織は無理だと感じた理由を提示してしまった。

 そして簡単に解決されてしまった。撫でる流れになるのは必至である。


 伊織も他者を撫でることに抵抗感は薄いが、効果が効果だ。特殊な存在になっているニルヴァーレにどのような悪影響が出るかわからない。

 伊織は唸りつつ悪足掻きをする。


「……でもニルヴァーレさんは魔石と同化した存在ですし、人間と同じ効果が出るかわかりませんよ? むしろ大変なことになっちゃうかも」

「その検証も兼ねてるに決まってるだろ」


 悪足掻きは一瞬で終わった。

 心配しているというのにニルヴァーレはちっとも意に介していない。

 あまり嫌がるのも失礼だろうか。そう考えた伊織は深呼吸をしてから「なるようになれ!」とニルヴァーレの頭を撫でた。


 ヨルシャミの場合は少女の外見、ネロはほぼ同年代だったが、自分より年上の同性を撫でるというのは変な気分だ。


(うう、しかも髪質がめちゃくちゃ良い……サラサラしてる……、……僕も癖がついてハネてるんじゃなくて、こういう髪質だったらよかったのになぁ)


 ニルヴァーレは毛先に行くほど少し癖のつく髪質のようだったが、伊織と比べると落ち着いている。耳より上はストレートだと言っても差し支えないだろう。

 髪の毛も一本一本艶やかで、これは夢路魔法の世界で最良の状態を保っているからかと伊織は思ったが、出会った時の様子を思い返すと元からのようだった。羨ましい限りである。


 そう思考が反れた瞬間。


 ニルヴァーレが尻もちをつくようにして伊織の手の平から離れた。

 その表情が驚きに染まっているのを見て伊織は慌てる。


「えっ、あれっ、すみません、髪の毛でも引っ掛けちゃいまし――」

「危なかった! 驚くほど真正面からテイムされかかったぞ!」

「んんっ!?」


 伊織は苦し紛れに言ったものの、危惧していたことが当たるとは思わなかった。

 あのままニルヴァーレが逃れられなければ人間……に限りなく近い存在をテイムしてしまっていたのだろうか。そう思うと伊織はひやりとした。

 ウサウミウシやワイバーンならいいというわけではないが、人間ともなると思うところがある。


 そんな中、ヨルシャミが怪訝そうな顔をして言った。


「召喚されたもの、なんて要素などひとっつも無いというのに? やはり不可思議で不安定な存在になっているせいか……」

「冷静に分析しないで!?」

「そうだぞヨルシャミ。しかしテイムされかかるという目新しい体験ができたのは僥倖だけどね! あと、たしかに撫でられると奇妙な感覚があったな……母に優しく撫でられた記憶はないが、こういう感じだろうか……あと」


 伊織はテイムされかかった人物が一体なにを言うのだろうかと身構える。

 そして――


「くすぐったかった」

「やっぱりくすぐったいんですね!?」


 ――身構えた体勢は、そんなツッコミで脆くも崩れ去った。







挿絵(By みてみん)

ニルヴァーレのイメージイラスト(絵:縁代まと)

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