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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第三章

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第74話 リータとサルサム

 リータは一抱えもある紙の包みを持って大通りを歩いていた。


 包みの中にはいくつかの布地が入っている。

 この辺りはまだ暖かい気候だが、季節的にもうしばらくすると冬になるため、この布を使って新しく毛布を作ろうと計画していた。


 持ち歩くことを考慮すると軽くてコンパクトなものが最良。

 中に軽い綿を入れる形にして、普段はそれを抜いておき使用時に詰め直して量を調整するものにしよう、と考えていると楽しくて耳が動いてしまった。

 エルフ種の耳はどうにも感情と連動しがちだ。


(綿はお姉ちゃんかマッシヴ様の腕力なら袋の中に圧縮できるはず……念のため今度予行練習してもらおうかな。もしダメなら内側を加工して落ち葉とかも詰められるようにして――)


 出発まで時間があるので凝った加工にも手を出せそうだ。

 旅の最中だとなかなか一気に進めることができないため、今がチャンスである。

 これが落ち着けば朝に話していたヨルシャミとの聞き込みにも出掛けられるだろう。作業の息抜きにもなりそうなので、落ち着くのを待たずに繰り出すのも手だ。


(布は人数分仕入れてきたけれど……お姉ちゃんはオレンジ色のやつかな。でもマッシヴ様の髪色と同じ黒色にするかも。ヨルシャミさんは本の柄とか……?)


 帰ってから並べてみんなに選んでもらってもいいかもしれない、とリータは仲間たちの顔を思い浮かべながら考えを巡らせる。

 静夏はどれでも嬉しいと言ってくれそうだ。あとは。


(イオリさん……)


 伊織向けの布は店頭で見て「これだ!」とすぐに決めたものがあった。

 ずばりただの単色の黄色なのだが、それが伊織の目の色に似ている。

 伊織は金色の目だ。しかしその落ち着いた色合いは濃い黄色にも見えるのである。


 毛布の形にした際にワンポイントとして伊織の相棒――バイクの刺繍を入れたら喜んでくれるのではないか、と考えて早く手をつけたくてそわそわしていた。


 バイクはリータも道中で何度か乗ったが、未だに見慣れない。

 刺繍の参考にする際にちょっと召喚してもらおうか。

 でもバイクの力を無意味に消費させてしまうのではないか。

 しかし移動の必要がない今なら大丈夫なのではないか。

 リータはそんなことをつらつらと考える。


(べ、べつに召喚したバイクを愛でてるイオリさんがテイマーっぽくてカッコいいから見たいとかそういうのじゃないんだけど!)


 自分で自分に対して言い訳をしながらリータは足を早める。

 じつに無駄な言い訳だったが聞いている者は誰もいない。


 しかしそれは邪魔をする者がいないのと同義であり、遠慮容赦なく想像の世界に入り込んでいたリータは曲がり角で誰かとぶつかってしまった。

 弾き飛ばされつつも包みをぎゅっと握って落とさないように踏ん張り、そしてすぐに頭を下げる。


「っわ、わ! すみません!」

「ああいや、こっちこそ――……あ」


 ぶつかられても微動だにしなかった茶髪の男性。

 それは降ってきた巨鳥にしがみついていた片割れ――更に遡るなら、ニルヴァーレの後ろに控えていた片割れの男性だった。


     ***


「へえ! 毛布を!」


 リータの代わりに布地を持ったサルサムが感心したように言う。

 あれから余所見をしていた自分も悪いからと荷物持ちを買って出たサルサムと歩いていたのだが、紙の包みの中身は一体なんなのかという問いからこの話に至ったというわけである。


「裁縫技術があるっていいな。うちも服とか破れたら縫いはするけど、バルドが「買った方が早ぇ!」とか言って勝手に買ってきたりするんだ……まああいつの金だからいいんだが」

「里は基本的に自給自足なんで、ある程度のことはできるよう仕込まれるんです。お姉ちゃんもあんな感じですけど一通りできるんですよ、その、出来はなかなかアレですが」

「それは……その、失礼かもしれないが見てみたいな……」


 さっきとは違った意味で感心するサルサムの表情にリータは笑った。


 リータはサルサムたちと病院で会うことはなかったが、彼らの病室でした話については伊織経由で耳にしている。

 ニルヴァーレの現状も把握し、敵対していないとお互いに知ったことで和解した。

 そう聞いてほっとしたが、リータとしては第一印象が最悪だったため、今の今まで警戒心が抜けきらないでいたのだ。

 なんといっても油断していたところで遭遇した敵だったのだから。


 しかしこうして話してみると普通の人間だった。

 少なくとも悪人といった雰囲気ではない。


「もし時間があったらそちらの毛布も縫いましょうか?」

「いやいや、そこまでしてもらうのは悪いからいい。それに俺らは、まぁ、洞窟で雑魚寝とかにも慣れてるし」

「ど、洞窟で雑魚寝……」


 リータたちも周囲に村や街がない時は洞窟などを寝床にすることがあるが、それなりに睡眠環境は整えている。

 眠る行為は大切な体力回復の手段だ。良質なものを目指して損はない。

 その点サルサムとバルドはかなり大味な旅の仕方をしているようだった。


「あ……そういえば、その」

「なんだ?」

「お二人は敵じゃない、ってわかったわけですけれど、これから私たちに同行するって形になるんですか?」


 リータの問いにサルサムは藤色の目を何度か瞬かせた後、少し悩む素振りを見せると小声で言った。


「……バルドが聖女に惚れてる話は聞いてるか?」

「はい、一目惚れだとか」

「それが同行する一番の理由になると思うんだが、そのせいで……あー……さっきの話に出た姉。あの人とバルドが犬猿の仲というか、一方的に凄まじく警戒されてるっていうか」

「あー……」


 なんとなく察したリータは間延びした声を出すしかなかった。


 リータもミュゲイラの様子は聞いていた。

 部屋に戻ってからの様子を見ていても予想はできる。

 そこから抱く印象はサルサムの感じたものとそう変わらないということだ。


「さすがにすぐに仲良くなれるとは思えないんだよ。幸いこっちは二人旅に慣れてるし、そっちの目的地だけ予め聞いといて、常に一緒には行動しない形で同行するのはどうだろうかって考えてるんだが……」

「私たちの少し後ろをついてくる感じですか?」

「公認ストーカーみたいになるけどそんな感じだ」


 一触即発なふたりをすぐに寝食共にする仲にするのはリータとしても怖い。

 互いにストレスもあるだろう。

 そんな状態で救世の旅をするのは――正直言って至難の業だ。


 なんだか仲の悪いペットをどうするか相談してるみたい、と感じて苦笑しながらリータは頷いた。


「……わかりました。ただ、どの辺りをどう妥協するかは後でみんなを交えて話し合ってもいいですか?」

「もちろんだ。独断では決められないだろうしな……っと、宿はここか?」


 気づけば宿の前まで着いていた。

 リータは頷くとお礼を言って布を受け取る。


「そうそう、もう聞いてると思うが……今日バルドが退院するんだよ。イオリだったか、伝言の件で仕事後にちょっと借りるぞ」

「わかりました」


 サルサムはちょいちょいとリータの抱えた布を指す。


「それ、きっと喜ばれるぞ」

「……! はい! 頑張って縫います!」


 リータが今日一番の笑みを見せると、サルサムは片手を軽く振って帰っていった。

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