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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第三章

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第72話 訓練前の伝言と答え

 夢路魔法の世界に降り立つと、そこは普段の図書館ではなく開けた平野だった。


 草の上に寝転がって待っていたらしいニルヴァーレが「遅いぞ!」と言いながら起き上がる。

 相当長い間ごろごろしていたのか頭に葉っぱが付いていた。

 美しさに固執する彼だが、どんな状態でも自分の美しさは損なわれないという絶対的自信を持っているため、意外とこうして粗雑な振る舞いをすることがある。


「今回は随分と長く放置してくれたじゃないか、おかげで超が付くほど退屈で仕方がなかった! 何度雲の数を数えたことか! 訓練しない日も連絡くらいおくれよ!」

「めちゃくちゃ面倒な彼女みたいなこと言い出した……」

「まあこうして色々準備をして待っていたのだとしたら面倒くさい状態にもなるであろうな、理解はしたくないが」

「辛辣だなふたりとも!」


 ニルヴァーレは背中についた土を払うようにマントをばさりと揺らすと、だだっ広い平野を指した。

 平野は草原で、ロストーネッド周辺のものより平たく障害物が見当たらない。


「ここは東にあるオルオトワ草原という広大な土地を模したものだ。大型召喚術の練習にもってこいだから僕の記憶から引っ張り出しておいた」

「ニルヴァーレさんは想像だけでなく記憶からも景色や物を作り出せるんですね」


 そうだとも、とニルヴァーレは得意げに頷いた。

 本来こういった芸当は夢路魔法の主にしかできないが、今のニルヴァーレは人間ではないため手を加えることができるらしい。

 ヨルシャミは「別荘を荒らされた気分だ」と言いながらニルヴァーレを白アリに例えていた。さすがに可哀想だったので伊織は同意しなかったが、感覚はわかる。


 いつもの図書館は想像と記憶の混合物、この景色は記憶からのもの。

 毎回ニルヴァーレの服装が違うのも同じ原理だろう。今日は黒い上着にループタイ、チェーン飾りの付いた赤色の重そうなマントといった出で立ちだった。


「ここなら失敗しておかしなものを召喚しても大丈夫だ。まあ夢の中の高等なシミュレーションに過ぎないから、いくら失敗しようが命の危険はないんだけどね」

「命の危険があったら僕、もう数十回は死んでますよね……っと、あの、訓練の前にちょっといいですか?」

「ん?」


 伊織は不思議そうな顔をするニルヴァーレにバルドとサルサムから頼まれた『伝言』を伝える。

 するとニルヴァーレは大笑いした。


「まさかこんな状況でそんな日常的な伝言を伝えられるとは思ってなかったよ!」

「ほう、私が双子の話を聞いている間にそのような話をしていたのか」

「まあ僕もちょっと久しぶりに不思議体験をしてる気分になってます……」


 では返事の伝言を頼もう、とニルヴァーレは人差し指を立てる。


「私物は好きにしていい。なんなら屋敷のものも勝手に使っていいぞ、どうせ今の僕にはどうにもできないからね」

「大切なものとかなかったんですか?」

「大切なものはこの僕だ。もう持ち込んであるから他はそこまで執着してないよ、という感じだな」


 やはり極端な人間だ。

 そう思いつつも複雑な状況にならなくてよかったと伊織は胸を撫で下ろす。


「まぁ売れば旅の資金になるだろう、特に手鏡は高級品だ。あぁでも目の確かな店で売ってくれ、さすがに二束三文ではもったいないし、あいつらにとっても損だ」

「わかりました、伝えておきます」

「よし、では訓練を――うん? そういえば……」


 ニルヴァーレは不意に思考を巡らせるとヨルシャミを見て言った。


「あいつらには人工の転移魔石を与えておいたはずだ」

「人工の魔石? お前、やはり噂通りそんなものまで作っていたのか」

「あれは僕の魔法じゃなくてナレッジメカニクスが独自に作り出したものだよ。普通、転移魔法は才能や血筋に恵まれてなきゃ使えないが、あれは制約を付けることで限定的だが再現している」


 ニルヴァーレの魔石化魔法で作り出される魔石は補給目的であるため、魔石自体の性質に関しては指定できない。人工転移魔石はナレッジメカニクスが技術を惜しげもなく注いで作り出された代物だ。

 改めて恐ろしい組織だな、とヨルシャミは眉根を寄せた。


 ニルヴァーレが言うにはそれを使えばすぐに自分の屋敷へ――ヨルシャミの肉体を保管してある場所へ行けるはずだという。

 つまり旅にかける時間のロスを気にせず取りに行けるということだ。


「脳の戻し方がわかっていない現状では保管場所に向かっても無意味だろうが、一応覚えておくといい」

「奇天烈な縁もあったものだな……。あのふたりの信頼を得られるよう祈っていてくれ、バルドとやらはともかくサルサムのほうは警戒しているようだった。人間のふたりにとって転移魔石は切り札にもなる、手放し難い優位性だろう」


 ヨルシャミの意見に伊織もこくりと頷く。

 バルドは人慣れした犬のような面があるが、サルサムからは一定の距離感を感じた。だが――人のことをちゃんと見てくれている、と感じたのも事実だ。

 きちんと信頼される行動をしていれば協力してくれるかもしれない。


 伝言の返事を伝える際に魔石のことはまだ訊かないでおこう、と伊織は決めた。

 訊くのはある程度信頼を得てからのほうがいい。


「さて、では今度こそ訓練とゆこうではないか。開いてしまった期間分も取り戻さねばな」


 ヨルシャミのその言葉を受けて伊織は握り拳を作る。

 時間は有限だ。気持ちは切り替えられる時に切り替え、しっかりと訓練に身を入れるべきだろう。

 諦めず、気合いを入れて訓練を続けていけばいつかは努力が結ばれるに違いない。

 そう信じて伊織は一歩踏み出した。


「今度こそオタマジャクシより大きいものを召喚できるように頑張るよ……!」


 ――しかしその後、ワイバーンを召喚しようとして失敗し、なぜか夢路魔法の世界にも影響を及ぼすアストラル生命体をうっかり召喚してしまい、三人がかりで必死に応戦するはめになったのだった。

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