第6話 村の祭りに見送られ
薪拾いから戻った静夏は伊織の予想した通りリータの願いを聞き入れた。
そしてもうひとつ決まったことがある。
伊織が希望したことにより、この依頼を旅の始まりとすることになったのだ。
静夏はまだ伊織の力の詳細がわかっていないことが気がかりな様子だったが、ヨルシャミの話を聞いて了解している。
(村から出るのは初めてだけど気合いを入れないと、……おっと)
握りこぶしに力を込めていた伊織は忙しなく行き交う村人にぶつからないよう一歩引いた。
旅立ちが決まったことで急遽ベタ村総出で伊織たちを見送る祭りが開かれたのだ。
収穫した果実や作物を惜しげもなく使い、もちろん肉も大盤振る舞い。野外に設置されたテーブルには大皿いっぱいの料理が所狭しと並んでいる。
見送りの祭りはベレリヤの一部で見られる風習らしい。
今回は相手が聖女マッシヴ様とその息子ということで輪をかけて豪勢だった。
「どこ行っても美味そうな匂いがしてるって凄いシチュエーションだなぁ……」
「伊織も好きなものを選んでくるといい」
バイキング形式で各々が好きなものを好きなだけ手に取ることができるのだ。
伊織が少し浮ついた気分になりながらテーブルを見て回っていると、木陰でホットミルクを飲んでいるリータの姿が視界に入った。
浮かない顔に見える。
いつ里に下りてくるかわからない魔獣のことを考えると気が気でないのかもしれない。そう思うと放っておけなくなった伊織は彼女に声をかけた。
「あの、リータ……さん?」
「あっ、どうも。イオリさんでしたよね」
ぺこりと頭を下げるとリータは小さく笑みを浮かべた。
「その……僕が言うのはおかしいかもしれないけど、すぐに出発できなくてすみません。里のこともお姉さんのことも心配ですよね」
「いえ! 聖女を見送る祭りです、行なわないほうがおかしいですから!」
「そういうものなんです?」
伊織は思わず聞き返す。
知識としては理解しているが、こうして現地の住人が当たり前のこととして扱っているのを目の当たりにするとやはり少し不思議だった。
リータは「そうですよ」とにっこりと笑って頷く。
「私の里でも族長が使命のために長期間離れることになったら盛大に祭りを行ないます。そうでないと里の者も区切りをつけられなくて安心できませんから」
見送りの祭りはこの地域では日常に溶け込んだものであるらしい。
罪悪感は和らいだものの、どうにもリータよりそわそわとしてしまって仕方ない。
それに気がついたリータが自分の顔に触れる。
「もしかして浮かない顔になってました? 心配かけてすみません……」
「ううん、だって故郷の危機を知ってて楽しむのって難し――」
「ち、違うんです」
リータは長い耳をぱたぱたと揺らし、とても悩んだ末にようやく口にした。
「……た……、す……ちゃって……」
「え?」
「た、食べすぎちゃって! このミルクも締めというか! 最後に胃を労わっとこうと思ったというか! そういうやつでして!」
ホットミルクの表面を小刻みに揺らしながらリータは真っ赤になった。
胃を労わる目的にしては大きめのカップになみなみと注がれている。
「うううちの里って基本的に野菜とか中心の食卓なんですよ! だからお肉って珍しくて……しかも美味しくて……なんですかあの柔らかくて美味しいやつ! 部位とかよくわからないですけど夢中になって食べっ……ああもう余計なことを!」
「お、落ち着いて落ち着いて」
伊織はほっとして笑いながらリータを宥める。
そして「あっ」と両手を叩いた。
「その肉の場所まで案内してくれませんか、僕も気になるんで」
「えっ」
「あと消化を助ける香草スープがあっちにあったんで、後で取りに行きましょう」
伊織には食べすぎを馬鹿にするような気配も、揶揄するような気配もない。
リータは目をぱちくりとさせてから安堵の笑みを浮かべる。
それはベタ村に来てから一番リラックスした表情だった。
「ええ、ぜひ!」
***
有志による踊りや劇も披露され、前世で体験した文化祭よりも派手で豪華、そんな楽しい祭りだった。
大いに腹を満たし楽しんだ後、伊織と静夏は翌日に備えて布団に潜り込む。
「伊織、夢の件だが……私もその賢者……超賢者? なる者に覚えはないが、旅先でなにか情報を得たらすぐに伝えよう」
「ありがとう、母さん」
これだけ誰も知らないとなると実際に本人に会って訊ねる機会のほうが先に訪れそうである。
もしかするとまた夢の中で会うかもしれない。
条件は厳しいようだが、一夜限りのこととは言っていなかったのだから。
伊織にはもう一度ヨルシャミと会って訊ねたいことが沢山あったが、まず最初に口にしたいのは依頼をやり遂げる意思があるということだった。
あの時は夢の中のことだと軽く考えていたが、腕輪が現実に存在していることから今は実際にあったことだと認識している。その上で改めて助けると宣言して安心させてあげたかった。
ヨルシャミはまったく不安げには見えなかったが、それでも。
「おやすみ、伊織」
「うん、おやすみ」
しかし――やはり、その夜は夢を見なかった。
***
どうやら『リカオリ山』も実在するらしく、リータたちフォレストエルフの住む森からそう遠くない場所にあるという。
一週間――残り六日だが、里に向かってからでも遅くはない。
荷物を纏め、手厚い見送りを受けて伊織、静夏、リータの三人は村を後にした。
初めて見る村の外は平地に近く、ベタ村は山と森に近い位置にあるとわかった。
この周辺は気候も暖かく、一年を通して山の恵みを受けることができるからだそうだ。山から流れてくる湧き水による川があることも大きい。
そうして歩き続けていると所々に木々がある以外は草原が続く景色になり、こういう見晴らしの良い土地は村や街の間を行き来する人しかいないんだなと伊織は物珍しそうに視線を巡らせる。
「もしこういう場所で魔獣が出たら……」
「迎え撃つか、向こうが諦めるまで逃げるしかないな」
「なるほど。じゃあ野営をする場合は?」
「危険故、事前にわかっているなら護衛を雇うのが普通だ」
聞けばリータもベタ村に着くまで数人の護衛を雇っていたらしい。
ただし予算の問題で村に向かう道のみで、護衛者は村で副業の仕入れを行ない先に帰ってしまった。スケジュールが合えば帰り道も同じ賃金で請け負ってくれるが今回は急ぎだったようだ。
もし静夏に依頼を断られていた場合、リータはたったひとりで帰るはめになっていたのだと思うと――彼女もそれなりに無謀なのではないかと伊織は思う。
リータは耳を寝かせて頬を掻いた。
「今回は護衛を雇って徒歩でしたけど、馬車でも良かったかもしれませんね」
「……! 馬車もあるんですか。いいなぁ、僕も乗ってみたいかも」
「伊織、喜ぶといい。馬車に乗る機会はすぐに訪れるぞ」
静夏がにっこりと笑いながら伊織へと視線を向けた。
ベタ村は小さな村のため馬車よりも引き車や押し車が主流だったが、これから向かう先には中規模の街がある。そこで馬車を手配する予定なのだという。
静夏の指さす先を見てみるも、まだ肉眼では何も見えない。
ただ、と暗い顔をしたのはリータだ。
「馬車ってお尻と腰が痛くなるんですよね……」
「に、荷物の柔らかいものだけ集めてクッションにする?」
「イオリさんは馬車をナメてます! その程度じゃ大事なお尻は守れませんよ!」
必死になるリータの様子に伊織はごくりと喉を鳴らした。
もしかすると馬車よりジェットコースターのほうがマシだと思えるような状況に陥るのかもしれない。考えてみればゴム等が普及していないこの世界の馬車なら車輪はすべて木製の可能性が高いのだ。
固い車輪とガタガタな道。
そのふたつが合わさったらどうなるか……と伊織も遅れて暗い顔になる。
そんなふたりのやり取りに静夏が快活な声で笑った。
「私がふたりを担いで走ることができれば良かったのだが」
「! 噂によればマッシヴ様は馬より早く走れると……」
静夏は「ああ」と頷く。
聖女マッシヴ様の腕力ならふたり纏めて担いで走ることも、そのスピードが馬を上回ることも実現可能だ。しかしそこにはとんでもない問題が潜んでいた。
「加減して走らねば風圧で呼吸ができなくなってしまう。しかし細かな調整をすることはまだ練習中でな、長時間ともなると今は難しいんだ」
母さんにも筋肉に関してまだ扱いきれていない部分があったのか、と伊織は意外に思いつつも納得した。強く逞しい静夏もまだまだ発展途上なのだ。
自分も成長に向けて第一歩を踏み出したばかり。
静夏もまだその道の途中だということが何だか心強いなと伊織は感じる。
その時、リータが片手を見下ろして呟くように言った。
「私も魔法弓術を使いこなせていたら護衛もいらなかったんですが」
「魔法弓術?」
「はい。人によって魔法を弓矢に纏わせる方法と、魔法で弓矢そのものを作り出す方法があるんですが、私は後者を使っていて……でも一撃必殺ほどの威力はないので、ひとりで移動するのは危険だったんです」
フォレストエルフが住む森の中ならともかく、こんな平坦な地形では隠れて攻撃することも、高所からイニシアチブを取ることもできない。
そのため火力の高くない者は単独で移動することに向いていないのだという。
世界には不思議な力が当たり前のように存在しているが、全員が初めからそれを使いこなしているわけではないのだ。伊織はそれを肌で感じた。
静夏は優しげな笑みを浮かべる。
「私の成長は鈍足だろうが、ふたりはまだ若い。焦らずに長所を伸ばしていけばすぐに目標を達成できるだろう」
「母さんも若いよ!?」
「マッシヴ様もお若いですからね!?」
綺麗に重なったふたりの声。
何度か目を瞬かせた後、静夏は嬉しそうに頬を染めた。





