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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第三章

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第65話 悪足掻き

 巨鳥は犯人たちを巻き込みながら地面に落下し、そのまま数メートル転がった。

 どう見ても大事故だというのに全員気絶で済んだのは幸か不幸か。鳥型魔獣の羽毛が思っていたよりもモフモフした柔らかいものだった影響もあるかもしれない。


 難を逃れた伊織たちは突如訪れた犯人たちの特大の不幸にしばし思考停止していたが、ひとりだけ落下の衝撃でなだらかな丘の向こうまで吹っ飛ばされたバルドが地面に激突する音で我に返った。

 さすがに死んだのでは!?

 そう慌てた伊織たちを地面に降ろし、静夏が音のした方向へと走っていく。


「皆は犯人の確保と怪我の有無の確認を頼む」

「は、はい!」


 返事をするなりリータとミュゲイラがてきぱきと動き、あらかじめ用意してあったロープを犯人たちにかけていった。

 攫われかけたロスウサギも未だに眠っているが無事なようだ。

 ヨルシャミは目を回している鳥型魔獣に近づく。


「こちらも気絶だけか、とどめは私が刺しておこう」

「あっ、じゃあ僕はこの人を」


 伊織は巨鳥の背中に乗ったままのサルサムの体を揺らした。

 よほど全力でしがみついていたのか、気を失っていても腕からまったく力が抜けていない。

 そこでサルサムが意識を取り戻した様子を確認し、伊織も魔獣の背中に這い上がって彼へと肩を貸す。


「大丈夫ですか? どこか痛むところは?」

「……、……? 意識が飛んでたのか? 着地できてる……?」


 そこではっと我に返ったサルサムは「衝撃で首は痛いが大丈夫そうだ」と伊織の質問に答えた。

 首の負傷は軽いものでも侮れないが、どうやら本当に問題はないらしい。


 ゆっくりと巨鳥の背中から降り、事態を把握したサルサムは青くなる。

 なにせ目の前に広がっている光景は完全に事故現場で、その原因が突っ込んできた魔獣にあることは明白なのだ。


「まさか俺たち……人を巻き添えにしたのか……!?」

「ああ、いや、あれは僕らが同じような状態にするつもりだったんで、今は気にしないでください」


 命さえ奪いかねないトラブルだったが、それについて考えるのは後でいい。

 伊織は「それより」と脳に異常がないか確認がてら話しかけた。


「僕は伊織といいます。そちらは?」

「サ、サルサム。あの魔獣の退治依頼を受けてな」


 無謀だった、とサルサムは後悔しているような落ち込んでいるような表情を覗かせた後、ふとあることに思い至って再び伊織に視線を向けた。


「イオリ? まさか……聖女一行か?」

「へ?」


 静夏を知られていることは不思議なことではないが、自分の名前まで関連付けられているとは思わず伊織はきょとんとした。


 しかし冷静に考えてみればそうだ。

 バルドの同行者なら話を聞いているかもしれないし、もしかするとこの人物がニルヴァーレの雇っていたもうひとりの人間なのかもしれない。

 ならまた逃げられるかも。せめて医者に送り届けるまでそれは避けたい。

 そう考えた伊織はサルサムが言葉を継ぐ前に慌てて言った。


「は、はい、そうですけど僕らはお二人をどうこうしようって気はありません」

「……俺らがニルヴァーレの一派だったってことも把握してるのか」


 伊織は「バルドさんの反応で」と頷く。


「あいつ筒抜けだもんな……」

「見たところ大きな怪我はないですけど、僕らとしては念のため医者に連れて行きたいので……このまま逃げずに任せてもらえませんか。バルドさんも、その」


 伊織はおずおずと丘の向こうを指す。

 まだそちらの方角から静夏が戻ってくる気配はない。


「めちゃくちゃ飛ばされちゃったので大怪我してるかもしれませんし」

「あー……なるほど」


 サルサムはわかったと了承した。

 あまり心配していない様子だが、前にバルド本人が語っていた危機一髪エピソードをサルサムは自分の目で見てきたのかもしれないなと伊織は思う。


 その時リータの短い叫び声が聞こえた。

 慌ててそちらを見た伊織の視界に映ったのは、目覚めたらしい犯人の男がリータの腕を捻り上げて刃物を突きつけている光景だった。


「か、かなりキツくかけた縄なのに簡単に抜けたぞコイツ……!?」

「縄如きで我々を拘束できると思うなよ、エルフめ」


 男はリータを人質にしたままじりじりと後退する。

 ヨルシャミが瞬きもせず風の鎌を作り出した瞬間、男が何かを奥歯で噛み砕いた。

 口の端から漏れ出た薄紫色の霧があっという間にヨルシャミの体を拘束する。


「む……?」

「ははは! お前のことは依頼主から事前に聞いている。魔法さえ封じてしまえばただの弱々しい少女――」


 その瞬間、ヨルシャミが大きく息を吸い込んだ。


「ああ、魔法を付与した石かなにか……それを噛み砕くことを発動するトリガーに設定したのか。雑なわりに細かいことをするではないか。そこの子供は、隠蔽魔法以外にも……ふむ……これは一時的に他者の魔法を抑え込む魔法、か。その才能も持っているようだな。お前、なにか聞いてないか。これにもなんらかの縛りがあるのか? 異なる魔力が混じり合っているが理由はなんだ?」


 黙って聞いていた伊織が犯人よりも先に冷や汗を流す。

 魔法に関することとなると饒舌になるヨルシャミの癖が出た。

 普通ならこんな状況では悪手に他ならないが、頼みの綱を封じられたというのにぺらぺらと喋り、あまつさえ敵に質問までしてくる様子に男はたじろぐ。


「お前、この状況でなにを……」

「なにを?」


 ヨルシャミは意地の悪い笑みを浮かべる。

 なんか物語に出てくる魔王みたいだな、と意図せず少し前の犯人たちが感じたのと同じ感想を伊織は抱いた。


「愚問だな。それは『こんなもの』では私を……そして我々を拘束など出来ぬからに決まっているだろう、馬鹿者めが」


 男が眉を顰めたと同時にヨルシャミが言う。


「リータ! 多少の怪我なら私が治す!」


 言外に『隙を作れ』と言っているのだ。

 そんな意図を瞬時に汲んだリータは、足を思いきり振り上げるとかかとで男の脛を全力を込めて蹴った。


 ただの蹴りではない。か弱い少女の外見をしている上に体格のよくないエルフということから弱々しい印象が強いが、フォレストエルフは森で暮らすためかなりの健脚なのだ。

 舗装されていない道を縦横無尽に歩き回り、難なく木登りをしてみせる様子からもそれがよくわかる。

 その蹴りの威力は無理な体勢から繰り出したとは思えぬほどのもので、脛の激痛は一秒もかからず男の脳を真下から突き上げた。


「ッが……!」

「っ……ヨルシャミさん!」

「満点だ!」


 直後、ヨルシャミを拘束していた霧が一瞬で破られ文字通り霧散する。


 風の鎌の代わりに巨大な風の手の平が出現し、リータごと巻き込んで男を平手打ちにしたが――吹き飛んだのは、哀れな男だけだった。

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