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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第三章

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第61話 ニルヴァーレ・ノート

「バルド?」


 伊織はいつものようにヨルシャミが作った夢路魔法の世界へと足を踏み入れ、今日遭遇した人物についてニルヴァーレに訊ねてみた。

 名前を聞いたニルヴァーレはオウム返しにそう言うと「……ああ!」と手を叩く。


「そうだ、僕の雇った人間の名前だ。そういえば荷物番をさせてそのままだったな」

「おぉ、覚えていたか」

「さすがにこれだけ最近のことなら覚えてるさ」


 名前を口にしてから一瞬間が開いていたからちょっと怪しいぞ、と伊織は思ったが、口には出さないよう言葉を飲み込む。

 そしてその代わりにバルドと会って起こったことを言った。


「その人が僕に接触してきたんです」

「名目は?」

「……母さんに紹介してほしいって。なんか惚れたみたいで……」


 それを聞くなりニルヴァーレは噴き出すように笑うと「失礼」と己の口元を腕で隠した。しかし肩が揺れたままである。

 よほどバルドの行動がツボに入ったらしい。


「目にしたとすれば僕と聖女の戦いの時だろう、そんな状況で一目惚れとは……まああの男なら無くもないか。引くくらい女好きだからね、僕のワイバーンも人間の女に化けさせて侍女をさせていたせいで何度か口説かれた」

「雇い主の侍女を口説くなんて見境のない奴だな」


 これが普通の雇い主なら下手をすればクビになっているところだ。

 ヨルシャミは半眼になりつつ話を続ける。


「で、だ。そのバルドとやらはお前に忠誠を誓っていたか? 雇い主を殺されたと敵討ちに来る可能性は?」

「ない」

「そ、即答ですね」

「ないものはないからなぁ。もうひとり連れにサルサムという男がいるが、そっちも僕の敵を討とうなんていう気はないだろう。金だけで繋がっていたようなものだし、そういう所を気に入って契約していた」


 それにしても、とニルヴァーレは視線を横に流す。


「惚れた相手を追ってきただなんて――思ったより自由にやってるじゃないか、あいつら」

「ふむ、ではとりあえず当面の危険はないということか」


 ニルヴァーレとしてはなにか思うところがあった様子だが、こちらの命が狙われているわけではないならいい。ヨルシャミはそう胸を撫で下ろす。

 命を狙われる以外の実害が出る可能性は今も残っているが、それはニルヴァーレに訊ねても解消はできなさそうだ。

 そこで疑問が浮かんだ伊織は「でも」と眉尻を下げる。


「それならなんで逃げたんでしょう」


 あの逃げっぷりは天下の大泥棒も真っ青の速度だった。

 伊織を抱えて逃げた時もそうだが――逃げているくせに騒がしい。そして目立つ。マイナス点ばかりだというのに煙に巻くことができるのは一種の才能だ。

 伊織の疑問を耳にしたニルヴァーレは「これは予想だが」と前置きする。


「あいつらは僕と君たちが敵対したままだと思っているんだろう。つまり自分たちも敵と思われているかもしれないから逃げておこう! という寸法だ」

「だが当人たち……少なくともバルドは友好的な関係を築きたい、ということか」


 ニルヴァーレとヨルシャミの話を聞き、仮に和解したところで友好的な関係になれるか微妙なところだなぁと伊織はミュゲイラの反応を思い出して頬を掻いた。

 直接顔を合わせたらどんなことになるかわからない。

 しかもバルドは女好きだという。ミュゲイラに対してもなんらかの粗相をするのではないかと伊織はすでに顔が青くなるような気分だった。


「まあ今度会ったらダメ元で説明してみるといい」

「雇い主は自分から魔石になって聖女一行に同行してて、今は夢を介して僕の先生をしてます、って……こ、これを?」


 突飛どころではないのでは。

 もし適当なことを言っていると怒らせでもしたら――と、伊織はそう一瞬心配したが、バルドなら信じる気がした。

 問題は連れのサルサムという男だ。

 反応を予想すらできないほど人となりを知らない。


「……わかりました、次の機会があればダメ元で説明してみます」


 ダメ元で説明するのもサルサムがどんな人か確認するのも、とにかくもう一度会わなくてはどうしようもない。

 伊織が頷くとヨルシャミがぱんと手を叩いて言った。


「よし、起きたらシズカたちにも伝えよう。では……次は訓練の時間だな」


 そうだ、この後は恒例の召喚魔法訓練が待っていた。

 そう伊織は無意識に姿勢を正す。すると目の前にニルヴァーレがノータイムでどすんっと本の山を置いた。一冊ずつではない。山ごとだ。

 あまりにも見事な本の山に伊織は目が点になる。


 見れば真新しいノートも混じっていた。

 しかしそれは伊織が書き込むためのものではなく、すでにニルヴァーレが様々なことを書き込んで用意したもののようである。


「こ、これは……?」

「召喚魔法のセンス無き者にどうやればわかりやすく伝わるだろうか! っと日がな一日考えた結果、ここは僕が知識を噛み砕いて編集し直したほうがいいなと思って作ったものだよ!」

「手作り教科書ってことですか!? こ、これを全部……」

「暇人であるな」


 ヨルシャミの鋭いツッコミが飛ぶ。


 まさしく暇なのだろう。

 ヨルシャミが夢路魔法を使っていない間もこの空間はニルヴァーレにより維持されており、時たま外の音を聞きつつ自由気ままに暮らしているらしいが、ニルヴァーレ以外に誰かいるわけではないので刺激になるものがほとんどない。

 特にニルヴァーレの意図していない『不意打ちの刺激』はゼロだ。

 なにせ暇潰しに環境を変えてみても、それはニルヴァーレが自分の手で変えたものなのだから。外の世界なら適度に受けられる刺激がないのは暇だろう。


 そんな理由だとしても、自分のためにノートを作ってくれたのは素直に嬉しい。

 一度は引いた伊織だったが、深呼吸するとありがたくノートを手に取った。


「ありがとうございます、活かせるよう頑張りま……」


 ぺらり、と捲ると絵本だった。

 絵本調で召喚魔法の諸々が描かれている。

 小難しいことが書かれているのに絵が可愛い。


 伊織は無言のまま目を瞬かせ、反応に困ってヨルシャミに助け舟を寄越してほしいと視線を向けたが――柔らかい動きで目を逸らされた。

 迷った末に「こ、これ、ニルヴァーレさんが描いたんですか?」と訊ねると、ニルヴァーレは「もちろんだとも!」と胸を張って頷く。


(絵が気になって余計に頭に入ってこない……)


 今日の訓練は長引きそうだ。

 そんな予感がした伊織はノートを開いたまま一瞬だけ瞼を閉じ、そしてその予感はすぐに当たることになったが、必死になって最後までこの絵と共に完走したのだった。

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