第595話 見るな見るな! 【★】
伊織が楽しげな声音で説明したのは、ヨルシャミの一部を獲得するごとに加点されていくゲームについてだった。
部位によって点数は異なり、一定の点数が貯まればゲーム終了。それに伴い『父さん』の欲しているデータも集まるらしい。
伊織に父と呼ばれているのは銀髪の少年だ。
目が慣れ、真っ先に頭が認識したのはその明るい髪色だった。
「……オルバート……!」
憎々しげにヨルシャミは彼の名を呼ぶ。
伊織は成長していてもオルバートはラビリンスの塔の最下層で会った時と寸分違わない姿をしていた。それはヨルシャミが彼と千年以上前に会った時の苦々しい記憶とも同じで、やはり彼の肉体が加齢していないことを示している。
そんなオルバートと同一の白衣を羽織った伊織はにっこりと笑って言った。
「本当は一対一の方がいいけど、今回は僕とお姉ちゃんとこの子で行かせてもらうよ」
この子、と示されたのは金髪の少年だったが顔を布で隠しており表情は窺い知れない。その隣でパトレアはスカートを脱ぎ去り、いつもの短パン姿で光沢のある義足に太陽光を反射させていた。
警戒を強めるヨルシャミを見下ろしながら伊織は片手の平を見せる。
「それじゃ始めよっか。……スタート!」
崖の上から飛び降りた伊織にヨルシャミはぎょっとしたが、伊織は臆することなく風属性の魔法を発動させると地面にふわりと着地した。と同時に風の鎌を二対生やして地面を蹴り、直角に飛ぶようにヨルシャミたちへと高速接近する。
いつの間にかパトレアと金髪の少年の姿もない。
オルバートともう一人――シルエットから見てシァシァはまだ崖の上にいる。
(イオリを奪取するならそれ以外をどうにかするしかない。どれも強敵だが……小細工が無ければオルバートの防御は普通の人間と変わらぬはず)
それに加えてナレッジメカニクスの首魁という立場だ。彼を真っ先に行動不能に出来れば撤退を促しながら伊織を取り戻せるかもしれない。
ただしオルバートは不死の可能性がある。単純な攻撃ではシァシァたちに撤退を考えさせることすらできないだろう。封印か長く効く毒か、それとも他の手立てか。そう考えている間に間近に伊織が迫り、振り下ろした風の鎌の一撃をヨルシャミは同じ風で出来た盾で受け流す。
伊織は驚きもせず「君ならそれくらいやると思った!」と風の鎌を再び振り上げ――その刃がヨルシャミに届く直前に炎に換えて爆ぜさせる。
「っなんだ!? 発動済みの魔法の属性を変えたのか!?」
「僕の努力の結果だよ」
「おのれ、ナレッジメカニクスめ。一体イオリに何を……」
「あれっ!? 聞いてない!? だから僕の努力の結果なんだってば!」
認めてよ! と言いながら伊織は焦げて舞ったヨルシャミの髪の一片を掴み取った。恐らく最初の加点があれだ。
伊織は点数を満たせばゲーム終了だと言った。
終了すれば帰るのだろう。つまりヨルシャミが攻撃を食らえば食らうほど伊織を奪取する機会が減ってしまうのだ。
ヨルシャミは口を引き結ぶと体勢を立て直し、自身の背後にも風の鎌を七対作り出した。
ぞわりとした伊織は思わず半歩引く。荒れ狂う風の鎌をすべて完璧に制御しているヨルシャミはまるで多腕の魔王のようだ。否、シルエットが完全にそれである。
恐ろしいが――しかし、伊織の理想でもあった。
ああいう魔導師になりたい。そんな想いが湧いた胸元をぎゅっと握り、伊織は目を見開いてヨルシャミを凝視しながら自分の風の鎌を四対に増やした。
そして。
手を捻る動作。
それと共に聞こえてくるエンジン音。
風の鎌による移動ではなく、バイクに跨った伊織は爆発的な速さでヨルシャミへと突撃した。
「っく!」
風の盾は持続時間が短い上に、受け流すタイミングもシビア。且つ真正面から攻撃を受けるには脆すぎる。
ヨルシャミは盾を出さずに七対の風の鎌でバイクを押し止めるが、その間を縫って伊織の風の鎌が頭上から降ってきた。
体を捻ってそれを避け、しかし袖の破れる音を聞きながらヨルシャミは更に厄介なことに気がついた。
(この炎の唸るような音……パトレアか!)
理解するや否や真横からジェット噴射で加速したパトレアが現れ、地面を蹴ると体の向きを反転させ後ろ蹴りを繰り出す。
再び風の鎌で受けるも、鎌は先ほどバイクを止めた際に風の威力が削れていた。
吹き飛ばされまいと意識がそちらに向いたところで伊織のバイクが土煙を上げて再度突撃する。
二人同時には捌ききれない。――厳密に言えばヨルシャミ側から容赦のない攻撃をすれば無力化できるかもしれないが、そうすれば伊織やバイクを傷つけてしまう。それが手加減に繋がっていた。威力のある闇属性の魔法を咄嗟に出せなかったのもこれのせいだ。
伊織への対応に再び意識が逸れ、パトレアの攻撃が突き抜けそうになったところでミュゲイラがパトレアに向かって固く握りしめた拳を振り下ろした。
「っわわ!?」
存外間抜けな声を出したパトレアは慌てて飛び退く。
一瞬前まで立っていた場所にミュゲイラの拳が突き刺さり、大きなクレーターとなったことでその判断は間違いではなかったと悟った。
「ヨルシャミ! こいつらお前を狙ってるんだろ、分断するぞ!」
「バ、バイク様とのタッグ攻撃を邪魔しないでくだ――さいッ!」
パトレアはトントンッと地面を二度蹴ってミュゲイラに突撃する。
ミュゲイラは「ふんっ!」とその足をキャッチしたが、ジェット噴射口周辺は高温になっているのか、グローブを突き抜けた高温に叫びながら放り投げた。
「あっつ! あいつ掴んだらダメだな!?」
「脚の周囲の空気が揺らめいている時点で察せ……!」
ヨルシャミはそう言いつつ小規模な回復魔法をミュゲイラにかける。体内にダメージが蓄積したがまだ倒れるほどではない。
「分断は良い手だよな」
「ネロ」
「でもあっちは相手してくれないだろうから、さっきのミュゲイラと同じことをしよう」
同じこと? と当のミュゲイラが首を傾げる横で、ネロがネコウモリをお纏いフォームにし変身した。
オレンジ色の光に包まれ、各部位ごとに衣装を身に纏い、少年の姿に戻ったネロは真剣な表情で口を開く。
「投げ飛ばすなり何なりして物理的に遠のける! 俺たちなら出来――」
「ネロさん何ですかその格好!?」
「……」
真剣な言葉に被さるように伊織のもっともなツッコミが飛んだ。
どの攻撃よりも素早く飛んだ。
徐々に髪色のように真っ赤になったネロは眉根を寄せて叫ぶ。
「見るな見るな! とっ、と、とりあえず俺はそっち! 馬の奴担当でいく!」
そして伊織の視界から逃げるように走り出すと、引っ繰り返っていたパトレアの襟を掴んで豪速で飛び去ったのだった。
伊織とオルバート(絵:縁代まと)
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