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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十一章

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第594話 カディリの広場

 その山はカディリという名前を持っていた。


 カディリ山はマッスルマウンテンから見下ろすと平地と変わらないくらい低く見えるが、足を踏み入れれば山という言葉の印象に違わない景色と相応の険しさを兼ね備えている。

 人の手が入っておらず道らしい道は無く、木の密集地は鬱蒼としており崖も存在していた。足を踏み外せば一般人なら怪我は必至、遭難でもすれば救助の来る可能性がマッスルマウンテンより低いというオマケ付きだ。


 そんな山の獣道をのっしのっしと歩きながらミュゲイラがヨルシャミとネロを先導していた。

 森に住むフォレストエルフは森や山など自然豊かな土地の歩き方を知っている。体が覚えていると言っても過言ではない。

 ただミュゲイラは知識で進んでいるというより筋肉で進んでいるといった様子だった。

「あ、まーた落石で岩が道を塞いでるな。ちょっと退けとくか。よいしょっと!」

「……俺さ、フォレストエルフは森の賢人ってイメージがあったんだけどさ」

「ネロよ、皆まで言うな」

 ヨルシャミに止められつつ「まあ初対面の時にそのイメージは既に瓦解してるんだが」と小声で付け足し、ネロは来た道を振り返る。

 草を踏み締めたところが『道』だとするならそれは自分たちが敷いてきたもので、しかもしばらくすれば勝手に元通りになるだろうという確信を感じさせるものだった。現に今も少し目を離しただけで見失いそうになっている。

 ネコウモリの力を使わなくても無事に帰れますように、と祈りつつ先へと進む。今日はカディリ山の山頂を目指しながら周囲を見て回ることになっていた。


「しっかしこれだけ誰も来てなさそうだとナレッジメカニクスの施設とかそういうの無さそうだなぁ」

「ニルヴァーレの指した施設も鬱蒼とした地にあったろう。こういう場所は隠れるのに適している」


 交通の便の悪さもナレッジメカニクスなら転移魔石や発明品で補えるだろう。

 だからこそこんな場所でも確認だけはしておかなくてはならないのだ。

(イオリのためにこんな地道なことしてたのか、……っと)

 先頭のミュゲイラが木から垂れ下がるツタのカーテンを退けた瞬間、ぽっかりと開けた場所が現れてネロは目を瞬かせた。

 何もない広場、というわけではない。

 中央に位置する場所に黒い塊がある。


「……ふむ、大木の燃えカスと残った根のようだ。周囲も似たようなものがあるな。落雷で小規模ながら山火事が起きたらしい」

「よ、よく丸焦げにならなかったな、この山……」

「あー、さっきのツタが一役買ってんじゃね? 燃えにくいし水分量多いんだよ」


 冷や汗を流しつつ辺りを見回すネロにミュゲイラがそう言う。

「あのツタって決まった種類の木にしか伸びないんだ。たしか害虫を食ってくれる虫がその木によく付くんだっけかな? で、その木がこの辺をぐるりと覆うように生えてる。ここにあった木は別種だったんだろ多分」

「……」

「今は少し減ってるけどツタが一番生い茂る季節と……根からまた生えてる新芽とか周囲の雑草の様子から見て二ヶ月くらい前に焼けたんじゃないかな」

「……」

「……」

 ネロは目を閉じてゆっくりと頷いた。


「森の賢人のイメージが少し回復した」

「心から祝おう」

「待って何だ!? 何の話だ!?」



 二重に面食らったものの、一度燃えた場所も探索してみようとヨルシャミたちは広場へと足を踏み出す。

 もう焦げた臭いはしないが所々緑と黒が入り混じっていた。

 燃えカスと化した大木は元からほとんど枯れていたようで、乾燥していたが故に良い火種になったようだ。しかしだからといって下に秘密の通路等が隠されているわけでもなく、ただ徐々に土に還っている途中の残骸と焦げ茶の土が見えるだけだった。

 念のため地面だけでなく視線を上げて周囲を確認してみる。

 少し離れた位置に太陽を背負う形で崖がそびえ立っていた。周囲の木々より高いためいやに目立つ。ここへ出るまでに目に入らなかったのは鬱蒼とした木の枝葉に遮られていたからだろう。

「……?」

 そこに人影があった。

 いや、人影に見える木か岩の影かもしれない。

 ヨルシャミがそうすぐに思い直したのは、自分の目でじっくりと確認しても生命らしいオーラが見当たらなかったからだ。しかしその人影が動いたことで考えを改める。改めざるをえなかった。


「ヨルシャミ!!」

「――な」


 よく通る少年の声が崖の上からこだまする。

 聞き覚えのある声だ。

 懐かしい声だ。

 その声が己の名前を呼ぶ、それだけで心臓が跳ねる。――しかし同時に不安と不気味さも連れてきた。リータたちの時のようにあちらから現れることもあるのではないか、と予想はしていたし、何度も脳内でシミュレーションもしてみたが、現実で遭遇するのはやはり感覚が違う。


「……イオリ……」


 彼の名前を彼に向けて口にするのも久方ぶりのこと。

 しかし胸は高鳴っていても、ヨルシャミの表情は固い。

 逆光を背負った伊織は前よりも少し背が伸びているようだった。ネロほど劇的ではないが、それは伊織と過ごせなかった月日の長さを表している。

 ヨルシャミが半歩下がったと同時に伊織は言う。


「不意打ちもいいんだけど今回はゲームだからさ、ちゃんとスタートを切ってから行くよ」


 その表情は窺い知れなかったが――ヨルシャミは、伊織が笑みを浮かべている気がした。

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