第593話 変わる必要はないのに 【★】
ヨルシャミたちの動向は監視している。
そのため伊織たちが街中を歩きたいと言い出した時もオルバートはすぐに許可を出した。
ただし変装した上で保護者としてシァシァを付けること。これが条件だ。
――保護者は僕でも良かったけれど戦闘力に劣るからね、とモニター係として宿で待機することになったオルバートは少し残念そうにしていた。
伊織はブラウンのキャスケットを被り、ニルヴァーレにも同じものを。
黒の上着に吊りズボンもお揃いだ。なるべく普段の二人が着ないが周囲から見て違和感が薄く、それでいて動きやすいものを選んだ結果だった。
パトレアは脚を隠すためにロングスカートを穿き、頭には大きめのキャスケット。
聖女一行と初めて会った時の変装に近いが、頭――更に詳しく言うなら馬の耳を隠すのはこの地域で獣人種がやや珍しく悪目立ちするためである。
そしてシァシァはフードパーカーの下にVネックのシャツ、シンプルな黒ズボンを穿いていた。
ドライアドの特徴である髪の花を隠す際は大抵フードの付いたものを選ぶのだという。とはいえあまり近いと香りに気づかれるそうだが、それも香水だと誤魔化すらしい。
そんなシァシァはきちんと一行の保護者に見え、そして他の三人は子供に見えた。
――外見年齢は成人しているパトレアまで含んでいるのは彼女が子供に負けず劣らずはしゃいでいるからだ。今も「あっちに市場がありますよ!」と先頭に立って向かう先の様子を見ては飛び跳ねている。
「コラコラ、目立つから落ち着いて」
「ハッ! 申し訳ありませんシァシァ博士……!」
「安易に外で名前を呼ばない」
困った顔をしながらパトレアを宥める様子も父親然としていた。
その様子を見ながらニルヴァーレは伊織の隣を歩く。
(……やっぱり未だに慣れないな)
シァシァは本部に顔を出すことが稀な幹部だった。普段はどこにあるのかわからない自分のラボに籠って機械の仕掛けを作り続けており、オルバートに呼ばれた時や気紛れで訪れては他の幹部を揶揄う。しかし自分の研究に本部にあるものが必要であったり、幹部を含む他のナレッジメカニクス構成員の力が必要な時は何ヶ月も居座った。
延命装置のメンテナンスだけは時期が来れば自発的に本部に来て「そろそろメンテだヨー」と促すが、応えなければいつの間にかいなくなるためこっちから探すはめになる。
それでも訪れなければ「折角処置してあげたのに勿体ないコトするなァ」とさして心配もせずに言うのだ。きっと人間が、延命処置されなければ長くて百年程度で死ぬ人間が嫌いなんだろうな、と思ったことがある。
ただそこまで浅い気持ちでもないような気がしたが、ニルヴァーレは彼の内情に突っ込む気はさらさらなかった。それでもシァシァに対する印象は他の幹部が感じているものとそう相違なかっただろう。
(それが何だ? どっちかといえば本人の方が大きな子供みたいだったのに)
今は父親にしか見えない。
しかも厳密には――『伊織の父親』だ。
伊織が家族ごっこの一環としてオルバートたちを父や姉や兄などと呼び始めた経緯は聞いている。しかしだからといってシァシァ側がここまで変わる必要があるのか。洗脳を安定させたいとしても過剰だろう。
そんな違和感を探るような視線を向けていると、シァシァがこちらを振り返った。
ニルヴァーレを見ているわけではない。見ているのは伊織だ。
「で、何か買いたいものがあるんでしょ?」
「セトラス兄さんへのお土産! ……の下見、かな。いつ帰れるかわからないから生ものだと腐っちゃうし」
「ふーむ、なるほど。ケドあと何回自由に動き回れるかわからないからなァ……まァ生ものなら心配しなくていいヨ、ワタシが超長持ちする簡易冷蔵庫を作ってあげるから!」
「!? そんな凄いの作れるの!?」
それより更に凄いどころではない物も作っているんだけれどなとシァシァは笑う。
うきうきしながら伊織はパトレアと共に市場の中でセトラスへの土産を選び、最終的にこの地方の名物だというマッスルマウンテンまんじゅうに決定した。曲げたムキムキの腕の形をしたまんじゅうである。本当にこれでいいのかとニルヴァーレは心の中で何度も思った。
「これってあの変な山の形だよね、マッスルマウンテンっていうんだ……わぁ……まんまだ……」
「しかし名物になるのも頷ける形でありますね!」
「うんうん。あっ! あっちにマッスルマウンテン飴っていうのもある!」
「もう何でもアリだね!」
ずっと静かにしていたニルヴァーレもさすがに張りのある声で言ってしまった。
試食もあるみたいだよ、と伊織に連れられてマッスルマウンテン飴屋の前まで行く。金太郎飴のようなもので、飴に描かれているのはやはりムキムキの腕だった。
「僕もこれくらい筋肉をつけられたらなぁ」
「イオリはこうなりたいのかい」
「うん、だって強くなれば――母さんを倒せる」
伊織にとって筋肉は強さの象徴。
つまり洗脳されてなお、母親が彼にとって『強いもの』であり『目指すべきもの』なのだ。
伊織が意識してのことかどうかはわからないが、ニルヴァーレは顔に影を落としつつ試食の飴を摘まんで伊織に差し出しながら言った。
「イオリ、君には君の強さがある」
「僕の?」
「他の誰かと同じ強さを得なくても、君は十分強いんだよ。僕が保証しよう」
「……っあはは、なんだそれ」
伊織は笑いながら差し出された飴を咥えて食べる。
「ニルってば弟なのに先生みたいだ!」
その後もう少し市場を見て回ろうという話になり、留守番をしているオルバートにも何か買っていこうかと通りを見回したところで、そのオルバート本人から連絡が入った。
裏路地に入ってインカムに耳を傾けたシァシァは二言三言話してから通信を切り、伊織たちを振り返る。
「名残惜しいケド、市場巡りはココまでみたいだ」
「父さんに何かあったの?」
「いや、どうやらヨルシャミたちが街を出たらしい」
まさかパストメリアを離れて別の場所へ移動しようとしているのだろうか。
そう伊織は焦ったが、どうやら宿から引き払ったわけではないらしい。
「彼らの行なっている調査の一環だろうネ。そしてその行先が好条件だった」
「……! 僕らの計画の?」
「そう。人目が少なく自由に動きやすい山の中だ。――行くかい?」
そうシァシァが問うと、伊織は一瞬の間も考えずに頷いた。
「うん、行く! ヨルシャミと僕たちのゲームを始めよう!」
シァシァ(絵:縁代まと)
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