第592話 赤い髪の青年は
調査の結果、ヨルシャミに同行しているのは聖女一行の一人であるフォレストエルフのミュゲイラと、他にもう一人赤髪の青年がいることが判明した。
さすがに室内まで追うと見つかりやすくなる上、羽虫と思っていたものが不審な機械だとわかればおのずとナレッジメカニクスと結び付けられてしまうため自重したが、そのせいで青年の正体もわからずじまいだった。
――が、宿屋にてモニターを見ていたパトレアが「あれ?」と声を上げたことで情報がもたらされたのだ。
「この青年、もしや昔聖女一行と何やら勝負をしていた人間では?」
「勝負? ……ああ」
オルバートは報告を受けた諸々の情報を脳内から引っ張り出す。
パトレアとヘルベールが聖女たちの遺伝子サンプルを得た時のことだ。その際に理由はわからないが聖女一行全員と一人の少年が力比べをしていたという。情報収集の範囲に含まれておらず、且つパトレアが不調であったため深くは調べなかったが、その後仲間にでもなったのだろうか。
「たしか遺伝子サンプルもなかったね、別室か他の宿でも取ってたのかな」
「ネロさんは、……」
突然何かを話そうとした伊織が目を瞬かせてオルバートを見る。
「……? 僕なにを言おうとしたっけ? え、っと……ネロさんは、会ったことがあって……」
片目でそれを見ていたオルバートは思う。洗脳魔法の辻褄合わせが強めに出ているのはシェミリザが赤髪の青年――ネロを聖女一行の仲間として認識していなかったからだ。
そういった場合は洗脳魔法が適時こうして辻褄合わせを行なうがラグがある。
しかも把握していない人物には悪感情がないため、すぐに「敵の一味だ」と判断出来ないのか、それが余計に混乱を生んでいるようだった。
オルバートはそこへ助け舟を出す。
「そのネロという子は聖女の仲間らしい。過去にそれと知らずに知り合ったのかい?」
「……あ、っと……そうかも、そうそう!」
すっきりした様子で伊織はうんうんと頷いた。
「働いてみたくてウェイターをしてた時に先輩だったんだ」
「おや、伊織は働いたことがあるのか。偉いね」
「褒められた……!?」
嬉しそうにしながら伊織はモニターの向こうの青年を見る。随分と成長したものだ。前に会った時は自分より少し大きいくらいだったというのに。
そんな感想になんとなく違和感を感じつつ、自分だって大きくなったんだぞと内心で張り合う。まだ誰がどう見ても成長途中の少年ではあるが。
(でもネロさんは聖女の仲間だったのか、なら……何か情報があれば父さんの助けになるかな?)
そう考え、思い返した記憶の中に気になる点を見つけた伊織はパッと顔を上げる。
「そうだ! ネロさんは転移者の子孫なんだって」
「転移者の子孫?」
「うん、それに強いんだよ」
「それは……ふむ、少し厄介だね。接触の際は気をつけよう」
転移者の子孫は各地に存在しているが、ナレッジメカニクスもそのすべてを把握しているわけではない。そもそも血が薄まるほどオルバートたちにとっては価値の薄い『一般人』になっていくため、今更調べようという気にもなれなかった。データはすでにある。
ただそれなりの強さがあるということはネロという少年は先祖返りしているのかもしれない。
転移者は転生者が増えるにつれ廃れていったため、現在はほとんど見られないものだ。久しぶりにそれを補うサンプルを得るのもいいかもしれないな、とぼんやりと考えていると、再び伊織が固まった。
「あとネロさんに……何か凄い報告をしたことがあって……」
「どんな報告だい?」
「それが思い出せないんだ。ただ」
伊織は真面目な顔で言う。
ネロさんがびっくりしてブリッジしてた、と。
「……」
「……」
「……シァシァ、これも転移者の血の影響かい?」
「ワタシに訊かれてもわかんないかな!」
***
マッスルマウンテンを含めてパストメリア周辺はあらかた確認し終えた。
ナレッジメカニクスの施設や伊織の訪れた痕跡は見つからなかったが、ペルシュシュカの示した場所は大雑把なため、今までも含めて指定場所からもう一回り分大きな範囲を見るようにしている。今日からはそれに該当するところに足を伸ばそうとヨルシャミはミュゲイラとネロに言った。
「しかし……あるのは次の街へ続く道と森と山か。拠点から遠いと探しにくいことこの上ない」
「野営しもって見てくしかないな。……前々から思ってたんだけどさー、ヨルシャミ、家を作れる魔法とかないのか?」
「土属性の魔法なら出来るが、そこに魔力を使うより捜索に使いたいところであるな。お前こそ筋力にものを言わせて何とかならぬのか?」
家を作るセンスがない! とミュゲイラは身も蓋もないことを言った。
しかしたしかに素人の作った家で寝るなど眠っている間に倒壊でもしたら一巻の終わりである。穴を掘っただけの場所でさえ落盤の危険がある。静夏なら凄まじい力で壁や天井を押し固めたかもしれないが。
そこへネロがおずおずと手を上げた。
「ネコウモリが自分の体で簡易テントになれるんだが」
「便利生物すぎないか!?」
「おいウサウミウシ! お前ももう少し頑張れ! 性質は似ているのであろう!?」
ヨルシャミの言葉を無視してウサウミウシはカバンの中で寝こけている。野性はもはや皆無だ。
「ま、まあ、何はともあれ憂いなく行動範囲を広げることができそうだな」
今日の探索場所はここだとヨルシャミは地図を指す。
指先をついた先には、マッスルマウンテンとは逆側に位置する小さな山があった。





