第589話 シァシァの用事 【★】
「それで用事っていうのは――」
「伊織専用の簡易認識阻害装置について意見を聞きたいコトがあるんだ」
シァシァに連れられてやって来たのは彼の部屋で、そこで聞かされた単語に「簡易認識阻害装置?」と伊織は目を丸くした。
シァシァはにんまりと笑って小さなチップのようなものを見せる。
「出先ではワタシが認識阻害魔法を担当する。ケドそれが物凄く疲れるコトは伊織も知ってるネ?」
「うん」
「距離さえ取っていればヨルシャミに感づかれるコトはない。そういう時はワタシも休めるワケだ。でも伊織の魔力量は桁違いだから、念のためコレを持っててもらおうと思ってネ」
曰く、簡易認識阻害装置はかねてよりシァシァが研究していたアイテムなのだという。
今まではそこまで重要なものではなかった。ナレッジメカニクスを知っており、ヨルシャミ並みに目の良い魔導師がほとんど居なかったからだ。
しかし今は優先度が高まり、しばらく頓挫して――もとい、サボっていた研究を再開して形にしたのだという。
「あくまで簡易だから気休め程度の効果しか出ない可能性もある。なにせぶっつけ本番で使うからネ。ケド……」
「あって損はない、だよね!」
「ネ!」
シァシァはわしゃわしゃと伊織の頭を撫でるとチップを机の上に置いた。
「そこで、だ。さすがにコレを剥き出して持っておくワケにはいかないから、何か装飾品とか小物に埋め込みたいと思ってるんだケド……何がイイ?」
「あっ、聞きたい意見ってそれ?」
そんな問いに頷くシァシァを見て伊織は拍子抜けした。もっと重い話題かと内心身構えていたのだが、存外簡単な用事だったわけだ。
しかし重要は重要、伊織は真剣に考えながら目を閉じる。
「うーん、それなら……」
チップの大きさ的に指輪など面積の狭いものは難しそうだ。
ヘアピン、ヘアゴムの類は使わない。ペンダントは一番わかりやすいが、他にももっと良いものがあるのではないかと伊織は思考を巡らせる。どうせなら親しみを持っているものがいい。
「……あ! 僕あれがいいな、パパと同じ耳飾り!」
「ゥお」
「何その反応!?」
伊織の言葉にシァシァは眉間を押さえて言った。
「ン~……嬉しいケド却下! というか東ドライアドにそういうコトはあまり言わない方がイイかな、ウン」
「えっ、なんで……」
「これは婚姻の証なんだ。とはいえファッションの一環として付ける人も居るけどネ。ただその場合も数種類を使い回したりする。伊織のこれは長時間身に着けるものだから……まァ、ワタシの目から見るとなかなかにアレなんだ」
東ドライアドには様々な風習がある。
耳飾りは婚姻を結ぶ際に互いが選んだものを贈り合い、その後は基本的にずっと付けているものなのだという。
前にマニキュアをねだった時もこんな感じの反応だったなぁ、と思い返したところで伊織はハッとした。
「えっ!? ってことはパパって結婚してるの!?」
「ンン……」
再び妙な声を出したシァシァはゆっくりと腕組みし、しばし間を開けてから細い目を緩く開いて言う。
「結婚してた、かな。……死別だ、だから外してもイイんだケド、まァ遺品みたいなモノだからちょっとネ」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「アハハ! 謝らなくていいヨ、他の人間なら不快極まるが伊織なら許そう」
シァシァは軽く伊織の背中を叩くと「耳飾り以外なら何がいい?」と訊ねた。
親しみのある装飾品、もしくは小物。
他に頭の中に浮かんできた中でしっくりくるものはないか、と伊織は探る。出来れば手の平サイズまでの大きさで、邪魔にならず、馴染むもの。
「――懐中時計」
「時計?」
「うん、懐中時計がいい。デザインはパパに任せる感じで。作れそう?」
シァシァはしばらく自分の顎をさすり、そして「作れるヨ」と頷いた。
「時計は流通してないケド、ナレッジメカニクスにはあるからネ。というか施設で使ってる時計はワタシやセトラスが作ったんだ」
「そうだったの!? さすがパパと兄さん!」
「ふふ、だから機能にも期待しておくといい。……さ! ワタシの用事はこれでおしまい! ニルやパトレアの荷造りを手伝っておいで」
「うん! じゃあ宜しくね、パパ。楽しみにしてる!」
伊織は軽く頭を下げてから手を振ると部屋から出ていった。
途端に静かになった部屋の中でシァシァは壁にもたれかかる。
(……懐中時計か)
無意識に触れたカプセル型のペンダント。
その中には自分と約束を交わした不死鳥の断片が収まっている。
不死鳥が伊織の姿をしていた時、意識を手放した彼は懐中時計を持っていた。きっと大切なものだったのだろう。しかし本物の伊織も持っていたであろうそれは現在は手元にない。洗脳の際に落としたか、もしくは洗脳による封印により消えた契約の証のひとつだったか。
(洗脳前に持っていたものを再現するのは危険だ。けれど……)
様々なものを失った子供だ。こんな形でもひとつくらい取り戻してもいいのではないか。
今のシァシァにとって伊織は遠慮なく情をかけられる相手だ。もうある程度は割り切った。
「――もし悪影響があってもその時考えればイイか」
今はあの子が喜ぶことを優先しよう。
シァシァはチップを手に取ると、あの時見た懐中時計を再現すべくラボへと足を向けた。
丸眼鏡シァシァ(絵:縁代まと)
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