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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第三章

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第57話 伊織、ナンパ師に攫われる

 ロスウサギの肉を使用した様々な料理が並ぶ肉料理屋、ロスバル。

 この街の中では一、二を争う人気店らしく、行列ができていたが「折角なら思い出に残るものにしよう」という静夏の計らいでこの店に入ることになった。


 そしてこの肉、結果的に全員の思い出に残ることになる。


 否、思い出に残るどころではない。脳に直接刻まれたかのようだった。

 とにかく柔らかくて肉の味が濃い。

 そして種類によっては少しばかり癖のあるウサギ肉とは思えない、万人向けの旨みだけを舌に教え込んでくるような味。伊織は前世でさえここまで質の良い肉を食べたことがなかった。

 舌から迎えにいくのはマナー違反だとその昔先生に言われたことがあったが、今だけはそれを忘れようという気にさえなる。


 そして気がつくと店の外に立っていた。

 追い出されたわけではない。食べて味わうことに夢中になりすぎただけだ。


「……なんか」

「凄かったな……」

「これは名物になるわけだ」


 リータ、ミュゲイラ、ヨルシャミの三人は惚けた顔でそう呟く。

 会話は成り立っていたが三人とも空を見ているため視線は交わらない。

 伊織も気を抜くと三人と同じ顔をしてしまいそうで、軽く自分の頬を叩いて気合いを入れた。


 店内ではウサウミウシにもこっそりとつけ合いのキャベツを与えたところ、お腹が膨れたのかようやく落ち着いてカバンの中でうとうとしていた。

 伊織としてはウサウミウシにも美味しかったロスウサギの肉をわけてあげたかったが、もし仲間意識を持っているなら少々複雑な心境になるので控えておいたのだが――これは少しくらいならあげてもよかったかもしれない、と思う。

 それほど美味しかった。


「また食したいものだが……この地を離れるとなかなかありつけなくなるわけか」


 静夏は店の看板を見上げて呟く。

 ブランド肉としてある程度は周囲の街に出荷はしているが、生肉は日持ちの都合もあり基本的に消費は街の中で行なわれる。

 先日世話になった農村にも時折入荷していたようだが、その店では値段が更に跳ね上がっていた。輸送費や人件費によるものだろう。


「日持ちに関してはこの肉なら干し肉にしても美味そうなんだけどなぁ」


 もちろんロスウサギの肉を使った干し肉も売ってはいるが、ロスバルで料理された肉が恋しくなることは目に見えてるな、と伊織も母親に倣って看板を見上げた。

 下手に買って後ろ髪を引かれるくらいなら、美味いものも一期一会だとスパッと諦めた方がいいかもしれない。

 しかし一期一会だからこそ、この街にいる間は目一杯味わおうと伊織は心に決める。


 それにしてもさすが静夏だ。

 肉を恋しくは思っているようだが四人と違ってしゃんとしている。

 それに気がついたミュゲイラが「さすがマッシヴの姉御だな~」と惚れ惚れとしていたが、伊織は知っていた。人々のざわめきで聞き取り辛いが、さっきから静夏が小さく鼻歌を歌っていることを。


(これ、母さんがMAXに機嫌のいい時によく歌ってたやつだ……)


 古い曲らしく伊織は元となっている曲を知らないが、昔よく夫――つまり伊織の父親と歌っていたそうだ。

 久しぶりに聞いたなぁと思っていると、突然カバンがもぞもぞごそごそと動き始めて驚いた。


「こ、こら、大人しくしろって」

「ウサウミウシか?」


 伊織はカバンを覗き込むヨルシャミの問いに頷く。

 腹が膨れて大人しくなったはずのウサウミウシが外を見たがってカバンの中で動き回っていた。そのうち底が抜けてしまいそうだ。


「なんで急に……、あ」


 荷台に乗せられ運ばれていくロスウサギグッズ。

 どうやら肉だけでなくキャラクターものにも力を入れているらしく、そこには手作りで作成されたらしいデフォルメされたロスウサギのぬいぐるみが箱に入って乗っていた。その顔がウサウミウシによく似ているのだ。

 出荷途中と思しきそれがカバンの隙間から見えたのだろう。

 宥めようとカバン越しに撫でていると、そんな伊織によそ見をしていた通行人がぶつかった。


「す、すみません!」

「っわっと……いやいやこちらこそすみません……!」


 互いに頭を下げ合っているとリータが「あっ!」と声を上げた。

 どうしました、と訊ねる前に伊織も「あっ!」とまったく同じ声を上げて慌てる。


 ぶつかった拍子にカバンから飛び出たらしいウサウミウシがバウンドしながら大通りへと向かい、そのまま馬車に弾き飛ばされて軒を連ねる店々の向こう側へと姿を消してしまったのだ。

 それを見た先ほどの通行人まで慌てていたが、どうやら魔獣ではなく子供向けのボールか何かに見えたようだ。

 大丈夫です、すぐ見つかると思うんで気にしないでください、とフォローしつつ伊織も内心慌てながらどうすべきか考える。


「と……とりあえず魔獣の情報収集もいつもみたいに手分けしてした方がいいし、それと同時にウサウミウシを探してもらってもいいかな?」

「もちろんですよ!」

「手のかかる生き物だなまったく……!」


 弾き飛ばした馬車は気づいておらず、通行人もボールに見えたため騒ぎになっていない。飛んでいったと思しき方向からも混乱の気配は今のところ伝わってこなかった。

 誰かに見つかって騒ぎになる前に見つけなくては。

 飛んでいった方向はわかるが、あれだけバウンドしたとなると予想外の場所へ跳ねていった可能性がある。


 そのため伊織たちはロスバルから各自違う方向へ散り散りになることにした。

 見つかっても見つからなくても一旦夕方の五時には拠点である宿屋へと集まることにしてある。

 ロストーネッドでは放牧しているロスウサギを小屋に戻す関係上、五時頃には鐘が鳴るそうなので正確な時計がなくてもすぐにわかるだろう。


(防御力だけはピカイチだから怪我はしてないだろうけど……)


 それでも心配なものは心配だった。

 成り行きで連れていくことになった謎の生物ではあったが、今は伊織にとって愛着のある存在なのだ。

 戦闘の役には立たないし、むしろ食料を余分に消費するため旅には向かない生き物だったが――ああいう自由気ままな、世界の行く末など我関せずといった生物が一匹くらい傍にいたほうが癒される。気が楽になると言い換えてもいい。

 そんな長所がなくても見知らぬ街中で一匹きりにするのは嫌だ、と伊織は考えていた。

 ウサウミウシが飛んでいった方向にある路地を走りながら思い出す。


(……僕、凄く小さい頃、まだ父さんが生きてた頃に迷子になったんだよな)


 記憶としてはおぼろげな上に顔もぼんやりとしか思い出せない。

 しかし伊織が成長した後、思い出話として母に聞いた記憶はある。

 中型のショッピングモール内でのことだったが、小さな伊織目線では大迷宮で迷ったような絶望感だった。

 しかも出口を求めて縦横無尽に様々なところを歩き回り、大人に助けを求める知識もなかったため、最後にはトイレに籠ってしまったことで発見が遅れに遅れたのだ。

 あの時は体調を崩した静夏は家で留守番をしており、ひとりきりだった父親はそれはもう死に物狂いで伊織を探したらしい。


 伊織は父親が自分を探している様子は見ていないが、それでも必死だったんだろうと再会した時に一目でわかったことだけは覚えている。

 なにせ服はよれよれ髪はぼさぼさ、極めつけは頭に葉っぱと枝に頬に泥汚れだ。

 なんと父親はショッピングモール外の花壇や植木の中まで探していたという。あと少しで通報までするところだったらしい。

 父親には悪いが、顔は覚えていないというのにそんなところだけは覚えていた。


(あの時は探してくれる人がいたから助かった。心細かったけど最後には再会できた。でも……)


 初めてきた街ではぐれたら、最悪それっきりという可能性もある。

 しかもここは異世界だ。前世の世界と異なり、行方知れずになった際の危険は数多く、逆に捜索の方法は限られてくる。

 ウサウミウシが不安を感じているかはわからないが、とにかく早く見つけてやりたいというのが今の伊織の気持ちだ。


 視覚で探したもののなかなかウサウミウシは見つからなかった。

 なら他人に聞き込みもしよう、と伊織は訊ねやすそうな人を探す。

 できれば顔の広そうな人。その上に細かなことに気づく人だといいのだが――と辺りを見回していると、目立つ人物に思わず目が留まった。


「なあなあ、そこの黒のブーツがお似合いの可愛い姉ちゃん! 俺ちょっと迷子なんだけどさー、道案内がてらお喋りしねぇか?」

「えー、どうしよっかなー」


 ――ナンパだ。

 迷子をダシにナンパしている男がいる。


 銀髪で顔の整った、しかしどこかむさくるしい三十路前後の男性だった。

 そのむさくるしさは不精髭と少し寝癖のような癖が付いた髪、身なりから感じられるものだということが遅れて感じ取れる。

 これは声をかけないほうがいい種類の人間だろう。そう考えた伊織は素知らぬ顔で前を通り過ぎようとしたが、こちらに気づいた男性のほうが先に反応した。


「あれっ、お前――」

「……? えっと、どこかで会いましたっけ」


 男性はハッとした様子で口を塞ぐも、何かをしばらく考えたかと思うとその手をどける。


「ちょっと訊きたいことがあるんだよ、少し時間くれねぇか」


 怪しい。めちゃくちゃ怪しい。

 前世でも勧誘などで声をかけてくる輩はいたが、ここまで露骨ではなかった。


 伊織はじりじりと後退しつつ、どうにかしてこの男性の気を逸らせて逃げようと考える。不審者に襲われているふりでもしようか。しかしそれはちょっとやりすぎな気もしてしまう、と思考が脳内をぐるぐると回った。


 すると男性に声を掛けられていた女性が首を傾げながらこちらを見ているのが視界に入った。伊織を男性の知り合いなのか判断しかねているといった顔だ。

 これなら、と伊織は覚悟を決めて口を開く。


「そ……そんな演技して、また女の人引っ掛けて帰るつもりだろ!」

「は!?」

「だから母さんにも逃げられるんだぞ、父さん!」

「父さん!? お前何言って――」

「家庭があるのに声かけたってわけ?」


 背後からの冷たい声に男性は笑みを凍りつかせて固まった。

 今だ! と伊織が走り出そうとしたところで、男性は事もあろうか弁明をするわけでもなく伊織を小脇に抱えてダッシュする。予想外の行動に今度は伊織が固まる番だった。


(な、なんでだ!? なんで僕はこのおっさんに抱えられてるんだ!?)

「おい小僧、俺は今あの女の子とお前を天秤にかけてお前のほうを取ったんだぜ。だからちゃんと答えてくれよ」


 男性はにっこりと笑うとウィンクを飛ばして言った。


「俺はバルド! お前の母ちゃん紹介してくれ!」

「おまわりさーーんッ!!」


 伊織は本気で叫んだが、あまりにも男性――バルドの逃げ足が早く、結局救いの手が差し伸べられることはなかったのだった。

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