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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第三章

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第55話 肉の街 ロストーネッド

 ――レハブ村から伊織たち一行が旅立ってしばらく経った頃。

 とある旅人が村の食事処で定食を平らげ、食器を下げにきた店長にこう訊ねた。


「ところで……この辺りに聖女マッシヴ様が訪れたって話を聞いたことはないか?」


 聖女マッシヴ様?

 店長はそう食器を片手に首を傾げて、質問をしてきた相手を改めてよく見る。

 まだ年若い少年だ。年は十五、六といったところだろう。

 燃えるような赤い髪と銀色の瞳をしており、髪は短いが片側のサイドヘアーのみ長く伸ばして三つ編みにしていた。口元からは八重歯が覗いている。

 若い旅人はそこまで珍しいものでもないが、ひとりきりというのはあまりない。


「なんだい、あんたマッシヴ様にお願い事でもあったのかい? なら残念だったね、何日か前にそこの宿屋に泊まってたけどもう出発しちまったよ」


 一瞬驚いた顔をした少年だったが、そうか……と緩く眉根を寄せると「邪魔したな」と席を立った。

 リュックを背負おうとした時、その背中に声がかかる。


「ちょっとちょっと」

「何か用――」

「お勘定」


 あ、と少年は口を半開きにし、羞恥心からか僅かに俯きながらいそいそと荷物を開いた。

 しかし十数秒間リュックの中身を漁った後、途方に暮れた顔で固まり、そしてもう一度探すのを繰り返す。それを三セットほど続けてから喉から絞り出したような声で言った。


「ぜ……全財産」

「ああ~……落としたのか……」


 もしくはスリに遭ったか。

 この地域だと小さな村では顔見知りが多く早々起こることではないが、カザトユアなど大きな街では人ごみに紛れて犯罪に手を染める人間も一定数いる。

 街でスリの被害に遭ったものの金を必要としない道中では気づかず、この村に到着してから被害に気がつくというパターンを何度か見てきた店長は長い溜息をついた。

 大人ならともかく、近い年頃の子供を持つ身としては放置するのは寝覚めが悪いという顔で。


「今回は皿洗いで許したげるよ」


 マッシヴ様を追っているなら時間のロスは致命的だろうが、同情による譲歩はここまでだ。代金はきちんと働いて払ってもらう。


 顔面蒼白になっていた少年はリュックの端を握り締めて考え込む。

 その姿は年相応に見えた。


 そして、彼は半泣きのままゆっくりと頷いたのだった。


     ***


 ロストーネッドという街は草原に囲まれている。


 この草原の草は質が良く、農家に飼育されている草食動物がよく放牧されていた。

 その中でも最も有名、且つ最も高級とされているのが――ロスウサギという体長二メートルほどの巨大食用ウサギである。


 ロスウサギは肉質を良くする過程で毛質も向上しており、要するにもふもふのふわふわだった。そのため食肉としてだけでなく毛皮としても住民が生活する上で重宝されている。

 そんな街へと続く道を歩きながら、伊織はそこかしこで草をもりもり食べているロスウサギを眺めた。


「これだけ自由にさせてて逃げないのって凄いなぁ」

「農村のおばさんから聞いたんですけど、ロスウサギって飼い主……群れのリーダーと土地そのものに懐いて単独行動はあまりしないらしいですよ」


 リータが説明する。

 これこそ土地の豊かさがブランド肉をブランド肉たらしめる理由だ。

 ロスウサギもこの土地を相当気に入っているらしく、もし何らかのトラブルでテリトリー外に出てしまったとしても匂いを頼りに自ら戻ってくるのだという。

 そう言いながらリータが少し表情を曇らせた。


「ただ最近は……ほら、たまに魔獣が出るのでああして常に牧羊犬がいたり、見回りの人が待機してるんです」


 リータが指した先には利口そうな顔つきの中型犬がおすわりをしていた。

 そこへ農具を持った男性が近寄り、周囲を見回してから犬におやつをあげて仕事に戻っていく。

 平和的な光景だが、ひとたび魔獣が現れれば一変するのだろう。


(カザトユアも突然強い魔物が出てきたって感じだったもんな……)


 伊織はウィスプウィザードの件を振り返る。

 もしかするとナレッジメカニクスが世界の穴をどうにかしようとしているのが原因なのかもしれない。伊織は昨晩の夢の中でニルヴァーレとヨルシャミとした会話を思い返した。


 あれは召喚魔法の座学が終わった時のことだ。

 ヨルシャミが改めてナレッジメカニクスの動向について訊ねると、ニルヴァーレは己の顎をさすってこう答えた。


「僕は上の連中が企んでいることに関しちゃ最近ノータッチだったから詳しいことは知らないよ。興味がなくってね。ただ……いないとされている神との接触が無理ならば先に『あちら側』を知ろうと思ったらしい」

「あちら側?」

「この世界は他の世界から侵攻を受けており、どこかに大穴が開いている。……そんなことを説いていたな。君たちは信じるか?」


 信じるもなにも主目的だ。

 ニルヴァーレには静夏と伊織が異世界からの転生者、更にはこの世界を救うという使命を持った救世主であることをまだ伝えていない。

 あまりにも色々とありすぎて単純に忘れていたのもあるが、そこまで伝えられるほど信頼していなかったというのもある。

 今は仲間の意見も総合し、ニルヴァーレを信じようという結論が出ている。

 ならば目的を明かしたほうが話が早い。

 ヨルシャミも同じことを思っていたようで、伊織と目が合うなり頷いた。


「ニルヴァーレさん、僕たちは魔石化しても協力してくれているあなたを信じることにしました。だから……その……」

「ん? なんだ? 親愛の表現としてハグでも交わすかい?」

「違くて!!」


 思わず素でツッコんだ伊織は咳払いをして仕切り直す。


「僕らの目的と素性を話します」

「……聞こうか」


 ヨルシャミの時のように異世界のこと、転生のこと、世界の神のこと。

 そしてこの世界が受けている無言の侵略を止めることが目的であることをひとつひとつ伝えていく。

 ニルヴァーレは時折相槌は打つものの、説明を邪魔するようなことは言わなかった。少しヨルシャミに似ている。

 一通り話し終わり、伊織は腕組みをしたニルヴァーレを見上げた。


「――と、大体のあらましはこんな感じです」

「なるほど、……僕はヨルシャミのように魂の質なんてものは見れないが、君たちから感じていた違和感はそれか。なら召喚魔法のセンスが悪いのも召喚技術のない世界から生まれ変わってきたからかもしれないな」


 そして、とニルヴァーレは自分の言葉を継いで言う。


「ナレッジメカニクスを潰すこと。これはイオリも無関係ではないということか」

「むしろ潰さねば救世は成し遂げられないと思えるほど、奴らのやっていることは危うい」


 ヨルシャミは静かにそう返した。

 世界の神の頼みで穴を塞ぎたい伊織たちと、知識欲のために世界の神を呼び出し穴の向こうにまで手を出そうとしているナレッジメカニクスは相容れない。

 天敵と言っても過言ではないということだ。


「ふふふ、僕は今や君たちの仲間だからね、仲間。そして仲間だからこそ引き続き情報提供とナビをしてあげよう。だから徹底的に潰すといい!」

(仲間仲間って連呼してるけど、もしかして喜んでるのかなこれ……)


 その喜びの陰にまたもや執着心的なものを感じ取って伊織は無意識に身構える。

 似たような表情をしながらヨルシャミが言った。


「いいのか、千年以上いた組織だろう」

「愚問だなぁ、どう答えるかわかってて訊いてるだろ?」


 ニルヴァーレは自分の顔を指して自信満々に答える。


「知っての通り、僕は美しいもの以外はどうでもいいんだ」


 美しい自分を保つため、そしてヨルシャミを捕えるために好都合だっただけであり、あの組織自体はちっとも美しくなんてない。

 そうニルヴァーレはなんの感慨もなく言ってのけた。


「組織の首魁は穴の向こうを調べるために、こともあろうに穴そのものを広げようとしている――と他の幹部から伝え聞いたことがある。もう随分前のことだから、今はどうかわからないけどね」

「己の知識欲を満たすためだけに世界を侵略者に差し出すとは。愚かにもほどがあるぞ……!」

「穴が広がれば侵略も加速するだろう。その時の僕は侵略された世界でも上手くやっていく自信があったから、止めたり問い質すことはしなかったが」


 今は困ることが多いから反対だな、とニルヴァーレは続けてそう言った。



 世界の侵略は確実に続いている。

 そして、そこにこちら側の住民による手助けまで加わっている可能性がある。

 頭の痛くなる話ばかりだが、この世に救世主として生まれ落ちた以上やらねばならない。

 もちろん、そんな身の上でなくても伊織は個人として世界を救えるなら救いたいと思っていた。


 一行は緑の匂いがする草原を進む。

 するとロストーネッドの中心部へ入るための門が見えてきた。

 まずは情報収集をし、ここからナレッジメカニクスの研究施設を目指す。その第一歩だ、と伊織はいつもより力んだ様子で門の内側へと足を踏み入れた。

ここから三章の開始です。

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