第559話 魔女
魔力が魂やそのオーラに惹かれる性質上、目に魔力を集めると才能さえあれば少しずつ見えるようになるという。
その訓練を繰り返していくことでいつでも見たい時に見れるようになる、とナレーフカは言った。加えて「生まれつき見える人は目元に魔力溜まりでもあるのかも」とも話していたが、真偽は定かではない。
ただし危険性も孕んでおり、デメリットは人それぞれだが――共通して出やすいものがあった。
「魔力を集めすぎると失明する可能性があるらしいの」
「し、失明!?」
「そう。しかも原因が魔力だと汚染されるのかしら……回復魔法も効きが悪いらしいわ」
「……僕、元から回復魔法の効きが悪いから大変なことになりそうだなぁ」
なんでも生物の『目』という器官は魔力の影響を受けやすいらしい。
そういえば何かの影響で目の色が変わっているのを見たことがあるな、と伊織は思い返そうとしたが、肝心のどこで見たかが思い出せない。最近ど忘れが多いなと恥ずかしくなりながら考えていると、その様子を見て誤解したのかナレーフカが心配げに問い掛けてきた。
「怖い? 一瞬で失明するんじゃなくて徐々にらしいけれど……あっ、この訓練ならシァシァ先生についてもらった方がいいかも。私も先生に教えてもらったから」
「パパは忙しそうだし……うーん、決めるのはほんのちょっとでも試してからにするよ」
なにも子供たちだけで勝手をしているわけではない。ナレーフカは大人だ。
きちんと様子を見ていてもらい、何か異変があればすぐに止めてもらう。
それに伊織も素直に従うこと、と決めて二人は魔力を見るための訓練を始めた。
――その日の成果といえば微々たるものだっただろう。
しかし伊織は何度か訓練を行なう内、やっぱり一瞬それっぽいものが見えた、という気持ちを確信に変えられそうなところまで持っていくことが出来た。
夜を徹してでも続けたかったところだが、途中で夕飯に呼ばれて中断、そこからあれよあれよという間に風呂だ寝る準備だと進み、やっと落ち着いたところで再びナレーフカの部屋に向かおうとしたが――そこでシァシァに止められて大人しく就寝することになったのだった。
集中力が必要な訓練をするのに夜更かししちゃダメだヨ、とはシァシァの言葉である。
翌朝になり、朝食を終えてから訓練の続きを開始。
その途中で様子を見にきたシァシァがようやく魔力操作訓練の前に魔力やオーラを見る訓練をしていると知り「それならワタシも監督側に回るネ!」と傍で待機することになった。口にはしていないがやはりリスクのある訓練をするなら近くに居ようと気を遣ったのだろう。
そうして昼になった頃、ほんの二秒ほどだけオーラのようなものを見ることが叶った。
「……ッでも疲れた~!」
ごろんと大の字になった伊織は目を瞑って口を大きく開く。肉体的疲労ではなく集中と緊張を繰り返した結果の疲れだ。
「いやァ、ほんの少しでも一端を見れたなら大したものだヨ。こういうのって天才的な魔導師でも見る才能がないとサッパリだからネ」
「伸ばせる才能があったことに感謝しなきゃかな……」
これが上手くいけば色々出来ることの幅が広がるはず。
自分に喝を入れた伊織が体を起こしたところで、部屋のドアをノックしてヘルベールが顔を覗越せた。
「イオリ、キメラのメンテナンスに同行したいんだったか」
「……! これから行くの?」
頷くヘルベールを見てそわりとした伊織の背中をナレーフカが叩く。
「何事も気分転換は大切。いってきたら?」
「うん、じゃあ休憩ってことで! 戻ってきたら続きをしよう!」
待ってるわ、と微笑むナレーフカに笑い返し、伊織はヘルベールに連れられて家の外へと繰り出した。
***
この一帯を警備しているキメラは馬の姿をしており、しかしその模様と口元に並ぶ牙は虎のようだった。
夜目が利き音や匂いにも敏感で、あらかじめ覚えた人物以外が接近すると問答無用で襲い掛かるらしい。
「イオリのデータは昨日のメンテ時に覚えさせておいた」
「よ、よかった、これに噛みつかれたらさすがに怖いし」
伊織は馬を眺めつつホッとする。こんな生物に追いかけられたら叫んでしまいそうだ。
「……ここまで厳重なのって、ここにイタズラしに来る人がいるとか?」
「まあそれに近いな」
キメラの健康チェックを行ないながらヘルベールはそう言い、しばらく黙り込んでから口を開いた。
「――ここは妻の、フレフェイカの思い出の場所でな。危険だが離れがたい。故にこういう形を取っている」
「危険?」
「この国に土着している異種族は殆どいなくてな。フレフェイカはどこからか攫われてきたサイクロピエンスだ。それだけでも人間社会から爪はじきにされていたというのに、その子供が見た目の加齢を止めた。そのせいで……」
ヘルベールは一旦手を止めると視線を落とし、それを引き上げる形で伊織を見る。
「……そのせいで、フレフェイカとナレーフカは魔女だと糾弾された」
「ま、じょ……?」
「ここへは『悪い魔女が住み着いているから退治してやろう』という大馬鹿者が時折現れる。ここまで言えばキメラの必要性もわかるな?」
伊織は頷く。
それを見て、ヘルベールはこの話題はあまりナレーフカには言わないように、と言い含めるように口にして作業に戻った。





