第541話 あの時のこと 【★】
ベンジャミルタがリオニャを使いに出した時点で、彼はすでにミロンドやレネーシャの頼みを聞き入れていたのだという。
すなわち人間と異種族が共存する国を目指すこと。
そのためにアズハルに会うこと。
その過程で行方不明者について問うこと。
そしてテン・レシャウの依頼も同時に完遂することを目的に動いていた。
王自ら共存に向かって動いてほしい、というのはベンジャミルタ個人としての願いである。
王が変わらねば国も変わらない、とその時は思ったらしい。しかし実際は事情が違っていた。
結果的に望んだ形ではないが共存を目指す王になったわけだが、それは運が良かったんだろうなとベンジャミルタは言う。あの日あの時ルーストも会場に潜り込んでいなければ厄介なことになっていただろう。
「これならもっと早く伝えておけばよかったね、それこそ俺とリオニャさんが一緒に居る時に。……けど前に言った通り、俺も君は復讐派だと思っていた」
「……昔ならその道もありました。討つ必要があるから討つんじゃなくて、討ちたいから討つような選択肢。でもルーストに入ってから変わっていったんです」
だからベンジャミルタさんが知らなくても仕方ないですよォ、とリオニャは意図的に緩い笑みを浮かべた。
「それで、あの時一体何が……?」
「ああ、じつはあの時俺たちはリオニャさんを計画から遠のけるために、あの家……使いを頼んだ家、ロクシャットという人間の家に君を匿ってもらう予定だったんだ」
「匿う……!?」
「君にはきっと拒否されるから、ひとまずあの日だけどうしようもない理由で一泊してもらって、そこからロクシャットに説得してもらうつもりだった。……一芝居打つ準備までしてたんだよ」
でも、とベンジャミルタは視線を落とす。
「あの日、俺たちの潜んでいた家に憲兵隊が踏み込んできてね」
「……!」
「後から分かったが、……ロクシャットの家に異種族の女性がいただろう。彼女が俺たちを売ったんだ」
リオニャはあの日話をした女性のことを思い出す。
親切にしてくれた人だ。己が異種族で困っていることは多いようだったが、家の主人には感謝していたのを覚えている。異種族への風当たりが強くない人間、というだけでレプターラでは奇跡的な出会いだったのだろう。
そんな彼女が何故、とリオニャは眉を下げる。
「元々ロクシャットとは旧知の仲でね、昔彼を助けたことがあって……それから異種族への考えを改めたらしい。しかしそんな彼も年を取り不自由なことが増えた。病にもかかった。その治療に金が必要だったようだ」
「もしかしてあの時点で私たちに懸賞金でも……」
「いいや、……俺とロクシャットの関係を嗅ぎつけた憲兵たちの差し金だよ」
情報を売れば金を融通してやる、と女性に持ちかけたらしい。
そうして家を検めるふりをしてリオニャの――不穏分子の仲間を確保しようとしたが、女性はロクシャットに言われてリオニャを連れ出した。ロクシャットは女性がそんな話を持ち掛けられているとは知らなかったのだという。
言われた通りリオニャと逃げた女性だったが、しかしやはり金がなければ恩のある主人を救えない。
そこで途中でリオニャを空き家に隠れさせ、その場所を憲兵に伝えに行ったらしい。
「俺たちも追われていたけど、一旦リオニャさんを迎えにロクシャットの家へ転移したんだ。でも入れ違ってしまった。その時はロクシャットが匿ってくれたが結局リオニャさんとははぐれてしまって……」
ベンジャミルタは言い淀み、しかしすぐに口を開く。
「あの女性も戻っては来なかった。……その一年後に他所の奴隷としてぼろぼろになっているのを見つけてね、酷く後悔した様子で事の次第を教えてくれたが……そのまま亡くなってしまったんだ」
リオニャは目を見開き、そして悲しそうな顔をした。
彼女に売られた自分から見てさえ、女性は悪くはないように感じる。すべてはレプターラの国の在り方のせいだ。
「もし生きていたら、わたしは怒ってないですよって伝えられたのに……」
「俺の言葉だけどリオニャさんなら怒らないと思う、とは伝えたよ。死ぬまで後悔したまんまなんてあんまりだ」
ベンジャミルタは指を擦り合わせる。
「それからリオニャさんのことを探しながら各地を巡って、仲間を集めて、計画の準備をしていたんだ。ルーストのことは知っていたけど目的は似て非なるものだったから、こちらから接触することはなかった。……まさかそこにリオニャさんが居るとは思わなかったよ」
「すみません、さすがに目立つことは出来なくて……」
「あっ、責めてない責めてない! こっちも隠密重視で認識阻害魔法を使ってたからね」
ベンジャミルタはリオニャの背中をぽんぽんと撫でて笑った。
「むしろメルカッツェがルーストのボスで仰天した。世界は狭いな……と思ったけど、まぁ、ここで何か起こせるなら強い力を持った奴になるから、そうすると自然と限られてくるか」
あれから弟子であるメルカッツェとも再会したベンジャミルタは互いに情報交換し、警備団の効率化に一役買っている。
しかし明るく言うベンジャミルタとは違い、俯いてしまったリオニャの様子に、やはり話すのは早かっただろうかとベンジャミルタは慌てる。
だが、覗き込んだ表情に陰りはなく、リオニャはしっかりとした口調で言う。
「――あの女性みたいな人が一人でも多く救われる国にします」
理想を口にするだけなら簡単だ。
しかしリオニャには何十年、何百年かけてでもそれを実現しようという強い意思があった。
それを感じながらベンジャミルタはゆっくりとリオニャの手を握る。
「俺も同じものを目指すよ、リオニャさん」
「……ふふ、心強いです」
そう言って微笑み、リオニャは夫の手を握り返した。
ベンジャミルタとリオニャ(絵:縁代まと)
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