第536話 親として
「本当、まさかああいう結果に落ち着くとは思わなかったよ!」
「そうだな」
屋上から風景を眺めながらナスカテスラとバルドは当時のことを振り返った。慌ただしい雰囲気に呑まれてなかなかゆっくりと話せる機会がなかったため、事務的に知っている話でも会話として聞いてみると少し違った印象になる。
ナスカテスラがバルドと合流した時、彼は第一声で「バルドか!?」と見抜いてみせた。
なんでもオーラが同じだったからだという。これだけ変わっても目に見えない部分は相変わらずだったと思うと何とも不思議な気分だったが、同時に落ち着きもした。
「俺はあの様々な武器を戦争に使わなかったのはナレッジメカニクスからもたらされたものだった……っていうことに驚いたけど「やっぱりか」って納得したな」
「予想してたのかい?」
「あんなのホイホイ出してたらさすがに。ハイリスクだから多用出来ないのかとも思ったけれど、前世の世界で使われてたものもあったから、そういう知識を一番持ってるのはあいつらだろ」
そんな組織との繋がりを、そして王が真っ当な人間の道から外れてしまったことを国民に伏せるためには表で使うことが出来なかったのだろう。
「それに戦争に使うっていうことは高火力な武器を異種族に与えるってことになるからな。それも防ぎたかったんじゃないか」
あれから話を聞いたところ、やはり異種族の魔法知識の質が悪かったのは国の思惑が原因だった。
レプターラの人間には魔導師の才能を持つ者が少ない。そんな中、異種族が魔法に明るくなればそれだけ脅威となりコントロールも難しくなると考えたようだ。
そしてそこには前王の異種族への嫉妬に近い感情もあったんだろうな、とバルドは思う。
「……長く生きられたとしても、その形が歪じゃ憧れの再現になんてならないのにな」
そう前王に言ってやりたいが、彼はこの世にいない。
(でもすでに影も形もないのにアズハルを縛り付けていたのは、ある意味『生きてる』と言えるのかもしれないな)
だとすると、とバルドは目を眇める。
(僕はここで生きていたのに、日本で『生きて』伊織や静夏たちを縛り付けていた)
自分が死んだことで家族に与えた影響を今一度考えると、胸の奥が爛れたような熱くて冷たい気分になった。
きっとそれよりもどろどろとしていたであろう環境の中で育った伊織はどう感じていたのだろう。そして静夏はどんな気持ちで死んだのだろう。
バルドはナスカテスラを見る。
自分の記憶についてはまだ伏せていた。ステラリカたちにも口止めしている。それは王都への連絡により意図せず静夏に伝わることを避けたかったからだ。事情をしっかりと話せばわかってくれる人物だが、とにかくあの時は時間がなかった。
今ならゆっくりと話せるだろうか。
「……なあ、ナスカテスラ。俺ずっと悩んでることがあるんだよ」
「ふむ?」
「迷宮で頭を切られただろ?」
「あぁ、じつにグロテスクだったね! 三回くらい夢に見た!」
「そ、それはごめん」
咳払いしつつバルドは笑みを浮かべた。
「俺の不死性は傷を治す。昔は傷だけ治して記憶は管轄外だった。けどやっぱりその力は成長してて、落盤事故で中途半端だが思い出してたわけだ」
「……! もしかして頭を切られた時に他にも思い出したのか!」
「理解が早くて助かるよ」
はっとするナスカテスラにバルドは頷く。
「僕の前世の名前は織人だ。死ぬ前はまあ……先生をしてた」
「先生? うんうん、たしかに前より落ち着いているようだね!」
「そこで僕は静夏の旦那で、伊織の父親だったんだ。神にどういう意図があったのかわからないけれど、時間はズレたものの一家全員転生したことになる」
「なる、ほ……ど?」
きょとんとしたナスカテスラは数秒かけてバルドの言葉を咀嚼し、思わず「父親!?」と叫びかけたものの、センシティブな話題だと考えたのがバシッ! と音がするほど素早く己の口を押えた。
そして小声になって言う。
「なるほど……それがなやみか」
「それだけじゃなかったけどね、僕のアイデンティティに関する悩みはひとまず解決したから。……あの時伊織がさ、僕を……父親を拒絶したんだ」
それは洗脳のせいだ、とナスカテスラは言ったが、だとしても真実が混ざっている気がしたとバルドは言う。
今まで抑圧されていた想いもあるだろう。どう考えても伊織は普通の子供時代を送れていない。
それが洗脳により発露したのではないかとバルドは考えていた。
「……長い間親らしいことをできなかった父として、ナスカテスラはどうすべきだと思う?」
「ふむ、俺様は子を持ったことはないけれど――」
ステラリカは我が子のように思っている。
もし彼女が同じような状況に置かれたらどうするだろうか、とナスカテスラは考えた。
「そうだね……洗脳による嘘の中に真実が混ざっていると感じるなら、そのイオリの言葉を悪いものだと言い切らない方がいいかもしれないね!」
「伊織の言葉を?」
「洗脳が解けた時に彼が自分の本心と悪を結びつけてしまいやすくなるし、自分を強く責めるかもしれないからさ!」
でも取り返しのつかないような間違ったことをしようとしていたら正そう、とナスカテスラは言う。
「これはね、大人なら皆そうすべきだと俺様は思うから、親らしく出来ていなかったのに今更……なーんて逡巡する必要はないよ! あとは」
君がどうしたいかだ、と。
そう笑ったナスカテスラにバルドは目を瞬かせる。
「僕は……伊織を助けてやりたい。それが独り善がりな善意かもしれなくても」
「うん」
「あれがもし本心だとしても、洗脳なんて歪んだ方法はやっぱり許せない」
「うん、よし、じゃあ決まりだね!」
張りのある声でそう言って、ナスカテスラはバルドの背中をぽんぽんと叩いた。
「親として一緒に居られなかった穴埋めなんてものはね、一瞬で出来ることじゃないんだから少しずつ取り戻していこう! そして伊織を奪還する! 俺様も協力するよ、あの子には笑っていてほしいからね!」
「ナスカテスラ……」
「それに親として拒絶されたからって何だ、君は親としてでなくったってバルドとしてオリトとしてあの子のことを想っていいんだよ!」
親として子のことを考えることそのものは悪いことではない。
しかしそれで考えが雁字搦めになっているなら、少しそれを緩めてもいいんじゃないかな、とナスカテスラは言う。
ナスカテスラは仲間の中でも特に長命だ。
しかし自分と比べればまだ若い。それでも今は彼の方がよほど年上に感じられ、バルドは安堵のようなものを感じた。久しく感じていなかった感覚だ。
身の上と悩みを打ち明けた後、気分転換にとしばらく談笑した際、ナスカテスラは「そういえば」としばらく気になっていたことを切り出した。
「あの青いウサウミウシ! あれってテイムしたわけじゃなくて保護してるってステラから聞いたんだが本当かい?」
「ああ、本当本当。珍しいオタマジャクシの口の中に引っ掛かってたんだ」
「ふーむ、防御超特化な生き物だからここまで流れ着いた可能性もあるけど……もしかして彼らの群れ、この地域のどこかにあるのかもしれないね!」
「ウサウミウシの群れ……?」
それは伊織が自分のウサウミウシのために探していたものだ。
本当に存在するかも怪しいが、ベレリヤから遠く離れた土地にウサウミウシが居たということは可能性のひとつとしてはあるのかもしれない。
「けどそれならベレリヤの方が可能性高そうだけどなぁ……」
「まあ予想は多いに越したことはないよ、うん! それにあの青いの」
「ポチ」
「ポチ。ポチの召喚痕、イオリのウサウミウシと同じものだったよ!」
え、とバルドは目を丸くした。
ということは過去に同じ魔導師から召喚されたことになる。
むしろポチの方が群れからの『はぐれ』かもしれないが、伊織のウサウミウシと共通点を見い出せたのは悪い情報ではない。レプターラを離れる前に少し調査をしてみてもいいかもしれないな、と考えていると屋上への出入り口からステラリカから走って飛び出してきた。
「な、なんだ!? どうした!?」
何か大きな騒動が起こったのだろうか。
ステラリカの尋常ではない様子にバルドは焦ったが、ステラリカがあわあわしながら言った言葉に脱力した。
「ポ、ポチがキッチンで食料を食い荒らしてて! やめてくれないんで手伝ってくれませんか!?」
「……」
「……」
ナスカテスラはにっこりと笑う。
「性格も揺るぎない共通点のひとつみたいだね!」





