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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第二章

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第52話 橋渡しの石

 草陰に座ったままサルサムはぽかんとしていた。

 まったくどういうことかわからないが、どうやら自分の雇い主は負けてしまったらしい。

 仕事としては前払いだったため構わないのだが、これからどうすべきだろうか。

 少なくともヨルシャミたちはニルヴァーレにくっついてきた自分たちを敵として認識しているだろう。離脱する前の一瞬しか顔を合せなかったが、覚えていれば確実だ。ならば近づかないほうがいい。


「バルド、とりあえずここから離れるぞ。……おい?」


 問い掛けてみるも、バルドは返事もせずにじっと外の様子を窺っていた。

 かと思えば唐突に口を開く。

「なあサルサム、雇い主がいなくなったっつーことはこれから何しようが俺の自由だよな?」

「……なんだよその背筋が寒くなるような質問は」

 嫌な予感がしたサルサムは口元を引き攣らせたが、バルドは案の定碌でもないことを口にした。


「これやっぱ一目惚れだと思うんだよ。だから俺、あいつらについてくわ!」

「お、お前、なぁ……! とりあえず落ち着いて考えてみろ、一瞬とはいえ顔を見られてるんだぞ? あいつらからしたら俺たちは敵みたいなもんだ、あのニルヴァーレが負けたっていうのに俺たちに分があるはずないだろうが」

「なら隠れてついてく」

「堂々とストーカー宣言か……! お前は本当に自由だな!」


 眉間を押さえたサルサムはあの日の夜にニルヴァーレから言われた言葉をふと思い出した。

 本当に自由か、と問われたあの時のことを。

 バルドは自由だ。記憶はなくとも自分から見れば今は自由に見える。なのに自分はちっとも変わらない。

「……」

 しばらく考えたサルサムはバルドが草陰から出ていってしまう前に口を開いた。

「……なら俺もついてく。他にすることもないし、各地を転々としながら新しい仕事を探すのもいい。あとお前をほっとくと碌なことにならなさそうだしな」

 目をぱちくりとさせたバルドは「お前が?」と指さし、頷くサルサムを見て更に目を瞬かせる。


「俺は独り身だし不便はねぇけど……お前、いいのかよ。家族がいるんだろ?」

「兄弟ももう全員成人した。貧しい村だしずっと父親代わりだった俺の自己満足だよ、まあ報告がてら今回の報酬を届けには行くけどな」


 まだ転移魔石の使用可能な回数も残っている。温存しながらになるが頼ることができるだろう。

 転移魔石——魔法の発動でヨルシャミに感づかれる可能性を加味して使用しなかったが、ニルヴァーレの荷物に含まれていた。恐らくヨルシャミ確保後にサルサムたちに運ばせるために用意していたのだろう。

 今回のヨルシャミ捜索で思っていたより時間も食った。追加の報酬として頂いても問題ないだろう、ということにしておく。

 サルサムがそんな選択をすると思っていなかったのか、今度はバルドがぽかんとした顔をしていた。


「なんだよ、俺だってたまには……」

「家族って兄弟のことだったんだなぁ……! 俺ァてっきり可愛い嫁さんと子供かと」

「お前と同じ独り身だよ悪かったな!」


 極力小声でそう叫びながら、サルサムはバルドの頭を小気味いい音をさせてはたいた。

 あの時あんな表情をしていたかと思えばやはりいつも通りのバルドだ。

 しかし――あの聖女を見る表情。その表情に見覚えがあったが、そうだ。あれは幼い頃に自分の父親が故郷を見ていた時と同じ表情だった。

 そんなものを見ている時と同じ顔をしてしまうくらい、聖女に惚れてしまったということだろうか。

 サルサムはそういった類のものにはてんで縁がないが、母親に「もし心から好きな人ができたら大切にしなさい」と言われた記憶はある。今の場合は自分の好きな相手ではないが、気持ちは大切にすべきだと思っていた。

 ならバルドを止める気にはなれない。


 これが今の自分にできる精一杯の『自由』だ。

 そう自覚して、サルサムはバルドと共に草陰からゆっくりと移動した。


     ***


 ヨルシャミはつい先ほどまで人間だった石を眺める。


 その顔を窺い見ながら伊織はどう声をかけるべきか迷っていた。

 想像以上に古い知り合いだったということは今際の際の会話で察している。

 敵対していたとはいえ、そんな人物が石になって――死んでしまって、やはり色々と思うところがあるのだろうか。

 よし、ここはいつも通り声をかけよう。軽食の準備もしている最中だったし、改めてそれに誘うのもいい。そう思い手を伸ばしかけたところで「おお!」とヨルシャミが声を上げて伊織は仰天した。


「風属性かと思ったら世にも珍しい補助系の魔石ではないか!」

「ほ、ほじょけいの、ませき?」

「人間が魔石化するなど聞いたこともないからな、しばし探っていたのだ。これは魔力に関係するもの全般を補助するものだ。属性の橋渡しもする故、私も所有しているだけで多少の無理が利く」


 なるほど、見れば大分疲弊していたヨルシャミの顔色が仄かに良くなっている。

 回復魔法も先ほどまでは焼け石に水、回復量より回復魔法をかけるために使った魔力と負荷のほうが強いという有様だったのだが、ようやく回復量のほうが上回るようになったらしい。

「まあまだ過度の無理をすれば倒れてしまうだろうが、これは良い品だ。あいつもたまには役に立つものだな!」

「げ、元気そうで何よりだよ……」

「む? なんだ、落ち込んでいるとでも思ったか? ……あれはニルヴァーレが自ら望んだことだ。自分の意思で選択したのならば私はそれを否定しない。こんな奇天烈な魔法をどうやって編み出したのか訊けなかったのは惜しいが」

 そうだ、とリータがおずおずと声をかける。


「ヨルシャミさん、あの人最後に元の体を保管してあるって言ってましたけれど……探しに行きます?」


 果たして一度切り離された脳を元に戻せるのか疑問は尽きないが、完全に無理だとは言い切れない。それにこのままナレッジメカニクスで悪用されるよりは手元にあったほうがいいだろう。

「……ニルヴァーレは「僕が」と言っていた。つまり奴の管理していた場所か住処にあるのだろう。しかし」

 ヨルシャミはほんの少し複雑そうな顔で言った。

「今はやめておこう。場所も正確にわからぬものを探すのは時間のロスが多い」

 そのままニルヴァーレの魔石に視線をやりながら傾ける。


「補助ができて私の限界ラインも引き上げられた。今はこれでいい」

「ヨルシャミがいいのならこのまま旅を続けよう」


 ただ、もし探したくなったら遠慮なく言ってほしい。

 そう静夏が伝えると、ヨルシャミは緩く笑って「その時は頼もう」と頷いた。



 伊織が上書きテイムしたワイバーンは傷が深かったため、治療のために一度送還することになった。

 ヨルシャミが改めて回復魔法をかければいいのだが、いくら補助がついて負荷が軽減されたとはいえ未だに回復途中の身で巨体に回復魔法をかけるのは危険だと判断したためだ。

 しかしテイムによる縁はできた。伊織が召喚術を覚えれば再び同じワイバーンに会えるという。

 かなり先になっちゃうかもなぁ、と伊織は元々料理の準備をしていた場所まで歩く。


 そして言葉を失った。


 あの時、ヨルシャミたちの元に駆けつけた時。

 自分はウサウミウシを置いてここから離れた。もちろん静夏やミュゲイラも。

 ただ一匹、この場に取り残されたウサウミウシは――待ちくたびれていた。そして腹も減っていた。


「……お、おおう」

 一同は思わず声を漏らす。

 食材がウサウミウシによりはちゃめちゃに食い荒らされていた。

 こういう光景をペットを飼っている人のSNSで見たことある、と伊織は心の中で感想を漏らす。

 予想外の敵がここにもいたわけだ。さてどう処理をしよう、と唸っていると静夏がはっきりとした口調で言った。


「――はちゃめちゃだな」


 まったくもって、何の嘘偽りもなくその通りだった。

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