第523話 ステラリカに歩み寄る 【★】
ナスカテスラはわけのわからないことばかりだなと歯を食いしばった。
突然穏やかではない音が王宮から聞こえてきたと思えば、凄まじい爆発音がパーティー会場付近まで移動してきたのである。
ベンジャミルタの組織が行なっているのとは違う騒動だ。
自分のいる位置からは何が起こっているのかわからないが、もし作戦外のことなら見つかるわけにはいかない。なるべく目立たないようにと再びメイドの姿になって様子を窺う。
(さて、パーティー会場の方を確認しに行くべきか、それともアズハルに接触しているであろうベンジャミルタと合流するべきか……)
想定外のことが起こっているならベンジャミルタと合流し指示を仰ぐべきかもしれない。どんな形であれ彼はこの作戦をコントロールする立場のヒトだ。
そう考えていると異質な魔力の流れを感じた。
建物を囲む壁に阻まれて視認は出来ないが、何かおかしなオーラも見える。轟音に気をとられていたがさっきからあったものだろう。
(なんだ、この妙に整っているのに歪に思えるオーラは……?)
動揺していると先ほどとは比にならない轟音が響き、ナスカテスラたちが潜む建物の二階にも何かがぶつかって爆発した。
アズハルたちの居る部屋からは離れているが相当危険であることに変わりはない。
「ベンジャミルタならアズハルを連れて脱出できるだろうが――あっ」
ナスカテスラは口を半開きにする。
そういえば自分が拘束したリズクという付き人を空き部屋に放り込んだままだ。他に誰か居たとしても自力で逃げられる可能性があるが、彼はがっつり拘束したので放っておくわけにはいかない。
軽率なことをしちゃったなと自省しながらナスカテスラは彼のいる部屋へと向かう。その間にも轟音が立て続けに聞こえ、何度も足を止めてバランスを取るはめになった。
ようやく辿り着いた部屋のドアを引く。幸いまだ歪まずに素直に開いてくれた。
「ごめんごめん! 怖かったろう、君が死ぬのはさすがに困るから助けにきたよ!」
「んぐー! ごぼっ……」
「ほらほら、怒ると溺れてしまうぞ」
ナスカテスラは口元の水に阻まれ喋れないリズクを抱え上げ、素早く部屋を出る。
そこへ飛んできた黒い球にぎょっとし、水の障壁を作り出すと軌道を逸らせた。地面に当たった黒い球は爆発し弾け飛ぶ。
「っ……これは闇と火の魔法を合わせたもの? こんな器用なことを出来る魔導師が王宮にいるのか?」
冷や汗を垂らしつつナスカテスラはベンジャミルタのオーラを目印に合流しようと走り出す。
そうして目を凝らしていたからか、はたまたパーティー会場の人々が避難し見えるオーラが減ったせいか。初めて視界の端に明確に引っ掛かった「それ」に思わず動きが止まる。
目を見開いてそちらを見ると壁があった。
もっとその向こうだ。
「――ステラ?」
何百年も目にしてきた姪のオーラである。それがやや遠くを移動している。
なぜこんな場所に、という気持ちとやっと見つけたという気持ちが同時に湧いたナスカテスラは走りそうになったり踏み止まったりとおかしな挙動を繰り返した。
(恐らく表に変なのがいる。つまり危険度がここより高い。この人間を抱えたまま向かうのは危ういし、ベンジャミルタにも一言伝えるなりしていった方が良いのは明白だ、が……)
ナスカテスラは唇を噛む。
「……俺様はこのためにここまで来たんだぞ」
そしてリズクを地面に降ろすと拘束を解き、口元の水も消し去った。きょとんとするリズクにナスカテスラはメイドの女性の姿のまま凄んで言う。
「用が出来た。ここは危険地帯だが君だけでどうにかして逃げてほしい。アズハルの元に行くのも良いが恐らく我々のリーダーが居るからそのつもりでね」
「な、なん……」
「念のため一時間継続する回復魔法をかけといてあげるよ、ごめんね」
「回復魔法を一時間も!?」
他にも言いたかったことがあっただろうに、そちらの驚愕が勝ったのかリズクが思わず叫んだ。回復魔法は扱いが難しい上に、どうやらレプターラには水属性を得意とする魔導師が少ないようだ。それ故にここまで高度な回復魔法の使い手を見たことがないのだろう。
そんな水魔法で姿まで偽っていることを知ったらどんな顔をするんだろうな、と思いながらナスカテスラは彼の背中を押すと自力で逃げてもらった。これで自分の情報がいくつか漏れてしまうかもしれないが致し方ない。
「……ここで行かなきゃ姉さんに蹴り飛ばされるかもしれないからね!」
***
黒い球の爆撃から逃れているうちにステラリカたちは離れ離れになっていた。
メリーシャ、ミドラは同じ方向に逃げたのを見たのが最後だ。
ステラリカは腕の中の赤ん坊をぎゅっと抱いて森の中を走り続ける。森といっても『王の住む場所は豊かである』というアピールのためだけに植林されたもので、気候のせいか随分と痩せた森だった。
激しい呼吸で乾いた空気を何度も吸ったせいか喉が痛い。
赤ん坊も泣いており、生まれてすぐなのにごめんねと頭を優しく撫でるが効果は薄い。
(逃げるにしてもどっちに行けば……っ、!?)
先ほどまでとはまた違った地響きがした。足を止めたステラリカは素早く周囲を見る。その真上を何か大きいものがジャンプして乗り越えていった。
ぽかんとしてそれを見ていると着地した何かの――ぱっと見た限り巨大な白猫の背中に居た何者かがこちらに気がつく。
「じいちゃん、あれもそうじゃない!?」
「ああ……そうだな。主目的ではないがあれも放っておくには危険か。特にベルクエルフなら回復が厄介だ」
子供の声と男性の声。
その片方に聞き覚えがあり、ステラリカは何度か目を瞬かせつつそろりと赤ん坊を包む布を巻き直して自分の体に固定した。何かがおかしい。巨大なネコも異質だ。いつでもここから全速力で逃げられるように準備しておく。
すると子供が明るい声で言った。
「キメラもいっぱい居るし、僕がやるよ。じいちゃんは王様? のところに行って」
「だが」
「ふふん、僕は学んだからね! 無茶はしないし危なくなったらじいちゃんの方に逃げるよ!」
「――ならば倒すことを考えず足止めと監視で構わない。頼んだ」
やった、頼まれた! と子供が弾んだ声で喜び、そのままネコの背中から飛び降りる。
着地の際に足下に風魔法を使って衝撃を緩和する様子は魔導師のようだ。
子供――少年は白衣の裾を揺らしながらステラリカに近づく。その顔は十数ヵ月前に見た時よりも少し成長していた。
「……イオリ、さん……」
呟いた名前に反応し、子供は――藤石伊織は笑う。
しかしそれは優しげな笑みではなく、どこか好戦的な笑みだった。
バルドとステラリカ(絵:縁代まと)
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