第520話 人間らしからぬ 【★】
まさに業火だ。
空気の代わりに吸い込んだ炎と熱気に喉と肺を焼かれ、直後に凄まじい勢いで後方に吹き飛ばされたバルドは何度か地面をバウンドしてようやく止まった。
灼熱の痛みはすぐに過ぎ去ったが、あまりのことに視界がチカチカと明滅する。
まさかレプターラにここまで強力な魔法を使える者がいたとは。しかも王であるアズハルが、である。
しかしそもそもあれは普通に使った魔法なのか。疑問が折り重なり、思わず思考を捏ね回しそうになったところでバルドはハッとして周囲を見た。
「メルカッツェとリオニャは……!?」
どうやらパーティー会場の近くまで吹き飛ばされたらしい。凄まじい威力だ。
所々焦げた草が見え、その先に汗を拭うメルカッツェとけほけほと咳き込むリオニャを見つけて胸を撫で下ろす。
メルカッツェは風の障壁を作り出してどうにか致命傷は防いだらしい。バルドやリオニャの衣服が焼き尽くされていないのも多少は手を回してくれたようだ。
リオニャは汚れてしまったものの怪我はしておらず、この中で一番ダメージがない。
さすがだな、と呟きながらバルドは王宮の方を見遣り――自ら走ってくるアズハルの姿を見つけ、弾かれたように立ち上がるとナイフを構えた。
アズハルは柄だけのシミターを地面に放る。どうやら炎のシミターとしては連続使用可能だが、先ほどのように炎を吐く飛び道具として使うと使い捨てになってしまうらしい。
(あんなマジックアイテムみたいなのがあるのか? ならなぜ戦争で使わない?)
王の護身用にしては大仰すぎる。あれはほぼ兵器だ。
刃から切り替えた時の機構を思い返す。マジックアイテムというよりも、あれは――機械に近いように思えた。
「ッオリトさん! 避けろ!」
喉を焼かれたのか掠れた声でメルカッツェが叫ぶ。
人間とは思えないスピードで走るアズハル。彼との距離はまだあるが、途中で取り出したナタが異様なオーラを放っていた。刃にびっしりと模様が描かれており、アズハルが握り込むなりその模様が光る。
投擲する気か――とバルドが思うや否や、アズハルはナタを真一文字に振った。
その軌跡を追うように氷の棘が宙に何本も作り出され、バルドたちに向かって一斉に飛ぶ。
「ど、どういう武器だよ!」
バルドは転がるようにそれを避けた。パーティーの客や要人はすでに避難済みのため人にぶつかるということはなかったが、壊されたテーブルやテントが周囲に四散し足場が悪くなる。
そうしている間に距離を詰めたアズハルはマントの中に手を突っ込む。
バルドたちが吹き飛ばされている間にいくつかの武器を持ってきたらしい。きっと初めの時と同じように悠々と、何の危機感もない様子で取りに行ったのだろう。
次は何を出す気だ、と思っていると、アズハルが取り出したのは鉄色のバズーカだった。
「……は!? なんで!?」
「あれも飛び道具……だよ、な?」
混乱するバルドをよそにバズーカを見たことがないメルカッツェは訝しみながら確認している。ナタから魔法が飛び出たのだ、メルカッツェはもはや何があっても驚かないといった面持ちだがバルドは近代兵器がこの場にあるということに強い違和感を覚えていた。
この違和感には覚えがある。
「……いや、まさかこんな所にも」
呆然と呟くバルドの視界でアズハルはバズーカを担ぎ、対戦車であるはずのそれをバルドたちに向けて放った。
今度は魔法ではなく、まさにバズーカの弾である。
メルカッツェたちには「こういう魔法だ」というように見えたかもしれない。着弾すれば炎の魔法のように思われただろう。
そこでリオニャが飛び出したのも、あれが何なのか知らないからこそ無謀な対処をしようとしているのではないか、という不安をバルドに与えた。しかし説明している時間はない。
ここは自分が盾になる、とバルドも追うように走り出したところで――リオニャが弾を蹴り上げた。
あまりにも凄まじい勢いに、弾はその場で爆発する前に空中へと跳び上がり、そして青空で赤々と爆ぜ散る。いやドラゴニュート怖いな、ついさっき子供を産んだばかりの子だぞ、と思ったところで納得する。
だからこそ、だ。
この近くにはステラリカたちが――リオニャの子供が隠れる建物がある。
混乱に乗じて逃げてもよかっただろうが、見つかれば犯人として注目され袋叩きにされる可能性もある。ステラリカたちは恐らくまだ潜伏しているだろう。
「……オリトさん、恐らくコイツが『本物』だ。予定変更、今ここで計画を進める」
「ああ」
「誰の仕業かはわからねぇが警備兵が戻ってくる前に仕留めるぞ。リオニャ! いけるな!」
「はい!」
迷いのない声で頷いたリオニャは拳に力を込めるとアズハルを睨みつけた。
アズハルは再びバズーカを担ぐ。普通の人間が軽々と担げるものではないはずだが、走りながらという不安定な姿勢でも気にすることなく発射してくる。
メルカッツェは風を足に纏わせ高速で移動し、アズハルの脇に抜けると剣を抜いて斬りつけた。
マントは防刃加工がされているのか上手く切れなかったが、メルカッツェが返す刃を風で後押しして切り上げると繊維が千切れる。それでも実に丈夫だ。
丈夫なら逆に利用しよう、とリオニャがマントを掴もうとしたところで――アズハルはリオニャの手首を掴んで放り投げた。片手でバズーカを持った状態で、だ。
そのまま死角から斬りかかったはずのメルカッツェを躱し、逆に彼の死角から回し蹴りを繰り出す。
「さすがに人間離れしすぎてないか! アズハル、お前人間のフリした異種族か!?」
「異種族ではない」
アズハルは表情を動かさずにそう言うとバルドに向かって次弾を発射した。
バルドはそれを横に跳び避けたものの、背後に着弾し爆風に吹き飛ばされる。
口を開けて衝撃を逃がしたが鼓膜が破れたのか激しいノイズが走り、修復されている間にアズハルが何か言っているのが見えた。
声は聞き取れないが――「それはお前ではないか」と言っているとわかる。
きっと鼓膜以外も酷い状態だったというのに、瞬く間に回復しているのを見たのだろう。
(そんなの俺だってそう思うよ)
自嘲気味に笑い、バルドはナイフを投げる。
アズハルは当たり前のようにそれを弾いたが、あれは視界を遮るための囮だ。
筋肉を酷使し一気に距離を詰めたバルドはアズハルの太腿目掛けて新たなナイフを突き出した。
ナイフは深々と太腿に刺さったが――アズハルは眉一つ動かさない。それどころか刺さったままバルドを蹴り飛ばす。
「お前も、リオニャも、あの南ドライアドの男も」
アズハルはバズーカから手を離し、今度はブレスレットの宝石を決まった順番で押し込んだ。
「この程度では死んでいないだろう。だがこれならどうだ」
「なっ……」
ブレスレットに魔法陣が浮かび上がり、一瞬でアズハルの手首が壊死したような色になる。まるで生命力を吸い上げられたかのようだ。
代わりにブレスレットから黒い玉が十数個生み出され、周囲に漂っていたそれが一斉に四方に飛んで爆発する。アズハル本人にもデメリットがあるようだが、そのせいか威力はバズーカの比ではない。
閃光に目が潰されそうになる中、バルドは仲間のいる建物が爆発に巻き込まれ崩れるのを見て声を出したが、その声も爆音に掻き消され自分の耳にすら届かなかった。
***
その一報を受けるなりオルバートは緩く首を傾けて考え込んだ。
「反乱により多数の騒動有り……か。放っておいてもいいけどあそこはアレがあるからな……」
「アレ?」
「今進めているプロジェクトに必要なものだよ」
不思議そうな伊織にそう答え、オルバートはイスを軋ませて立ち上がる。
折角伊織にパソコンの使い方を教えていたのだが致し方ない。本来なら放っておいてもいいが、先日も協力者が減ったばかりだ。手を打てるなら打っておこう、とオルバートは数人の顔を思い浮かべた。
「僕はちょっと機材の調整でここから離れられないから……よし、ヘルベールに向かってもらおう。ただ」
「……何か変なの?」
「ああ、これだけの危機なら本人から連絡が来そうなものなんだけれど」
一報は連絡係として常駐させている非戦闘員の部下から送られてきたものだった。
「ナレッジメカニクスにはね、協力者が何人も居るんだ。僕らは技術を提供し、彼らは僕らの望むものを都度都度提供する。持ちつ持たれつだろう? 今回のもその一人なんだが、本人から何も連絡がないのが不可思議だ」
「よくわからないけど、ええと、攻めてきてる敵? に拘束されてるとか……」
「ははは」
オルバートは音を三つ発したような声で笑う。伊織に対しての笑いとしては珍しいものだった。
「あれがそう簡単に拘束されるものか」
そう言い放ち、ぽかんとする伊織に気がついてにっこりと笑って付け加える。
「少なくとも連絡――救援信号を発する間くらいあるはずだよ、ワンタッチで送れるようにしておいたしね」
「そう、なんだ……うーん、なんかキナくさいのはわかった」
「だろう。さあ伊織、僕はこれから指示を出してくるから、すまないがシァシァにでも魔法を教わりに……」
「そんなところにじいちゃん一人で行ってもらうの、ちょっと心配かも。ねえねえ、僕も行っていい?」
伊織の申し出にオルバートはきょとりとした。
そのまま数秒思案し、ゆっくりと頷く。
「魔力も安定してきたし……実践訓練もしておくべきか、この間はぶっつけ本番だったからね」
「……! やった、じゃあ準備してくる!」
ばたばたと足音をさせて廊下に出て行く伊織を見送り、オルバートは機械のファンの音だけが残された部屋で呟いた。
「あの子の力は大きいからまた失敗してしまうだろうな……けれどその分成功体験を得た時に大きく伸びるはず」
失敗の理由までは予想しきれないが、どうにもまたヘマを踏む気がするのは伊織の魔力が不安定故か、それとも父親の勘か。そこまで考えてオルバートは頬を掻く。
『ごっこ』の勘でも働くものなのかな、と。
今度は声には出さず、心の中で呟いた。
バルド(絵:縁代まと)
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