第511話 ドラゴニュートの困りごと 【★】
――数ヶ月後。
しばらくの間、各所のアズハルの視察を追ってわかったことがある。
『緑の目のアズハル』は少なくとも三人おり、かなりそっくりだが若干の差異が見られた。
全員人間であり一人の人物を参考に似せられていることは伝わってきたが、リオニャの記憶が確かなら本物のアズハルはそのモデルとは程遠い。
現在表舞台に出ているのはこの三名もしくは未確認の『緑の目のアズハル』を含む複数名で、それぞれ大まかに担当区域が決められているためか差異に気づく者はほとんどいない様子だった。
加えて多数の聞き込みから『緑の目のアズハル』は少なくとも二十五年前から現れており、そこから順当に加齢しているという。
それ以前はアズハルの容姿に関する情報はなかった。王族は成人するまで人前に出ないしきたりがあるらしい。王宮関係者なら詳しい情報を持っている可能性はあったが、ルーストの立場上そこへの聞き込みはなかなか難しいことだった。
「しかし二十五年前といやぁ……先代王が病に臥せった時期か」
「病に?」
記憶を掘り返すメルカッツェにバルドが問う。
バルドが以前レプターラを訪れた頃はまだ現役か、恐らく先々代が統治していた。その後のことはやはりメルカッツェやシャリエトたちの方が詳しい。
「ああ、それを機にアズハルが王になったんだよ。……その際に顔を出す式典もあったが、もしその頃から影武者を立てていたとしたら出席していたのも本物じゃねぇかもな」
少なくとも二十五年前から現れている、の元となった証言がまさにその式典だった。
影武者との差異は意図したものなのか否か、もっと他に理由があるのか否か、依然としてわからないままだった。
だが一つ見極めるのに適した情報が入ってきた。
きたる101月に外交パーティーがあり、そこにアズハルも出席するというのである。
初めは信憑性を疑った。
なにせ王宮関係者の情報ではなく街の住民たちからの情報だったのだ。
情報源を辿るとそれは商人で、他国とも取り引きのある人物でありデマの流布をするようなタイプではなかった。なんでもその他国では正式に発表されており、それによりパーティーに必要な物資の発注、記念品の注文などが入り商人たちも大仕事に張り切っているのだという。
その国は大きさはそこそこだがレプターラより豊かな国であり、小競り合いをしている国とも関係はない。
恐らく最近レプターラ内で見つかった巨大鉱山に関して何らかの取り引きをするための足掛かりではないか、というのがもっぱらの噂だった。
兎にも角にもこのパーティーを監視しない手はない。警備は厳重だろうが監視だけなら成功する可能性はある。
――ただし、問題があった。
「あの……リオニャさん、痛み止め持ってきました」
「私も協力して作ったのでこないだのよりは効くと思います……!」
「うぅ~……ありがとうございます、シャリエトさん、ステラリカさん」
横になったリオニャが唸りながらも礼を言い、付き添っていたミドラが受け取った薬を飲んだ。
ドラゴニュートはハーフでも丈夫である。リオニャは悪阻すらなかった。
リオニャの子もクォーターであれ同じ特性があり、そのおかげで激しく動き回ってもリスクが少ない。ただそれだけドラゴニュートに近いと問題もあるのだという。
「えっとですね~……ドラゴニュートは角と羽と、人によっては尾があるんですよ。血が薄まるほどその特徴が減っていくんです。わたしは短い角のみだったからいけると思ったんですが……いててっ」
情けない顔をしながらリオニャは呻く。
「……この感じだとうちの子、羽ありますね~……」
「そ、それが中で当たって痛いんですね」
「そういうことです。……純血のドラゴニュートの出産なんて血みどろすぎるから最近じゃさっさとお腹の方を切って取り出すパターンが多いみたいですね、わたしの母の居た里ではそうじゃなかったみたいですけどォ……」
想像したのかステラリカは無意識に自分の腹を撫でた。
耳の長いエルフ種も出産がスムーズにいかないことがあるが、腹の中にいる頃から硬い角や羽が生えるタイプの種族の苦労は相当なものだろう。
それでも生命に問題がないのはドラゴニュートの生命力の強さ故。
リオニャもしばらく前は「痛みを散らしておけば問題ありませんよ!」と言っていたが、痛み止めが切れるとこうなってしまう。
――これは出産まで続くことであり、その予定月が101月なのだ。
アズハルに関して見聞きするならリオニャが居た方が良いが、さすがに臨月は如何なものか。しかもこの状態だぞ、というのがここしばらくのメルカッツェたちの悩みである。
「……おじさんの回復魔法なら麻酔作用もあるのにな」
この場に居ないことが悔やまれる。
そうステラリカが視線を下げると、隣にいたシャリエトが問い掛けた。
「そういえばステラリカさんの叔父って宮廷魔導師……治療師だったんですよね。麻酔効果の高い回復魔法って珍しいな……いつかは会ってみたいものです」
「ふふ、ベレリヤに帰れたら是非。きっとおじさんもお礼を言いたがると思うので……えっと、それは?」
シャリエトは五粒ほどの薬を持ち、水もなしにひょいと飲み込む。
じつに慣れた手つきだった。
「ボク専用の胃腸薬です。さっきついでに作ったんで飲んでおこうかと思って」
「ああ……」
環境の変化に弱いシャリエト。
こうして普通に慣れたように見えるがダメージは蓄積している。
まあこの後まだ三種ほど飲むことになりますけどね、と笑うシャリエトにステラリカは拳を握って言った。
「お、おじさんと再会したら少なくとも胃腸の不調は治してもらえるよう頼みますね!」
「……? は、はい、宜しくお願いします」
胃に大きな穴が開く前に、とステラリカは心の中で付け足したという。
働きたくないシャリエト(絵:縁代まと)
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