第503話 これからの自分
バルドたちの第一の目標はベンジャミルタを見つけること。
その過程でレプターラの各所へ赴くことになるため、引き続き行く先々にあるルーストの支部でメルカッツェは組織の今後の方針について説明し時には説得して回った。
説得に応えてくれる者が大半だったが、中にはルーストを抜ける者も居た。そういった者にも出来る限り支援を続けていくという。
夜、テントの外に出たメルカッツェは安物の煙草を吹かしながら言った。
「リオニャはたまに申し訳なさそうにしてるがよ、こういうことはオレに任せとけって言ってあるんだ。あいつはオレたちを利用しているも同然だが、それを言うならオレらもあいつを利用してるからな」
「……弑逆行為のシンボルとしてかい」
普段は吸わないものの、メルカッツェから煙草を一本差し出されたバルドはそれを咥えて火を移させてもらう。
メルカッツェは頷いた。
「あァ、リオニャには『異種族が王になる』という象徴としてオレたちの上に居てもらわなきゃならない。それを子供がいるって聞いても却下しなかったのはオレの判断だ。理由はわかるか」
その方が効果があるから、である。
元からリオニャは妾腹の半分人間、半分異種族の女が生き延びた末に父たる王を切り伏せ新たな王になる、というヒロイックな物語性を持っていた。人はそういったものに弱い。有象無象の人々を相手にするなら利用しない選択肢はないのだ。
そこに『腹に子を宿した状態でやり遂げた』という要素が入ると効果は増し、更にはそういう状態でもやらねばならないほど異種族は追い詰められていたのだ、というアピールにもなる。予想と齟齬は出るだろうがメルカッツェにはその調整を試みる気があった。
「出産を待っても良いって言ったけどよ……リオニャ本人がやりたいって伝えてきた時にいの一番に感じたのは要素のメリットに対する利用価値だったんだ。オレぁそういう奴になっちまった」
メルカッツェは白い煙を吐く。
煙は濃い闇の中へと溶け込んで見えなくなった。
バルドが彼に会った頃はベンジャミルタに振り回される青年といった様子で、自由奔放な師匠の世話を焼く舎弟といった雰囲気だった。今でもそれは変わらないように思えるが、様々な体験をし変わってしまった部分も多いのだろう。
バルドは咥えた煙草を摘まむ。
「それでもリオニャを気遣えたのは君が君だからだよ、メルカッツェ」
「そうかねェ……」
「それに何一つ変わらない奴なんて一人もいないさ。変わった部分なら僕も多い。そして」
バルドは顔をメルカッツェに向けて背中を軽く叩いた。
「……きっとこれからも変わってく。今の自分が嫌なものでも、これからの自分はわからないだろう?」
「なんか……ははは! 自分より年上にそうやって優しくされたのが久しぶりすぎてむず痒いな!」
メルカッツェは煙と共に笑い声を発し、眉を下げて口角を上げる。
「あんがとよ、オリトさん。さあて、もうひと頑張りするか!」
「次は地下洞窟だったか、しかし探す当ても少なくなってきたな……」
「だがまだ全部じゃねぇ。出来ることなら師匠にゃリオニャが子供を産む前に合流してほしいからな、ちゃきちゃき探すぞ」
これは計画に関係なくベンジャミルタに子供が生まれる前に会わせてやりたいという気遣いだ。
やっぱり変わった部分があったとしても根っ子は昔のままだな、とバルドは空を見上げる。
自分が吐いた白い煙は月に吸い込まれるように立ち昇り、しばらく消えることはなかった。
***
「なんか……なんか延々とチクチクしてる……」
右肩をさすりながら伊織はばたばたと足を動かす。
あれから時間をかけて進められた刺青を入れる準備。それが完了した翌日に伊織はシェミリザにより右肩から二の腕にかけて黒い刺青を入れた。波のようにも炎のようにも見えるそれは肩のケロイドを渡り、二の腕にくるりと巻き付いているように見える。
ケロイドを避けて左に入れてもよかったのだが、シェミリザによると伊織はこちら側の方が刺青と相性が良かったという。
伊織の経過観察をしていたオルバートは刺青の様子を確認しながら言う。
「麻酔が切れてしまったからね、しばらく我慢しておくれ」
「うん、けど寝れるかなぁこれ……」
「どうだろう、しかし麻酔も乱用は出来ないからね。鎮痛作用の強い回復魔法を使えるひとが居ればよかったんだけれど……」
ワタシのは癒すだけだからネー、とイスに座ったシァシァが言った。
「はは、予想では幹部の中で一番強い回復魔法を使えるのにあれだ。まあそもそも伊織に回復魔法は効きにくいから使えても効果は微々たるものだったろうが」
「そうか、かなり強い回復魔法じゃないとだめかぁ。ヨルシャミやナスカテスラさん、と……か、かな……? あ、れ?」
「ああ、戦闘中に間違ってかけられたことが『あった』ね」
「――そうそれ!」
辻褄合わせの補助に乗った伊織は満面の笑みを浮かべる。
そして頭の中で繋ぎ合わされた偽りの記憶を口に出した。
「ヨルシャミは僕と母さんを間違って、ナスカテスラさ……ナスカテスラはおじいちゃんに気を遣ったんだよね」
「……おじいちゃん?」
文脈からヘルベールのことではない。
オルバートは不思議そうにしながら問い返す。洗脳は伊織の記憶をすべて把握できるようなものではないため、知らない情報は得られる時に得ておいた方が良い。切羽詰まった時にそれを活かしてフォローできるかもしれないからだ。
伊織は今度は違和感を感じていない様子で言った。
「アイズザーラおじいちゃんだよ」
「うん?」
「ナスカテスラは宮廷魔導師でしょ、だからさすがに孫の僕には遠慮したんじゃないかな」
オルバートはシァシァと顔を見合わせる。
アイズザーラはベレリヤの王の名前だ。同名もいるだろうが宮廷魔導師であることを引き合いに出したのなら――そういうことなのだろう。
「……そこまで調べられてなかったな。驚いた、聖女は王族の出だったのか」
「えー! 父さん知らなかったの!? 何でも知ってると思った……母さんは第一王女のオリヴィアなんだって、こっちの世界でも良いとこに生まれて運がいいよね」
「ゥわ、療養中って言われてる第一王女か……たしかに言われてみればベレリヤ王と似てるなァ」
シァシァはそう言って口の端を下げた。
伊織にもその面影がある。それでも気がつかなかったのは単純に情報不足だったのだ。
「ああ、それなら伊織とセトラスはとても遠い親戚ということになるのか」
「兄さんと!?」
「彼は王族の親戚だからね。とはいえ田舎の貴族という遠さだし、月日も経っているから血が繋がっていないも同然だけれど」
それでもなんか嬉しいなぁ、と伊織はうきうきして先ほどとは違う理由で足をばたばたと動かした。
しかしぴたりと止まり、
「……ふぁ」
そうあくびをし、発そうとしかけていた言葉を飲み込む。
遅い時間だ。眠れるか心配していた伊織だったが、この様子なら大丈夫かもしれないとオルバートは頭を撫でる。
「さあ、そろそろおやすみ。そして今日はお疲れさま、伊織」
「うん……」
「今夜も一緒に寝るかい?」
「寝たい……けど、経過を見るらしいからシェミリザ姉さんと寝るんだ」
すでにうとうとしている伊織に笑い、オルバートは「じゃあ行っておやり」と伊織を部屋から送り出した。
静かになった部屋の中でオルバートを見たシァシァは短く溜息をつく。
「……王族の人間だったなんて厄介だネ」
「いや、まあ想定外ではあったが予定が狂うほどではないよ。さっき言った通り驚きはしたけれどね」
オルバートはシァシァの向かいに座り、赤紫色の目を細めた。
そして「それに」と静かに口を開く。
「――王族に関わるなんて今更だろう?」





