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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十章

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第500話 貪欲な瞳の子供

 シェミリザは風魔法で加速しながら空中を掻き切るように進んでいた。


 風の激しい音が耳元でする。エルフ種の長い耳だとそれは人間とは比にならないくらいうるさい。

 少しでも抵抗を減らそうと耳を寝かせて飛び、落下を始めた伊織に追いつくなり影のローブに匿うようにしてキャッチする。

 そのまま滑空し、山の中腹に着地したシェミリザは伊織を地面に寝かせた。

 お説教から始めてもいいが、まずは傷の有無の確認からだ。ほとんど無傷ではあるだろうが――と、顔を見たところで伊織が目を潤ませ泣いているのに気がつく。

「ご、ごめんなさい……失敗した……」

「それに関しては後で話すことになるだろうけれど……わたしとしては気にしなくていいと思うわよ」

 言うことを聞かないから、と言ったのと同じ舌で慰めの言葉を口にし、シェミリザは伊織の涙を指で拭った。

 しかし次から次へと湧いてくるそれは頬を伝って耳元に落ちる。

「父さんたちの役に立ちたかったんだ……それだけでよかったのに、つい褒められたいとか思っちゃって、そのくせ失敗してっ……」

「ほらほら、落ち着いて」

「ッ……お、怒られないかな。僕こんな失敗をしちゃったから、父さんたちの邪魔になったんじゃない……?」

「ここにあなたを怒る人はいないわ、イオリ」

 伊織は鼻をすすりながらシェミリザを見た。

 よく覚えていないが、似たようなことをどこかで聞いた気がする。

 そのせいか心がとても落ち着いた。

「それにあなた、失敗して怒られるんじゃないかって怯えているだけじゃないでしょう? 心を揺さぶっている感情は他にもあるんじゃないかしら」

「他にも……?」

 シェミリザの言葉に伊織はしばらく考える。

 考えている間に涙は止まり、ゆっくりと体を起こすと伊織は小さくはっきりと言った。


「――悔しい」


 そう、悔しかったのだ。

 魔法を上手く扱えないことが。

 そのせいで試したいことを全てやりきれなかったことが。

 魔力をもっと安定させて操ることが出来れば結果はもう少し違っていただろう。そう思うと悔しくて堪らなかった。

 シェミリザはにっこりと微笑む。

「イオリ、魔力を安定させる方法は色々あるのよ」

「……っ本当!?」

「ええ。今はあまり見かけないけれど、魔力を多く溜め込める才能を持った者がよく行なっていることがあるの。専用の装飾品は……あなたの魔力量だとすぐ手に入るものじゃ効果は雀の涙かしら。とすると、そうね……わたしのオススメを教えてあげる」

 ただしあなたの感覚からすると少しつらいことかも、とシェミリザは付け加えた。

 伊織は食い気味に言う。

「今まで通り安定させる訓練はもちろん続けるけど……それでも試せることは試しておきたいんだ。教えて!」

「ふふ、向上心があるわね」

 シェミリザはゆっくりと伊織の頭を撫でると、そのまま首から鎖骨、腕へ手を滑らせた。


「膨大な魔力を安定させるために、専用の刺青を入れるの」


 伊織はじっとシェミリザを見る。

 どこかでその方法を聞いた気がする。

(だからかな、物凄く信頼できる方法に感じられる……)

 刺青を入れるのは正直言うと恐ろしいが、試してみたいと伊織は感じた。それにこちらの世界では刺青を入れたからといって行動の選択肢が狭まることもなさそうだ。

 伊織は魔力の安定化に対して貪欲さを覗かせた瞳でシェミリザに言う。


「……うん。やってみたい!」


     ***


 サルサムたちは宿へと引き返しながらリータの簡易的な手当てをし、周囲を警戒しながら部屋へと戻る。


 伊織が追ってくる気配はないが、彼に他にナレッジメカニクスの構成員が同行していた可能性は高い。いくら洗脳済みとはいえ単身で送り出すようなことはしないだろう、というのがサルサムの見解だ。

 部屋に戻った後もカーテンを閉めて息を潜めながら三人は行動した。

「あの子の仲間の有無に関わらずさっさとペグツェから退避した方が良さそうね」

「ああ、だが転移魔石の魔力が今の状態だと王都までもたない」

 転移魔石は移動距離によって消費する魔力量が変わる。

 本来ならさっきのような短い範囲を転々とする程度ならここまで消費しないが、かなり無理やり座標指定したため普段より余計なコストがかかったらしい。無理やりになった原因は風の壁内だと呼吸がしづらく、徐々に酸欠に陥っていたためだ。

 それを聞いたペルシュシュカは「それでもインターバルを置かずに連続使用すれば消費するわよ」と肩を竦めた。


「本来の転移魔法だって連続使用はなかなか出来ないものなのよ、それを簡単に出来る魔石だとしても負荷がかかるポイントではあるんでしょうよ。……ほら、アタシが魔力を補充してる間にあの子の応急手当を手伝ってあげなさいな」

「……ああ、頼んだ」


 道中の手当てはあくまで簡易的なもの。

 リータは部屋に着くなり自分で応急手当の準備を進めていたが、利き腕の肩のため思うように動けないらしい。

 肩を露出させるため背を向けて肌着姿になっているのを見て、サルサムは一瞬躊躇したが――手伝わない選択肢はないと頭を振って声をかけた。

「リータさん、すまないが手伝わせてもらってもいいだろうか」

「サルサムさん……」

「ペルシュシュカが魔石に魔力を充填してくれている。それが済み次第王都に戻ることになった。だから、その……」

「それなら手早く済ませないとですね。ちょっと上手く腕を動かせないので、すみませんがお言葉に甘えてもいいでしょうか?」

 リータは包帯などをテーブルに置く。上着は脱げたがやはり片手では上手くできないようだ。

 サルサムは止血用の布を取ると傷周辺を清めてから代わりの布を当てて包帯で巻いていく。最善の方法ではないが今はこれが精いっぱいだった。

「王都に戻ったら治療師に回復を頼もう」

「……! 大丈夫ですよ、普通の医者にお願いしまし……あ、でもすぐ復帰できる点では治療師の方がいいのか……」

「リータさん」

「はい?」

「効率だけ考えなくていい。つらい時につらさの上塗りはお勧めしない」

 リータは包帯を巻かれながらサルサムを見上げる。

 つらくないですよ。

 こんな時だから多少のことは我慢しないと。

 そう答えようとするも、紫の目にしっかりと見つめられて言葉が出なくなった。

 代わりに視線を落とし、膝の上にのせた自分の上着を見る。今朝と比べて随分と汚れてしまった。


 その原因を作ったのが自分たちが探していた人物のひとり、伊織だ。

 それを思うと心をとんでもなく窮屈な場所に押し込まれたような気分になる。


「……困ったものですよね、覚悟も予想もしていたのに変わってしまったイオリさんを直接見たら、やっぱりちょっと苦しくて……それに」

 リータは自分の指を組む。

「イオリさんのことが前より何倍も心配になってしまいました」

「……」

 その言葉を聞いてサルサムは包帯を留めながら押し黙った。

 山の中でリータの血を、傷を見た瞬間、頭の中を駆け巡った思考はサルサムにとって鮮烈なものだった。


 リータは伊織が好きだ。

 恋焦がれる相手に彼女が傷つけられたことにサルサムは、そう、激高したのである。

 そしてそれだけ冷静になれなくなった自分を瞬時に把握し、否応なしに理解してしまった。


(やはり俺はリータさんのことが好きなのか)


 好きな人が思慕する相手から傷つけられたこと、そんな彼女の心境を想って一瞬のことでも激高したこと。

 己の気持ちを認めざるをえない、そんな心の動きだった。

 しかし自覚により認められたとしても受け入れられるものではない。ああ、じゃあ、と一旦目を伏せる。

(リータさんがもっと良い相手を見つける手伝いをするか、今の生き方を続ける応援をしよう。そのために――真似でもしてみるかな)

 自分の納得できる形で諦められるように模索しながら、失恋を楽しむことを。

 そんなことを考えながらサルサムはリータの背中をごく軽く叩く。

「洗脳を解く方法があるかもしれない。それに……あまり悪い扱いはされていないようだった。一番の最悪の事態にはなってなかったと知れたのは大きな収穫だ」

「そう、ですね……はい」

 少しでもリータの心を軽くするにはどうしたらいいのだろう。

 サルサムがそう考えていると、リータは襲撃時のことを思い返して言った。


「イオリさん、ナレッジメカニクスの人たちと……ええと……海で遊んだり虫捕りをしていたらしくて」

「……海で遊んだり虫捕りをしたり?」

「あと一緒の布団で寝てるらしいです」

「一緒の布団で? 寝てる?」


 サルサムは風に阻まれその話は聞いていない。

 予想の十倍は『悪くない扱い』をされているようだ。というよりも我が子のように大切にされている。何かの駒に使う気だとしても不必要なほど距離が近くないだろうか。自分の幼少期より子供時代をエンジョイしているぞ、とそうぽかんとした顔をしたところで、サルサムの耳にリータの笑い声が届いた。

 今朝も聞いたというのにひどく久しぶりに感じる声だ。

「私も心の中でそういう顔してました……なんなんでしょう、裏はあるのかもしれませんけど気が抜けちゃいますよね」

「あ、ああ」

 ――思わぬところでリータの心を軽くできたらしい。

 サルサムはばつが悪そうな顔をしつつも、頬を掻いて小さく笑みを返した。

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