第492話 海の街 ペグツェ 【★】
勘違いによる爆弾を抱えつつサルサムたちは街での調査を終え、銃という新たな武器も得た。
銃は実戦に用いた経験を積むことが優先事項であるため、時折野生動物を狩る際に使用し、魔獣が出ればそちらでも使おうと考えていたが――ボルワットはベレリヤよりも魔獣出現率が低いのかなかなか遭遇しなかった。国の大きさの差が影響しているのだろうか。
そんなこんなで各地のポイントを転々とし、三人は夏のほとんどをボルワットで過ごした。
サルサムは定期的に転移魔石で報告に帰還していたが、ベレリヤに長期滞在することはなかったため常にボルワットにいたのと大差ない。
まだ伊織が現れるかもしれない期間内ではあるが、もしかしたら知らないうちに行き違っている可能性も大いにあるためリータは気が気でなかった。
――が、ペルシュシュカが追加で占ってみたところ、曖昧ながらまだ訪れていないことだけはわかったので安堵はしたが。
サルサムはサルサムで別の理由で気が気でなかったものの、表面上は比較的落ち着いていた。
その理由はもちろん、
(……リータさんの希望だ。俺は今まで通りでいる。だから気にするな……絶対に気にするな……)
――これである。
ちなみに日に何度も呪文のように自分に言い聞かせているため、もはやルーティンワークと化していた。
言い換えれば一種の強固な自己暗示である。
そのせいで余計に勘違いが強化されていたが、もちろん気づく者は誰もいない。
ペルシュシュカは外野としてこの状況を楽しんでいたが、サルサムが『酔ってリータを襲ってしまったかもしれない』という誤解をしていることまでは把握していなかった。故にサルサムにとっては永続性のある地獄である。
そんな状況の中、サルサムたちはボルワットの最南端に位置するペグツェという街に辿り着いた。
ペグツェは首都ほど大きくはないものの街に面した海とその波が観光客やサーファーに愛されている。それによりボルワット一番の海の街と称される、そんな場所だった。
加えてペグツェに広がる砂浜は砂が白く美しい。
同じような砂浜はいくつかあるが、観光地として整備されていることも相俟ってペグツェの売りのひとつとなっていた。
賑やかな街の中を歩きながらリータはペルシュシュカを見上げる。
「ボルワットで調べるべき場所ってあとはここだけ……ですよね?」
「ええ。ちょっと予想される期間が長いから、期限ぎりぎりまで様子見することになるだろうけれど……そうね……大体十月の中頃までかしら」
「今からだと一ヶ月くらいあるわけですか」
ナレッジメカニクス潜伏の有無を判断する調査に時間を食うものの、それでもひと月は長い。
ペルシュシュカ曰くこの国での遭遇タイミングを逃した場合、また違う国に足を伸ばすことになるという。
「転移魔石があるっていってもまた疲れるわ。だからここで余った時間は見回りついでに観光しましょうよ」
「イオリさんの軌跡を見逃したりとかは……」
「あなたたち、息抜きしてても一定の緊張感はしっかり保ててるじゃない。旅してる子に多い癖だわ」
それがあるからきっと大丈夫、とペルシュシュカは笑った。
サボりたいが故のゴリ押しではない。実際に国の移動となると環境もがらりと変わるためまたしばらく忙しくなり息抜きどころではなくなるからだ。
「もちろん確実にここで伊織に会うっていうんなら話は変わってくるけど……アタシ、まだいまいち今回の予言の精度がわかんないのよねぇ」
「えっと、転生者が関わってくるからですか」
「そ。どの程度アタシの魔法が通用するのか判断基準がないじゃない? だから一発目の国で引き当てられると思ってないのよ。……言っとくけど普段はもっと自信持って予言してるからね」
それでも指針程度に受け取ってほしいけど、と言いながらペルシュシュカは少し惜しそうにした。
「聖女マッシヴ様……静夏にも試しに占術魔法を使ってみれば基準を作れたかもしれないけど、後の祭りよね」
あの頃はペルシュシュカもまだ必要以上の仕事をするつもりがなかった。
もちろん今も『自分は同行しているが傍観者である』という気持ちでいるが、長く接していれば多少の情は湧く。今は出来るならサルサムとリータに協力してあげたいとペルシュシュカ個人として考えていた。
(それにアタシの『最良』として出会ってくれたし、面白いものも見せてくれてるしね。だから――)
推しへの投資。
これに近いわ、とペルシュシュカは心の中で自分に言うと眼下に広がるペグツェを指した。
「何にせよこのボルワット一番の海の街……ひと月間も何も楽しまずに放っておくのは勿体ないでしょ?」
「……ふふ、たしかにそうかもしれませんね」
「よろしい! それじゃ早く宿を取りましょ、そうねぇ……窓から海の見えるところがいいかも。サルサム、あなたは希望とかある?」
「俺だけ個室にしてくれ」
「またそれぇ?」
酒でやらかして以来この調子だ。宿泊代を出し惜しみするつもりはないが、わざわざ別室を取るのは無駄遣いだろうと何度かたしなめてきた。
「部屋代なら俺が出す」
「そういうことじゃなくて……」
「サルサムさん、同じ部屋の方が色々と便利ですよ。今までもそうしてたじゃないですか」
今まで。
つまりいつも通り。
リータのセリフを聞いたサルサムは言葉に詰まり、数秒考え込んだものの最後には「……そうだな、今まで通りでいこう」と折れた。今まで通りの部分をあまりにも強調したためリータは不思議そうに首を傾げたが、理由まではやはりわかろうはずがない。
そうして三人はペグツェの宿で部屋を借りた。
ペルシュシュカの希望通り海が見える居心地のいい部屋。そこを起点に調査に手をつけていく。観光という名のボルワット最後の息抜きをしながら。
――それは、オルバートが数々の資料の中からリータを選び出す数週間前のことだった。
二周年記念集合絵(絵:縁代まと)
(伊織、静夏、ヨルシャミ、リータ、バルド、サルサム、ミュゲイラ、ニルヴァーレ)
※今回の収録イラストは女装要素があります(絵:縁代まと)
※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)
いつもご閲覧、ブクマ、評価などありがとうございます!心のごはんです!
本日12月5日でマッシヴ様は2周年を迎えました。
本編はまだまだ途中ですが、記念イラストを掲載させて頂きます。
これからもどうぞ宜しくお願い致します!





