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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十章

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第489話 深刻な事態

 見えなかったから大丈夫だ。


 そう言って押し通した。

 たしかにワンピースの裾は大きく捲れ上がったが、しかし見えてはならないものが視界に収まることはなかった、と。力強く、真実を語るように。

 そうして取り繕いつつリータの弁当を楽しみ、またしばらく散策し、夕飯に使えそうな山菜を採って宿に戻る。

 程よい疲労感の残る両足をマッサージし、宿のキッチンを借りて作った山菜料理を食べ、そして暗くなってから布団に潜り込む。さあ明日からまた調査と射撃訓練だ。そう気合いを入れつつも最後まで休暇を楽しみ――


 あの瞬間、リータが振り返った一連のあれこれを夢に見たサルサムは飛び起きた。


(思春期か!?)

 自分にそう渾身のツッコミを入れ、冷や汗を流しながら頭を抱える。良くない。じつに良くない。

 リータには見えなかったと懇切丁寧に説いたが、実際のところばっちりどころではない見え方をしていたのだ。加えてサルサムの動体視力も相俟って二秒ほどの間だったというのに情報量が多かった。

 サルサムは脳内にリフレインした光景を頭を振って散らす。

(これはだめだ。忘れろ。リータさんは普段は人と人との距離が近いタイプだが、さすがに見せる予定がなかったものを見られるのは恥ずかしそうだった。なら覚えておくべきじゃない。嘘を真実にしろ)

 自分にそう言い聞かせながら深呼吸する。

 記憶から消してしまえばそれは見なかったも同然。ぎくしゃくする必要もなくなる。ペルシュシュカも見ただろうが、あっちはあっちでどうにかしてみせる、とサルサムは寝起きからそんな思考をぶん回していた。


(そもそも何故こんなに思い出してしまうんだ……俺は思春期少年でも童貞でもないだろ)


 仕事絡みで様々な経験をしてきたため、そう刺激の強い光景ではなかったはず。

 最近の妙なもやもやと重なったせいだろうか。自分で自分がわからない、と内心落ち込みながら身支度したサルサムは後から起きてきたリータとペルシュシュカに軽く挨拶すると宿を後にする。



 おはよう、の挨拶と今日も射撃訓練に赴く旨。

 そんな言葉を交わした際に違和感はなかったが、なんとなくリータの態度がよそよそしい気がした。

 まあ致し方のないことだ。時間が解決してくれるならそれでいい。そうサルサムは一旦思考を打ち切って訓練に打ち込み、しかしミカイルに「これで大体のことは覚えたし調整も終わったな!」とお墨付きを貰って気が抜けたのか、最後の最後に再びあの光景を思い出してしまい内心で「脈絡がない!」と歯を食いしばった。

「あとは実戦で使って覚えていくのがいいな、まずは弱い魔獣退治か野生動物でも相手に――うん? どうしたよ、まだ訓練不足で不安か?」

「あー……いや、そういうわけじゃないんだが」

 サルサムの顔を見て不思議そうにしていたミカイルはコップを用意する。

「なら疲れか? 何か飲んでけよ」

「すまないな。……なあ、その」

「ん?」

 背を向けて準備をしているミカイルにサルサムは問う。


「自分自身の思いもよらぬ面を目の当たりにした時、ミカイルさんはどうしてる?」


 ここにはリータもペルシュシュカもいない。

 そしてミカイルは信頼できるが今後ずっと共にいる相手ではない。

 よって訊ねやすいと感じたサルサムはそんな質問を口にした。普段なら抑えておけるが、今このチャンスを逃すと他人の意見を訊く機会なんてないんじゃないかと感じたのも大きい。

 するとミカイルは当たり前のように答えた。

「そりゃ喜ぶだろうなぁ」

「喜ぶ?」

「オレはよ、自分にないものを見たくて仕方なかったんだ。昔の話だけどな。それはいつしか自分にないものを得たいという欲求に変わっていった。――けどある日気がついたんだ、自分にないと思ってたモンを自分はすでに持ってた。これが「自分自身の思いもよらぬ面」だ」

 ミカイルは厚い胸板を叩く。

「で、その面を大切に育てて伸ばした結果がこれだ」

「ああ――その、かなりイメチェンしたと思っていたが、そういうことだったのか」

「そうだぜ! その発見が良いものか悪いものかはわからねぇが、折角見つけたのに悪い感情で迎えるのは勿体ないだろ?」


 勿体ない。

 その言葉でたった一度の初恋と、その失恋を楽しむリータを思い出した。

 失恋すら取りこぼすことなく、ネガティブではなくポジティブに扱う彼女を。


「……」

 自分が把握していない「不可解な自分」もそう悪いものではなかったりするのだろうか。

 真実はどうであれそう考えておくことで精神的負担が軽くなる気がしたサルサムはそれを軸に思考したが、そこにミカイルがとんでもないことを言った。

「オレは自分にないと思ってた面をスゲェ奴に教えてもらったんだ。自称筋肉の神だぜ? でもたった数年前のことだが、そいつが魔獣ごと岩山を砕いてたのは今でも昨日のことのように思い出せる。お前にもそういう気づきをくれる奴が現れるといいな、サルサム!」

「……筋肉の神? それは聖女マッシヴ様か?」

「聖女マッシヴ様? ――あーぁ! ベレリヤの! いんや、オレが会ったのはボルワットでだ。筋肉の神はここにゃもういないと思うが、あれだろ、聖女マッシヴ様って田舎の村からそこまで遠出しないんだろ?」

 伊織が眠っている間、静夏は徒歩圏内しか出歩かなかったという。とはいえ静夏の「徒歩」なのでなかなかの範囲ではあったが。

 それに、とミカイルは続ける。

「筋肉の神は男だったぜ?」

 そう言いながらミカイルはコップをサルサムに差し出した。

 礼を言いつつサルサムはそれを口に運ぶ。

 逸話を聞く限りただの自称とは思えない。今度静夏に訊ねるチャンスがあれば訊いてみるべきか。


(少なくとも敵性の人物でないなら味方してもらえればかなりの戦力になるはず。今後ナレッジメカニクスとやり合う際にも強みに――、……)


 コップの液体を一気に呷ったサルサムは目を眇めた。

 舌も喉も熱い。

 本来なら口に含む前に匂いで気づくべきだったのだ。しかし思わぬ情報に意識が持っていかれた。その結果だ。

「……これ酒か?」

「あぁ、うちのとっておきだ。訓練完了の祝いにな! あと色々悩んでる時ゃ酒で一旦リセットするに限る!」

「いやオイお前、……」

 こういうものは事前に言え。

 サルサムはそう言いたかったが、直後に何を言おうとしていたか忘れた。酒を飲むといつもこうだ。しかし悪い気はしない。

 ミカイルは目を瞬かせ、そして慌てて言った。

「しまった、ボルワットは酒飲みが多いんでうっかりしてた! そうだよなぁ、弱いヤツもこの世には居るんだよな~……」

 死に直結するほどの人間ならコップ一杯の酒でも深刻な事態になっていただろう。

 ようやくそれに思い至ったミカイルは反省し水を用意しようとしたが、その手をサルサムが止めた。


「俺は強い」

「……?」

「ので、まだ飲める」

「ほお!」


 ミカイルは表情を明るくし、そして店の奥から数本の瓶を持ってくると笑顔で訊ねる。

「そんじゃ好きなのを選んでくれ! なんなら全部でもいいぞ、オレも今日は飲む!」

「ははは! いいぞ大将!」

「なんだ突然陽気だな! いいぞいいぞ!」

 嬉しそうなミカイルは知らない。

 友人の息子の厄介な性質を。――そして、ある意味すでに『深刻な事態』になっていることを。

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