第486話 勝手な自己解決
「ねぇ、なんでパスタにスプーンなの?」
――銃の試し撃ちをした日の翌朝。
宿の一室で朝食をとっていた三人だったが、サルサムがテイクアウト品のミートパスタを前にスプーンしか用意していないのを見てペルシュシュカは訝しみながら言った。
問い掛けられたサルサムは質問の意味を理解するのに数秒かかり、ようやく理解して「形が似てたんだ」とフォークに持ち替える。
その言い訳は無理やりすぎるでしょとペルシュシュカは半眼になった。
「なに、もしかして銃の調整に手こずってる?」
「……! サルサムさん、大丈夫ですよ、弓も初めは全然真っ直ぐ飛ばなかったりするけどトレーニングしたり慣れればそんなことありませんし、銃もきっとそうです……!」
「あ……ああ、そうだな」
質問には明確には答えず、サルサムは頷きつつコーヒーに粉チーズを突っ込んだ。
その日も次の日もサルサムは試射に出たが、扱いに慣れてきたもののいまいちしっくりこない。
ミカイルの調整は上手く、サルサムはサルサムで撃つ際の重心のかけ方や風の影響の計算なども格段に上手くなっている。的にも当たるようになった。
しかし、そう、しっくりこないのだ。
「連日で疲れちまったんじゃないか? 少し休みを挟んでからにしてみたらどうだ」
「だがもう少しで上手くいく気がするんだ、……明日はとりあえずここに来よう。それ以降は考えておく」
リータたちを昼食に誘うという例の件もある。休みを挟むことは良策に思えた。
しかし今の妙な精神状態で上手く誘えるか怪しく、サルサムは答えをぼかして夕暮れまで居座ってからミカイルの店を後にする。
村から宿までは一本道である。
小型の蝙蝠が飛び交う群青とオレンジの混ざった空を見上げながらサルサムは足を進めた。
日が暮れても少し暑く、歩いていると汗ばんでくる。発砲訓練の際も最近は移動しながら撃つ練習をしているため体が温まっていた。
これは帰ってからさっさと着替えた方がいいな、と考えたところで先に宿で待っているであろうリータとペルシュシュカのことが脳裏に過って渋面になる。
なぜこんなに気になるのだろうか。
リータは妹のように感じられ、放っておけない存在である。
何度か相談も受け、サポートし、応援したいと思ってきた。
だがそんな彼女が誰と仲良くなろうが自分には関係ないはず。ミュゲイラのような姉の立場ならいざ知らず、ただ同行している仲間のひとりである自分に口出しする資格はない。
が、自分でもこれだけ条件が揃えば「愛着くらいは湧く」と思ったのも事実だ。
(もし……そうだ、もしイオリ以外に好きな奴が出来れば『楽しみながら自分の納得する形で失恋する』なんていうぶっ飛んだ目的にも終止符が打てるんじゃないか。それを俺は祝福してやりたい)
そう心の中で自分に言う。
なのに納得が出来ない。仲が良い=恋愛候補として好きになる可能性がある、などという極端な発想をしたせいだろうか。
(いや、リータさんを妹のように思っているなら……)
サルサムは試しに『妹のサリアから彼氏を紹介される』というシチュエーションを想像してみた。
サリアはそんな性格はしていない。恐らくそういう相手が出来てもサルサムには言わず、結婚してから報告するだろう。その点への違和感にはとりあえず目を瞑り、想像に集中する。
「……」
もやっとした。
少し違う気がしたが、これに似ている。
「……そうか……妹のような存在に変な虫がついたように感じられて心乱されていたんだな」
はっとしたサルサムは思わず小さく呟いた。幸いにも他に通行人はいなかったため聞かれてはいない。
ペルシュシュカは善良な部類だが、仕事を渋ったり女装に並々ならぬ情熱を傾けるなど兄目線から見ると少々難がある。
なるほど、だからか。
そう自己解決にすっきりした気分になりながら、宿に辿り着いたサルサムは部屋のドアを開いた。
***
ペルシュシュカはサルサムの連続ドジ踏みが不思議でならなかったが、ここしばらくの観察結果と合わせて考えることにより一つの結果を導き出していた。
サルサムもリータもカップルではない。
しかしお互い仲間という枠に収まりきらない方向に惹かれているのではないか?
そしてそれに関して二人とも無自覚である。
――最後にこれが重要だ。
二人は互いに相性が良く、上手くいけば自然体で楽しく暮らしていけるかもしれない。
サルサムが心ここにあらずなのは二人の間に自分が割って入っているという状況にそろそろ耐え切れなくなったのではないか。今までも他人はいたが大人数だった、とペルシュシュカは予想を組み立てる。
ペルシュシュカが独身でいるのはパートナーとの擦り合わせが自分の楽な余生を実現する壁になるからである。しかし無理せず自然体でいられるなら、それは『とてもいいもの』だ。
互いに惹かれる部分があって、更には相性がいい。
これは他人事ながら気になる。
(特に笑うのがド下手くそな子が自然に笑えるのは貴重だわ。あと察するに最良――サルサムはドライに見えて身内にはお兄ちゃん気質ね。詳しい家族構成は知らないけど大家族の長男なのかしら?)
部屋でサルサムの帰りを待つ間、今日調査した場所についてのレポートを書きながらペルシュシュカは目を細めた。
占いを纏める際の洞察力を総動員して考える。
(リータは姉が居るけれど世話焼き、でも息抜きが少し下手。あと自立心が高いけど心を許せば世話を焼かれるのは嫌いじゃないみたい。……ってことはやっぱり相性は良さそうだわ)
ここまで相性が良さそうだというのに、なぜ今まで大きな進展がなかったのだろうか。
何か理由があるのかもしれないが、しかし。
(アタシにとっては潜伏場所の調査より面白そうだわ。よっぽどの理由でない限り軽くつついてみるのもアリね……)
じつはすでにつつき回しているのだが、そんなこと露知らずペルシュシュカはリータに笑いかける。
「こないだ買った服と帽子、あの子には見つからないよう隠しておくのよ。サプライズサプライズ!」
「は、はい。……けど他人が着てるものでサプライズになるんですかね?」
少し不安げな顔でリータは答え、レポートを書ききったのか鉛筆を置いた。
ペルシュシュカは「なるわよ!」と力説する。しかしリータはあまり納得していない様子だった。――これは本人にも同じことを仕掛ける必要があるかもしれない。
「ふふ、何にせよ少なくともアタシが着飾るより喜ぶと思うわよ。ちょっとシャクだけどね」
「いえ! ペルシュシュカさんの方がきっと――そうだっ、今度そっちの服も買いに行きましょうよ!」
「んー、アタシはいいわ。持参した着替えがそっちより多いし、こないだ見てみた感じ趣味に合うのがなかったのよね~」
そうなんですか? とリータは両耳を垂らす。
代わりに手料理を楽しみにしてるわとペルシュシュカが言ったところでサルサムが帰ってきた。
(……ん? 何かすっきりした顔してるわね?)
表情からそんな機微が感じ取れる。朝とは天と地ほどの差だ。
単純に射撃訓練の結果が良かったのかもしれないが――何か碌でもないことに思い至った、そんな気がした。
「すまないな、少し汚れたから夕飯の前に着替える」
着替えの際は後ろを向くか席を外すことになっている。
するとリータは「じゃあちょっと向かいのお店に鉛筆を買いに行ってきますね、まだ開いてるはずなので」と出ていった。レポートの量が多く減りが早いのだ。
ペルシュシュカは残り、イスにもたれ掛かりながら考える。
「向かいの店とはいえ一人で行かせるのは危ないかしら」
「ああ、まだ太陽が落ちきっていないとはいえ、そう……だな」
サルサムは少し逡巡した後、ペルシュシュカに「見に行ってくれるか」と頼んだ。
(ここは自分が行きなさいよ……!)
わかってないわね、と思いつつペルシュシュカは素直に立ち上がり、窓側に立つサルサムに近寄った。
そして触れないが間近と言えるほど距離を詰め、じっとサルサムを見る。
着替え途中だったサルサムはぎょっとした顔をする。
ほんの少しだけ揺さぶり、焦りの種くらいは植え付けといてもいいだろう。そう考えながらペルシュシュカは半月のように笑って言った。
「アタシ、女装男子のことが喉から手が出るほど好きなの」
「わかってる」
「けど恋愛対象は男女どちらもよ」
「わかっ、……?」
即答しようとしたサルサムは言葉の内容が予想と違っていたことに気がつき、不意を突かれたような顔をした。
そして眉根を寄せながら口を開く。
「どういう意味だ?」
「さあ。でも一応言っておいた方がいいのかと思って。それじゃリータの様子を見に行ってくるわ、じゃあね!」
リータの意見を聞かずに妙な自己解決をするくらいなら、引き続きもっと悩みなさい。
そう心の中で付け加え、ペルシュシュカは宿の部屋から出ていった。
サルサムは上着を着るのも忘れ、閉まったばかりのドアを眺めて呟く。
「……なんなんだ一体」
その頬を意図しない冷や汗が伝っていたが、それを目にした者は誰もいなかった。





