第481話 ボルワットの三人 【★】
サルサム、リータ、ペルシュシュカの三人は転移魔石を使用しベレリヤから海を挟んだ先にあるボルワットという国を訪れていた。
国そのものの存在はサルサムも知っているが、実際に訪れたことはない。
ただし国交があるため船が行き来しており、父親が足を運んだことがあるという話を昔聞いていた。
詳しい地図もあり、ベレリヤ国内の一般人はなかなか手に入れられない代物だが、広範囲を縄張りとしている商人などは有しているためサルサムの知り合い経由で譲ってもらっている。
その地図から座標指定をし、いち早く目的地に着いたのだが――早く着いたからといって占いの指定時期までやることがない、ということはない。
ペルシュシュカの占いで伊織とシァシァは各地の様々な場所に顔を出すことがわかった。
しかしその土地の滞在時間に関する情報はなかったため、すべての顔出し予定地に『ナレッジメカニクスの潜伏先である可能性』があるのだ。
そのため伊織を待ち構えながら潜伏先を探る任務も課されていた。
「――けど、折角国外に来たんだし少しは観光しない?」
「観光気分なのはお前だけなんだがな……」
とある街にて宿を取ってすぐ、ベッドに寝転がったペルシュシュカは足をばたつかせながら「仕事だけど仕事じゃないって思いたいのよ、長期だし!」と言う。仕事嫌いの目は真剣だ。
それを見てリータがくすくすと笑った。
「待機期間中ずっと緊張してたら心労で倒れちゃうかもしれませんし、ゆっくり出来るうちにしておくのもいいと思いますよ」
「さっすが、話がわかるわねアナタ!」
「それにここ……ボルワットってイオリさんが現れるかもしれない時期としては早い方、ですよね。イオリさんを見つけた時に滞りなく動けるよう体力を温存しながら動くのもいいかもしれないなって」
リータの言葉にサルサムは腕組みをして唸ったが、そう強く却下する理由も見当たらない。
しばし迷ったものの「わかった、でもほどほどにな」と頷いた。
やったわー! と感激したペルシュシュカは結っていた髪を一旦解き、楽な下の位置で結び直すと――いそいそと荷物から服を引っ張り出して着替え始めた。
「なんでこのタイミングで……!?」
慌てたリータは後ろを向き、サルサムは「理由はどうでもいいが別室でやってくれ」と半眼になる。
着替え終わったペルシュシュカは帯の位置を調整しながら笑う。そんな彼が着替えたのは――東の国テイストのままだが、男物の服だった。
「アンタらも何度か見ただろうけど、俺は女装と私服時のギャップも吸えるタイプだからな。たまに気分でオフにしてるんだよ。あとはまぁ、今はフェチ関係なくリラックスしたいのもあるからこっち」
「自分すら吸ってるんですか……」
「ホヤだな」
「ホヤ……」
「ちょっとそこ変なツッコミやめてくれる!?」
「もしくはタコだ」
「タコ……」
「それ自分自身を吸収か食ってるだけだろ、俺は吸ってんの!」
ぷんぷんしながらペルシュシュカはドアへと向かう。
「とりあえず美味しいご飯探しからよ! 宿……拠点の近くに美味しいお店があったらテンション上がるから!」
「さっきからちょいちょい女口調が混ざってるぞ」
「あ、しまった、今回はそこそこ長く女装してたから染みついたな……ああっ! 女装してない時に女装時の癖が出るやつ! 花丸百点!」
「……」
サルサムとリータは顔を見合わせる。
色んな意味で前途多難かもしれない、と。
――ボルワットは小さい国だが比較的過ごしやすく、四季の移ろいも存在している。
また、海に囲まれた島のため『海にまつわる観光名所』が点在していた。
その一つである鮮やかな海の幸料理に舌鼓を打ちながらペルシュシュカはにっこりと笑った。
「遠路遥々こんなところまで来たんだ、やっぱこういう楽しみがないとなぁ!」
「まあ転移魔石で一瞬だったわけだが」
「ああ――そういえばそれ、やっぱり何度見せてもらっても凄いな。単純な魔法を発動させられる魔石なら普通だけど、高位魔導師すら使えない奴がゴロゴロしてる転移魔法を魔導師の才能のない人間が使えるなんてさ」
ナレッジメカニクスの話をした際、ペルシュシュカには人工的に作られた魔石についても教えている。
魔石は自然の中で出来るもの。
そんな認識しか持っていなかったペルシュシュカは大層驚き、しかし「こんな便利な人工魔石を作る手段の確立までどれほどエグいことしてきたのかしらね」と引きもした。
「魔力を込めるのもスムーズに吸うから楽だし、マジでそれ専用に作られた魔石って感じ。まったく恐ろしいな、ナレッジメカニクスってやつは」
「それには同意する」
「俺も本当は関わりたくないんだけど、まぁ俺の『最良』のためなら仕方ないか……」
後半はあまり聞かないようにしながらサルサムはお茶を口に運ぶ。
改めてとんでもない組織を相手にしているのだと実感した。考えることもまだ多い。自分は大丈夫だが――リータはどうだろうか。
不意にそう思い、ちらりとリータの様子を窺うと彼女は夢中でいくら丼を食べていた。
旅の最中に口にすることもあったが、基本的にフォレストエルフは海の幸と縁が薄い。
そしてリータは存外食べることが好きだ。
大食いではないが菜食メインのフォレストエルフには見えないほど色々と食べる。好き嫌いは特にないように見えた。
良い食べっぷりはサルサムも嫌いではないが、この店の料理は特に美味であることも手伝ってか普段より少しペースが早い。
「リータさん、お茶も美味いから食事の間に挟んでみないか」
「へ……? あっ、わっ、すみません、凄く美味しくてつい……!」
我に返ったリータは耳の先まで真っ赤になると大人しくお茶を啜った。
その様子にサルサムは思わず笑う。
(……あら?)
二人の様子を見ていたペルシュシュカは緩く首を傾げたが、しかしすぐに湧いた別の感想を口にした。
これは是非リクエストしておかねば。
「笑った顔も可愛いじゃないか、今度女装した時に見せてくれよ」
「次の予約を取るな」
笑顔を引っ込めたサルサムはペルシュシュカを一瞥もせずにそう言うと、もう一度お茶を口に運んだ。
サルサムとリータ(九章以前)(絵:縁代まと)
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