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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第二章

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第46話 聖女VSニルヴァーレ

 静夏が一歩踏み出した。


 そう感じた瞬間にはすでに静夏の体は強靭な足の筋肉により前へと押し出され、その場に残っていたのは靴の形に陥没した足跡だけだった。

 一歩がおおよそ二メートル。ほぼ跳躍に近いが、いつでも地面に足をつけて方向を変えることができる。まるで小回りの利く鉄の塊が走っているかのようだ。


 激しい風により様々な飛来物が静夏に向かって飛ぶ。

 それらを跳ね除けるように大きく腕を振りかぶり、最後の一蹴りで地面を抉ると伊織たちのいる場所にまで余波が届くほどのパンチを繰り出した。


「――!」


 風によるバリアが展開され、ニルヴァーレまであと数センチというところで静夏の拳が止まる。

 それだけではない。拳を止めただけだと思われた風のバリアが包むように形を変え、一秒にも満たない間に接触点から静夏の右腕を『掴んだ』のである。

 ニルヴァーレは口角を上げると軽やかな動きで側転のように体を回転させ、対象を掴んだ風を己の腕のように操って静夏を投げ飛ばした。

 パンチを繰り出した勢いまでもを利用された静夏は川の中へと背中から突っ込む。


「っ母さん!」

「……大丈夫だ、怪我はない」


 静夏は間髪入れずに水中で爆発が起こったのかと誤解するほどの水飛沫を上げて飛び出し、再びニルヴァーレへと向かっていく。

 今度は油断しないぞ、と風のバリアに触れるなり自分からもバリアを握り返した。

 まるで目に見えない相手と両手をがっしり組み合っているかのようだ。

 その向こうで両腕を組みながらニルヴァーレが笑う。


「なんだこの奇抜なご婦人は! ……いや、待てよ」


 じっと静夏を観察し、ニルヴァーレはそのまま目を細めた。


「この尋常ではない筋肉による動き……パワー……そしてその外見……もしかして噂に聞く聖女マッシヴ様か?」

「そう呼ばれている」

「ははは! 僕の風と取っ組み合いながら普通に答えるとはな!」


 パチンッと指を鳴らす音が周囲に響く。

 それに合わせて荒れ狂っていた風の一部が無数の小さな鎌のように変形し、残りが三対のカマキリの腕のような大鎌に姿を変えた。

 それぞれが視認できるほど圧縮された暴風の塊だということがわかる。


「ただの有象無象の人間には興味がないが、筋肉ゆかりの聖女……少しは楽しめそうだ。ヨルシャミを頂く前にお手並み拝見とゆこう!」


 まるでニルヴァーレの背中から風の鎌が直接生えているかのようだった。

 移動にも風の魔法を使っているのか予想もしない動きで迫ってくる。対する静夏も筋力だけでその動きに追いついていた。

 双方、人間の形をしているというのに人間離れした動きで繰り広げられる攻防にリータがたじろぐ。


「加勢したいけどあの動き……」

「下手に手を出すと目測を誤りかねないな」


 先ほどのようにリータのサポートをすれば高性能な追尾能力を付与することもできるが、もっと他の援護方法があるのではないかとヨルシャミは考える。

 支援に特化した召喚獣を呼び出してもいいが、先ほど大物を呼び出したため長時間は難しい。その大物である蜘蛛はといえば制限時間を設けた召喚だったため、気絶したワイバーンを残していつの間にか消え去っていた。


 召喚魔法には意識的に送還しない限りそのまま残り続けるものと、時間制限のあるもの、そして召喚者が死んでも残り続ける永続召喚が存在している。

 ヨルシャミは魔力の消費を抑えたいため時間制限付きの召喚を選んでいた。

 相性の悪い体ではなにをするのも不便である。


「母さん……多分手加減してる」

「あれでか!?」


 伊織の小さな呟きにミュゲイラがぎょっとした。

 そうか、とヨルシャミはハッとする。


「ニルヴァーレを相手にしている時でさえ木々や動物に配慮しているのか」


 極力川に入らないようにしているのは水生生物に。

 森に攻撃が向かないようにしているのは木々や野生動物に。

 静夏はいつものように自分ができる範囲のものに配慮しながら戦っていた。


「さぞかし戦いづらいだろうに、――そうか」

「ヨルシャミ?」


 なかなか手を出せない静夏とニルヴァーレの戦いに目を向けながら、ヨルシャミが唇を端を上げる。

 何か思いついたのだろうか。そう伊織が名前を呼ぶと、ヨルシャミは「予め言っておくが」と前置きした。


「再び私が倒れたらバイクに乗せてなるべく遠くへ逃げろ。さすがに意識をなくせばニルヴァーレも標的をこちらに絞りかねないからな」

「まさかなにか無理をする気じゃ――」

「無理ならし慣れた! だというのにここで無理しないのは愚か者だ。それに」


 ヨルシャミの視線が静夏に向く。

 目にもとまらぬ攻防を繰り広げながら何かを守るというのは――それこそ無理をしなくては難しいことだろう。

 自分よりも難しいそれを続けている手本が目の前にいる。

 そんな状況でヨルシャミは腰が引けたことをしたくなかった。


「シズカも最大限できることをしてくれている。ならば私もそれに倣いたい」

「……わかった」


 伊織はほんの数秒考えてからこくりと頷く。

 自分には離脱の道を作ることしかできない、そのことが伊織は少し悔しかったが、すぐに心の中で撤回する。これもまた自分の大切な役割のひとつだと強く思えた。

 この世界で目覚めてすぐの頃ならもっと後ろ向きな考えになっていただろう。

 しかし今は仲間がいて、その中に個々の役割りが存在することを伊織はよくわかっていた。


 ヨルシャミは伊織の目を見て「よし」と頷き、静夏たちに再び視線を向ける。

 それはちょうど、ニルヴァーレの風の鎌を静夏が拳を繰り出す風圧で防いだところだった。

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