第472話 ストレスのおかわり
ハーフドラゴニュートは長命種が相手の場合、妊娠期間は六年ほどである。
リオニャがベンジャミルタとはぐれてルーストに入ったのは五年前のため、計算としてはおかしくはないが――シャリエトは引っ繰り返ったままリオニャの腹部を思い出す。
(腹筋に潰されてないか?)
大変失礼な疑問だが、もっともな疑問でもあった。
リオニャは筋肉に恵まれているがくびれのあるタイプで、とてもじゃないが妊娠しているようには見えない。もし言っていることが本当だとすれば子供はそれはもう大変頑丈なものに守られすぎて窮屈なことになっているのではないか。
それで大丈夫なのか、という心配からの疑問である。
しかも腹出しスタイルの服装だ。いくら暑い土地とはいえいいのか。
シャリエトは独り身で子育て経験もないため知識は乏しいが、あまり良いことではないような気がしてしまう。
妻子持ちのオリトさんなら、と体を起こしてバルドを見てみるも、彼も何と言っていいかわからなくなっているようだった。
シャリエトは少しボサボサになってしまった頭のまま訊く。
「と、とてもそうは見えませんが」
「内緒でお医者様にも行ったんで間違いないですよ、お腹もハーフドラゴニュートは出産の一年から半年くらい前からようやく膨らんでくるんでわかりにくいと思います」
聞けばドラゴニュートは生命力に溢れる肉体を持っているが、そんな肉体を作る下準備が他の長命種と少し異なる上に多くの時間を要するという。
しかし土台が出来てからは生まれる前からその本領を発揮し一気に育つ、ということらしい。
更には胎児の頃から他と比べて大分強く、クォーターであったとしても腹を出した服装が害になることはないという。
「他にも証拠は挙げれますけどォ……」
「いや、言いにくいならいいです。……それ、メルカッツェたちは知ってるんですか」
リオニャは灰色の髪を揺らして首を横に振った。
「知ってたらこの計画の前線から外されそうなので黙ってました」
「そりゃそうでしょうよ」
「わたしもこの子も戦闘くらいへっちゃらなんですけどね~……」
シャリエトは深いため息をついて立ち上がる。
「ベンジャミルタめ……なんで孕んでる可能性が少しでもある嫁を見失いやがったんだ……」
「わたしもですけど、あの人もまさかこんなすぐ出来るとは思ってなかったんですよォ。一応対策はしてたんですが……」
「それでも、あー……そういう行為をしたならですね、……」
長命種と長命種だと子宝に恵まれる確率は恐ろしく低くなる。長命種側から見れば人間がぽんぽん増えすぎなのだが。
故に油断していた、という気持ちもよくわかった。
シャリエトは頭を振って仕切り直すと部屋のクローゼットから上着を取り出し、そのままリオニャの肩に掛ける。
「大丈夫だとわかっていても心配の種になります。心配の種があるのはストレスです。少なくとも我が家ではご遠慮ください」
ここでくらい暖かくしておけ、ということである。
お礼を言うリオニャを横目にシャリエトは再び癖のようにため息をついた。
「……で、その子も人間の血を引いているから、故郷になるであろう国を異種族と人間が共存する国にしたいわけですね?」
「はい」
「はっきり答えてくれる……」
眉間にしわを寄せたシャリエトを見つめながらリオニャは両方の拳を握って言う。
「この子が見る世界が異種族にとっても人間にとっても、もっと平和な世界だったらいいのにってずっと思っていて……どうかお願いします。力を貸してください!」
「……ああもう、なんでこうも次から次へと!」
シャリエトは胃の辺りを押さえつつ視線を彷徨わせ、その末にバルドに辿り着いた。
ひとまず半開きだった口を閉じて行く末を見守っていたバルドはその視線を拾う。
「難題ばかりだな」
「ええ、本当に。……参考にお聞きしますけど、そちらはどう思いますか。あの反応だとボクと同じく初耳だったんですよね」
シャリエトの問い掛けにバルドはゆっくりと頷き、しばらく考え込んでから口を開いた。
「こないだも考えてたんだ、皆が人間に酷い目に遭わされたのは知ってるけれど……どうにかして共存する道はないのかって。メリーシャたちも人間を嫌いたくて嫌ったわけじゃない。それは人間に酷い目に遭わされた気持ちと同じくらい大切にすべきものだ」
「……なるほど」
「ただ、平和な国で育った部外者がこういうことを言うのはどうかとも思っていた」
偽善に満ちた口出し。
バルド本人ですらそう感じてしまうほどだった。
「でも――リオニャがそれを望むなら、俺は協力してあげたいと思う。渡るのは危険な橋どころじゃないけどな」
「……あなたは変わりませんね」
そんな言葉にバルドは面食らった表情をする。
バルドにも織人にもなりきれないほど変わってしまったと思っていた。しかしシャリエトには同じに見えるという。
シャリエトは目を伏せて腕組みをすると最後のため息をついた。
「わかりました。……まぁすべては無事に王を討ててからでしょう。ちゃんと計画を練りましょう」
「シャリエトさん……!」
「いいですか。ボクがこんなストレスに耐えられるのは三百年に一回程度ですからね。これ以上は勘弁で――ッふぐ!」
「ありがとうございます~!」
感謝のハグが炸裂し、その結果シャリエトの様々な関節が豊かなハーモニーを奏でる。
呻いたまま固まっているシャリエトの姿を見ながらバルドは思う。
『これ以上』のストレスのおかわりだなこれは、と。





