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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十章

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第470話 難儀ですとも

 シャリエトが答えを出すまでバルドたちはラルガラーシュに滞在することになった。

 それはバルドとステラリカの『答え』を出すべき時が近づいているということだ。


 食事の買い出しに出たバルド、ステラリカ、メリーシャの三人は昨日一昨日とは違う店へと向かう。

 少人数での行動に抑え、こうして同じ店に赴く頻度を下げているのは目立たないようにするためだ。長期滞在になる可能性があるなら気をつけておいて損はない、というメルカッツェの判断である。

 その道中もバルドはメリーシャの様子を観察していた。

(この子たちの人間に対する感情は敵意と不信感が中心。俺に対してもその名残りがある。……なら)


 計画を完遂した後、ルーストが作る国は今と逆転したものになるのではないか。


 メルカッツェはリオニャを『異種族が王になる』というシンボルにすると言っていた。

 異種族が人間に下克上し作り上げられた国ならば――今度は人間が虐げられ、奴隷にされるようになるかもしれない。

 それは間違っている、とバルドは思うが、きっとこれは日本人の感覚だ。

 実際に虐げられてきた人々を前にして「間違っている」などと口にできようか。

 ただバルド個人の感覚としては受け入れ難い。最適解を求めるなら支配の逆転ではなく共存を目指してほしいが、ルーストの構成員はほとんどが保護された異種族である。難しいどころの話ではない。

(それに、だ。もし逆転国家が実現して、それが安定したとしたら……今度は人間とのハーフであるリオニャが邪魔になる奴も出てくるんじゃないか?)

 メルカッツェたちはリオニャを道具として扱わないだろう。用が済んだからと処分されることもない。

 しかし国は様々な者により作り上げられるもの。

 もし王による独裁形式だとしても思想の統一は難しい。それこそ宗教か、もしくは。


(……虐げる対象の刷り込みが必要か。レプターラの歴史は長くはない。前の国で異種族差別がここまで激しかったなんて聞いてないから……興った際に、国を安定させるため意図的に植え付けた思想のひとつなのかもしれないな)


 当時の王がどんな人物だったか覚えていないが、ありえなくもないなとバルドは顎をさすった。

 メルカッツェたちは同じ轍を踏まない、と思いたいが周りがそれを許さない状況になったとすればリオニャも危険だ。

 そこまで考えてしまうと傍でサポートし支えたいと思ってしまう。

 しかしバルドたちは一刻も早く静夏たちと合流したいのだ。

(メルカッツェたちは計画に参加してくれれば完遂後に俺たちを自由にしてくれるだろう。多分役人の立場に収まってくれなんて言わない。ただ肝心の俺がそこで放っていくことに不安を感じてる、……ん、だよ、なぁ……)

 バルドは足を進めたまま喉の奥で小さく唸った。

(もうここまで来たら計画に協力することは是としよう。ただその後の国のビジョンをもう少し穏便なものにできないだろうか)

 王の弑逆。

 作りたい国についてだけでなく、その計画すら輪郭をぼかしているのは詳しく話せば強制的に参加させざるをえないということだ、というのはなんとなく感じていた。

 そのためバルドからそこまで突っ込んだことは訊いていない。リオニャの役目の件も彼女を心配してのことだ。

「……メリーシャ、少ないがルーストには人間もいるんだったな?」

 せめて直接訊ねられなくても彼女たちの考えを把握したい、と思ったバルドは隣を歩くメリーシャにそう声をかけた。

「ああ、ほんの少しだけどな。この国の物好きが一握りと、あと外の国から来た奴らだ」

「へえ、その中に知り合いとかはいるのか?」

「役割や名前を知ってんのが知り合いって呼べるなら」

 つまり親しい仲の人間はいないらしい。

 バルドは軽く唾液を飲んでから言う。

「――そいつらは、新しい国を興した後はどうなるんだ?」

「さあ。そういうのを考えるのはメルカッツェにーちゃんたちだから。まあ国は異種族中心のものにするけど、身の安全は保障されんじゃないのかなァ……なんだよ、同種だしやっぱ人間が心配か?」

 悪いことじゃないけど、と付け加えながらもメリーシャは目元に力を込めた。

 やはり人間に対して思うところがあるようだ。仲間であっても純血の人間にはドライである。


 種族に関わらず心配だ――と、バルドがそう答えかけた時だった。


 道を駆けていた幼い兄弟の弟が石に躓いて大きく体勢を崩す。

 真っ先に動いたのはメリーシャで、少年が転ぶ前に片腕で体を支えた。そのまま驚いた顔をしていた少年は「あ、ありがとう」とお礼を口にする。

「あー……いいよ。足元には気をつけてな」

「うん!」

 少年は兄と共に頭を下げ、そのまま人ごみに消えていった。

「……」

 バルドはその様子を無言で見つめる。

 メリーシャが助けた兄弟は――人間だった。


(……やっぱり共存の道があるなら目指してもいいんじゃないか)


 だがそれを自分が言ってもいいのか。

 そう思いながらバルドは少しの間だけ瞼を伏せた。


     ***


 ラルガラーシュ滞在五日目のこと。


 その日はシャリエトの店が休業日で、一行は昼過ぎに裏口から前回と同じ部屋へと集まっていた。

 紅茶と茶菓子を振る舞ったシャリエトは「今日はただの雑談で頼みますよ」とわざわざ前置きして言う。

「わかってるよ。じゃあ……そうだな……薬屋は最近始めたのかい?」

「探偵をやめてすぐですね。ここで探偵をすると胸糞悪いことによく当たるんで、こんな頻度で大きいストレスを受けるくらいなら自分の手でがらっと変えた方がマシだと思いきったんです」

 現実逃避が一番のストレス源なんて笑えないし、とシャリエトは肩を竦める。

「ははは、でもこの国にいる限り君の嫌いなストレスを受けることは避け難そうだ」

「それに関してはほんとベンジャミルタを恨んでますよ、おかげでこんな碌でもない選択肢を選び続けるはめになってる」

 選択肢? とバルドが首を傾げるとシャリエトはうんざり顔で答えた。


「よりにもよってこれが日常として固まってしまった。だからボクは『大きなストレスを一気に受けるよりは小さなストレスを少しずつ受ける方がマシ』という選択肢を選び続けてるわけです」

「それは……難儀だ」

「難儀ですとも」


 環境の変わるストレスの方が異種族差別の国に住むより大きいというわけだ。

 シャリエトも元からこんな難儀な性格をしていたわけではないが、どうしようもないものはどうしようもない。

「ボクは面倒くさがりなんですよ、自分から行動して何かを変えようっていうのが面倒で面倒で仕方ない! 毎日同じような平坦な日常を……代わり映えのない予想出来ることばかりの日常を、脳死状態で続けたいわけです!」

「面倒くさがりなわけじゃないだろう」

 理由があってストレス嫌いになった結果だ。それを知っているバルドはそう口にしたが、クールダウンしたシャリエトは「同じようなものなので」と言いながら紅茶を飲んだ。


 シャリエトはこうして大きなストレスから逃げる。

 予測可能なことばかりの平坦な日常を望むのも、それが一番ストレスが軽いから。

 しかし一切無いというわけではなく、負荷が降り積もった頃に現実逃避と称して奇行に走るのだ。本で読んだだけで探偵をやってみようと思いつきで決めたりといったことである。

 結果的にそれで環境が変わってしまうことがあるが、住む場所ごと変わるレベルは大変稀だ。

「国から連れ出したベンジャミルタはさっさと隠遁しちゃうし最悪ですよ」

「師匠は変なとこ寂しがり屋だったし、シャリエトさんを巻き添えにすることでようやく故郷を出れたんじゃねぇかなぁ」

「わかってるけど最悪の理由なんだよそれ、ついてくボクもボクだけど!」

 ベンジャミルタとシャリエトは故郷の国と一悶着あったらしい。

 レプターラも良い国ではないが、隠れ住みたいベンジャミルタにとっては最適だったようだ。


「ボクをこんな場所に根付かせた責任は取ってもらいたいですけどね。ここしばらくは姿を見てないから生きてるかどうかもわからないけど」

「えーっとォ……最後に会ったのっていつ頃ですか?」

「最後? たしか五年は前だったはず……」


 質問したリオニャは「じゃあわたしと同じですね~」と眉を下げた。

 シャリエトは不思議そうな顔をする。

「リオニャでしたか。どこかでベンジャミルタと会ったことがあるんですか?」

 弟子のメルカッツェでさえベンジャミルタとはほとんど会っていない様子だったため、同行者である三人娘も面識がないと思っていたようだ。

 リオニャはにっこりと笑って頭を下げる。


「すみません、正式にご挨拶できてませんでしたね。ベンジャミルタさんの妻のリオニャです~」

「つっ……」

「ちなみに第六夫人です」

「ああああいつ何してんの!?」


 過去の自分と同じリアクションをするシャリエトを見ながら、バルドは「ホント何してるんだろうな」と何度も頷き――あの時ミドラすらその事実を聞いていなかったことからもわかる通り、初耳だったらしいメリーシャはソファからずり落ちて目を瞬かせていたのだった。

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