第461話 本当に大丈夫なんだろうか 【★】
レブダンは鍛冶の街と呼ばれており、悪路の多いこの地域でもわざわざ足を運ぶ者は多いという。
バルドたちは地図がなくアイマンに口伝で教えてもらった情報のみだったため、初めは別の街に出てしまったが、そこで馬車を拾い事なきを得た。
ただし人間以外の種族への風当たりが強く、ステラリカは終始無言だったのがバルドは気がかりだった。
(俺には話しかけてくれるけど住民には何も言わなかったし、馬車に乗ってる最中も口数が少なかったもんな……)
しかし無理もないだろう、とバルドは思う。
異種族を人間が連れている。
それを住民たちはごく自然に『主人と奴隷である』と受け取り、更にはバルドを奴隷を買えるような身分の人間だと誤認した。
それだけステータスなことらしいが、それはもう思い出すのも嫌になるような下卑た言葉も投げられたのだ。一つだけ挙げるなら「ソレが愛妾奴隷なら良い宿を紹介しましょうか?」などだ。
しかも『異種族に対してならそういう言葉も当たり前であり、主人は怒らない』という認識付きである。
旅人向けの簡易宿に部屋を取り、かなり狭い部屋ながらようやく一息ついたところでバルドは悩む。
(これって何か美味しいものを奢るとかで慰めた方がいいのか? それとも蒸し返さない方がいいのか? 実年齢はともかく精神的には若い女の子だよな、……ああもう、大学でだって若い子の扱いに悩んでたのに僕はここでも相変わらず――)
「バルドさん、さっきは助かりました!」
「へ!? ……あ、お、おお」
頭を悩ませていたその時、ステラリカがにっこりと笑ってそう言ったのを見てバルドはきょとんとした。
心配かけまいと出した空元気というようには見えない。
「私じゃ交渉できないなって思っていたので……」
「そりゃあ、まあ、うん、あれじゃな」
「そうなんです、南ドライアドの使う言葉は前にちょっと勉強したんで覚えてたんですが、この大陸そのものの公用語は難しいみたいで……」
「……ん?」
バルドはクエスチョンマークを浮かべ、そしてすぐに思い当たった。
南ドライアドは固有の言語で話していた。
ステラリカはその言葉はわかる。
パルワ・セタ大陸そのものの公用語も存在する。
ステラリカはその言葉はわからない。
「つまり何を言われてたかもわからなかった……ってことか?」
「あ、はい。ただ態度や視線から何となくは察してました。なので交渉の邪魔にならないよう黙ってたんです、……あれ?」
ステラリカは目を瞬かせた。
「もしかしてバルドさん、喋れてる自覚なかったんですか?」
「ああ、多分あれだ、転生者特有の翻訳が効いてる」
そんな便利なものがあったんですか! とステラリカは羨ましそうにしながら驚く。
擦れ違いの理由に納得しつつもバルドは視線を落とした。
「内容を理解してなかったのならいいが……お察しの通り碌なことは言われてないし、恐らくこの街も似たようなものだと思う。行動する時は必ず二人一緒で頼む。俺とじゃ窮屈かもしれないが――」
「いえ、大丈夫です。叔父との二人旅で慣れっこですから!」
むしろ叔父みたいにトラブルを起こさないし安心して過ごせます、とステラリカは微笑む。
声は大きいものの落ち着いた人物だったが、そういえば初対面の時の行動はなかなかのものだった。好奇心が勝ると厄介なことをしでかすタイプなのだろう。
それを思い返しながらバルドは「それならいいんだが」と笑い返す。
「よし、じゃあ……宿も取れたし後は武器屋を探すか」
いの一番にレブダンへ向かったのはこれが理由であり目的だ。
バルドが武器としているのはナイフ類であり、普段から何本も所有していたが先日の戦いで大分消費してしまった。水場に落としたものも見つけられていない。
これからのことを考えると武器は食糧の次に重要。
しかもバルドが魔法を使えないこともあり重要度は底上げされていた。
ただ、とバルドは続ける。
「金も限りがあるからな、自分たちでも稼ごう」
「稼ぐ……どこかで雇ってもらう、とかですか?」
「多分そうなるが長期滞在の予定はない。だから依頼を受ける立場になろうと思ってさ」
首を傾げるステラリカにバルドは人差し指を立てて言った。
「――とりあえず、何でも屋をやろう!」
***
旅人が立ち寄った先で自前の技能を活かし仕事を募る、ということはたまにある。
かつてロストーネッドでバルドが行なった『何でも屋』は困っていそうな人に自分から声をかけていくという行動的な不審者のような手法だったが、前述の旅人の仕事募集がこの辺りでは多いらしく、幸いにも酒場に専用掲示板が用意されていた。
酒場といっても荒くれ者の吹き溜まりではなく、住民たちの社交場といった雰囲気である。
そこにある掲示板に自分が出来ることを書き、名前や目印の情報を添える。そのまま店の中で滞在している間だけ募集できるというシステムだった。
「利用時には必ず料理か酒を頼むこと、か……これがある意味利用料ってわけだな」
そして掲示板を確認しに来る人の流れもできる。
立ち寄ればその気がなくてもアルコールや料理の匂いに「じゃあちょっとだけ」という気分になる者はいるだろう。
商売上手だなぁと思いながらバルドは募集内容を書いた。
それを覗き見てステラリカは思う。本当に大丈夫なんだろうかと。
『仕事募集! 我々は何でも屋! 魔獣退治から失せもの探し、果ては浮気調査まで何でもござれ。名に恥じぬ働きをお約束します!』
二度見してからステラリカは思う。
本当に、本当に大丈夫なんだろうか、と。
織人(絵:縁代まと)
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