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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十章

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第460話 バルドの記憶の旅

 バルドとステラリカの二人は青いウサウミウシを連れて南ドライアドの集落を後にした。


 出立する頃にはシャウキーやアイマンらも見違えるほど土属性の魔法が上手くなっており、水不足が解消されたこともありこれからの生活は今より楽になるだろうと喜んでいた。

 水害による損失ももちろんあったが、それを補って余りある成果だったらしい。

 ただし上手くなった魔法を国の使いに見られれば集落の者全員が徴兵される危険性もある。これに関してはステラリカもしばらくの間心配していた。なにせ教えたのは自分だ。


 次なる目的地、レブダンという都市に向かう道中、ステラリカが魔法で作った土製の小さな家の中で夜を過ごしていた際もステラリカは心配げにしていた。

「そんな心配するな、あいつらなら上手く隠せるさ」

「でも……」

 教えている最中も気がかりではあったが、ここまで心配になったのは時間経過と共に様々なことを考えたこと、そして集落から離れたからだろうか。

 バルドは焚き火に枝を入れながら笑う。

「大丈夫だ。だってあいつらの才能をこれっぽちも見抜けなかったんだぞ? この国の魔導師はベレリヤと比べて目が節穴だ、目の前で使わなきゃ気づきもしないと思うぞ」

 土の魔法で作った家も手作業で作れないものではなく、更には旅立つ際に『経年劣化しているように見せかける工夫』なんていうものも伝授してきた。土製の巨大な礼拝堂など作れば怪しまれるだろうが、それはアイマンたちもよくわかっている。きっとヘマはしない。

 信じてやってくれ、と言葉を重ねたバルドにステラリカは小さく頷いた。


 そんなバルドの手元で青いウサウミウシが目を覚まし、寝惚けまなこで辺りを見る。


 ウサウミウシは大食いなこと以外は無害である。

 そのため置いてきてもよかったのだが、まだ食糧難の回復しきっていない集落の傍にというわけにもいかない。

 加えて「もしかしてうちのウサウミウシのお仲間だったりするのか……?」という疑問から、二人はこのウサウミウシを連れて行くことにしたのだ。

 もちろん二人にとっても荷の重いことだったが、元々パーティーにいた生き物と同じ種族が傍にいるというのは精神的にも落ち着ける。――その影響か、はたまた『オリト』を知る者たちの集落から離れたからか、今のバルドは大分元のバルドに近い。

「ごめんな、夜食はないんだ」

 そう言ってバルドはウサウミウシを撫でた。

 お礼と称してアイマンたちから多少の路銀を渡されたため、人の住む場所に出れば食べ物を買うこともできるが、ここは荒野と言って差し支えない場所のど真ん中だ。自生した食べれる植物も見当たらず、南ドライアドに持たされた食糧にも限りがあるため贅沢はできない。

 ウサウミウシはぷぴぷぴ鳴いたが、腹が減って起きたわけではないのか特に不満はないようだった。


「……この子、オレンジ色のあの子より少し小さいですね。そもそも青色なんて居たんだ……」

「そういやステラリカもウサウミウシ自体は知ってたのか」


 伊織が連れていたものを覚えていた、というよりウサウミウシそのものをよく知っているといった口振りである。そう思いバルドが訊ねてみるとステラリカは「少し前に見ただけですけどね」と笑った。

「数百年前にはもう王都に居たんですが、その用事で地方に出ることもあったんです。その出先で見かけたんですよ」

 ステラリカ曰く、その時のウサウミウシは何匹か居たもののすべて橙か黄色寄りの暖色だったという。

 完全な寒色は初めて見ました、と長い耳を揺らすウサウミウシを見る。

「へえ……俺の記憶にはウサウミウシなんて伊織たちと出会ってからしか見当たらないんだよなぁ」

「――その、訊ねても大丈夫なことかわからないんですけど……」

「ん?」

「バルドさんが取り戻した記憶って完全ではないんですよね? 一体どれくらい思い出したんですか?」

 前世の記憶、転生後の虫食いの記憶、バルドとして生きてきた記憶がある、というのはざっくりだがステラリカも聞いている。しかし虫食い部分がどれほどのものかも含めて詳細は知らなかった。

 ステラリカの質問にバルドは難しい顔をする。

 しかし答えるのを拒否はせず、返答のために口を開いた。


「まず転生したのは数千年は前だ。正確な数字はわからない。この世界での両親が俺につけてくれた名前が『バルド』だな。出身はローレライオって村だ」


 その家族を失った際、自分の不死性に気がついたという。

 自分だけ生き残ってしまった。無傷ではなかったはずなのにまったく何の怪我もしていない状態で、だ。

「前世の記憶はあったけどこっちでやり直してみるか……って思ったんだけどな、でも叶わなかった。たしかそれが十五か十六くらいのことで、その後は記憶にある限りそのままの姿をしてた、……?」

 自分で言っておきながらバルドはきょとんとする。

「……今の俺って十代に見える?」

「ええと、長命種ならわかりませんが人間ならもっと高い年齢に見えますね……?」

 ステラリカ自身も長命種のため、外見年齢には少し疎い。それでもまあ十代はないだろうというのはわかる。

 バルドは「またよくわからないことが増えたぞ」と腕組みをした。

「まあこんな感じで細部の記憶が抜け落ちてる」

「困りますね……」

「天涯孤独になってからのことはそこそこ覚えてるけどな。両親を失ってからあいつ……ナレッジメカニクスの首魁と同じ名前のオルバートって男に拾われて養子になったんだ」

「同じ名前……もしかして関係者、とかですか?」

 わからない、とバルドは首を横に振る。

 首魁のオルバートと桃色の髪をしたオルバートについては本当に見当もつかなかった。

 記憶をなくしバルドとして生きてきた自分が桃髪のオルバートを参考にしていたのはわかるが、首魁との名前の符合は納得できる答えが出ないままだ。


「それからあいつも死んでな、しばらく一人旅をしながら放浪していたんだ。この辺りから記憶が怪しい」


 養父のオルバートも人間であり、死んでバルドの前から消えてしまった。

 その頃の記憶はあるものの感情や考えていたことは上手く思い出せない。それだけショックだったのだろうか、とバルドは自分のことながら他人事のように考える。

(いわば家族を三回も失ったわけだもんな、……)

 家族。

 伊織と静夏の場合は失われたのはバルドの方だが、転生したとはいえもう会えない世界に来てしまったのならバルドにとっても失ったも同然だ。

 その実感は初めの頃はなかったように思う。

 現実ながらこの世界のことを夢か何かのようにずっとずっと感じていた。

 それが紛れもない現実だと実感したのはどこだ? と記憶を探る。――やはり両親を亡くした時だ。

 そんな感覚は近しい者を失うたび色濃くなった。

「……」


 その末に抱いた感情は、気持ちは一体どんなものだったろうか。


 思い出そうとするが上手く記憶から掘り出せない。時間の経過で劣化してしまったのか、はたまた無意識に思い出すのを拒否しているのか。

 それとも何か別の理由があるのか、自分のことながらバルドは一切わからず「こんなのばっかりだな」と情けない顔をした。

「あー……そこから一気に記憶が飛んでる。外見の成長も……多分、この辺り……か?」

「その頃もオリトさんとして旅を?」

「ああ。なんか疑心暗鬼になりながら毎日生きてたな。面白くない日々だった気がする、……あっ」

 バルドはウサウミウシを撫でていた手を止めて目を丸くした。


「だから死ぬ方法を探して放浪してたんだ」


 ――それは会話していて今思い出した記憶だ。

 もはやここで生きていることに意味を見い出せなかった。

 死にたくない、と願って死に、死にたいと願いながら生きていたわけだ。

 覚えてはいないが記憶が飛んだ間にかなりの時間が経過しており、その間に様々な者が摩耗してしまったのだろう。

 しかし死にたくなっても死ぬ方法はなく、探している間に何年も経っていた。

「その頃は……なんか……今よりは回復が甘かった気がする。そう、やっぱり不死性は進化してたんだな。そんな未熟でも死ねなかった」

 代わりにその未熟さは事故でたまたま頭を完全に潰した際に記憶を破棄したのだ。

 それまでも何度か頭を負傷したことはあったが、すべて破棄ということはなかったのだろう。部分的に破棄はあったかもしれないが、破棄の事実を確かめるすべがないためどうしようもない。

「そうだったんですか……一旦破棄された時期が違うから一気に蘇らず虫食いになってるのかもしれませんね」

「あぁ、そうか。ならそのうち今みたいに少しずつ思い出すかもしれないな……」

 記憶はその後バルドとして生きていた時間に続いており、短いというのもあるがその頃のことは明瞭だ。

 数年間根無し草となり、そしてニルヴァーレに拾われ魔石集めの仕事を与えられ、サルサムとバディを組んで各地を転々としたのだ。


 バルドになってからは楽しかった。

 死にたいという気持ちはなかった。

 織人であったことを思い出した今は――


 そんな思考の途中でステラリカが心配げな顔で訊ねた。

「バルドさん……今も死にたいですか?」

 そう問われ、真っ先に思い出したのは静夏と伊織の顔。そして出会ってきた人達の顔だった。

 バルドは目を細めると歯を覗かせて笑う。


「……いいや、全然!」

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