第459話 出発の時へ
あとはだんまりを決め込むことにしたサルサムからペルシュシュカに視線を移し、ヨルシャミは「お前はまあ省略してよかろう」とすぐにその視線を逸らす。
「あら、アタシの結果のまとめはしないの?」
「まとめもへったくれもないだろう、さっきの雑談で十分だ」
「もっと詳しく言って良いなら二時間は語れるわよ」
「まとめの概念が吹き飛ぶわ!」
ボーナスとしては与えすぎたかもしれない、と若干後悔しながらヨルシャミはエトナリカの方を向く。
「エトナリカとは有意義に過ごせたな」
「そうそう、ヨルシャミと手合わせしてもらったんだよ。いやぁ手強かった! この子は敵に回したくないね」
「か、勝ったんですか?」
「あはは、スカッとするくらい見事に負けたよ!」
エトナリカは明るく笑いながらその時のことを反芻しつつパンに蜂蜜を塗った。
「相性の悪い水以外の属性なら何でもござれ状態だったからね、まるで複数の魔導師を相手にしてるみたいでやりにくいったらありゃしなかったよ。でも楽しかった」
「何でもござれというほどでもないぞ、闇以外は各々それを最も得意とする者には敵わん」
それでもどこか嬉しそうにしながらヨルシャミは笑う。
「エトナリカもベルクエルフと戦っている気がしないくらいだった……が、しかしやはりあれはベルクエルフならではであったな」
夢路魔法の世界でエトナリカは自分自身に回復魔法をかけ、本来人体では無理な動きまで関節を外し筋肉を酷使することで可能にしていた。
ナスカテスラも似たようなことをしていたらしいが、それを常に戦闘に取り入れているかのような動きだ。ただし回復そのものは途中から追いついておらず、単身なら短期~中期決戦型とのことである。
「それでもギリギリまであの動きを維持していたのは――そうだな、これは予想だが……エトナリカよ、お前の回復魔法は回復力より痛みの麻痺、つまり麻酔作用重視なのではないか?」
「おや、ご名答。そうだよ、ナスカの回復魔法も痛み止めが強く効いてるけどアタシのは更に倍は効果があるんだ。代わりに回復力は劣るし多数にかけることもできないんだけどさ」
前線で戦うならこっちの方が使い勝手がいいんだ、とエトナリカは力こぶを作る。
「里でなら治療師と組んで回復そのものはそっちに任せるか、追いつかなかった分を後で纏めて回復してもらうのを前提に動く。今回はナスカがいるから丁度いいね」
「いやあ、責任重大だよ! 荷が重い! 五百トンくらいある!」
そう言って笑いながらナスカテスラは魚を口に運んだ。
本人としても皆に言うつもりはないが、ナスカテスラは現在右足が不自由になり、風魔法で補助しているため前衛で派手に動くことには向いていない。
そういう意味でも姉であるエトナリカが前に出てそのサポートをするのは適役といえるだろう。
(姉の命を預かってるようなものだと考えるとぞっとするが……まあ、人の命は預かり慣れてるし今更か)
そんなことはおくびにも出さず、ナスカテスラはフォークを置いて言った。
「――とりあえず皆の結果は概ね大成功といったところか! 頑張ったね、偉いよ!」
「ナスカはやらなくてよかったのかい?」
「俺様は試したいことは外で大体やったからね! まあ……そうだなぁ……今度落ち着いたら呪いをどうにかする研究にでも間借りさせておくれよ!」
「うむ。お前のその呪い、かなり深部まで食い込んでいる上にイオリのように間接的ではなく直接本人が呪われている故な、時間がかかるだろう。うちには私の目にしてきた古今東西の書物もある、好きに見ていけ」
更にナスカテスラの呪いは伊織のように最近受けたものではなく、数百年経過しているため更に解くのに難儀する状態になっていた。
呪いの癒着現象とでも呼ぶべきだろうか、解き方を見つけてもそんな厄介な状態のせいでもうひと手間かふた手間必要になりそうである。
ヨルシャミはぐるりと全員を見た。
「さあ、腹ごしらえが済んだらいよいよ出発だ。――そうもいかぬ状況であることは承知の上で言うが……皆、怪我には気をつけるように」
***
それぞれ別方向へ発っていく仲間たちを見送り、ヨルシャミはミュゲイラと共に歩き始める。
転移魔石で現地に即送る案もあったが、サルサムの座標指定は地図を見て行なっているため、地図の情報がない海外とは相性が悪いらしい。
結果、道中で情報収集や魔獣退治も出来るということで各々の選べる最短ルートを選びつつ目的地に向かうこととなった。
ヨルシャミたちが向かうのはベレリヤの隣国、パルマリーギュ。
ただし隣国といってもこの大陸はほぼすべてベレリヤの領地であるため、パルマリーギュは海を渡った先の細長い大陸にある。
ベレリヤに友好的であり姉妹都市も存在するらしく、様々なものを輸出及び輸入しているとヨルシャミは聞いていた。
(パルマリーギュか、千年ほど前は自然豊か……自然豊かすぎる国である、という印象が強かったが今はどうであろうな)
問題が起こればすぐに連絡を送ろう。
そう考えつつヨルシャミは咳払いした。
特筆すべき問題があれば仲間に連絡を送る。
(しかし……)
心の中で唸りながらヨルシャミは不定形の体を逆立たせながら眉間にしわを寄せるウサウミウシと、こいつまたかよーとゲンナリしているミュゲイラを見た。
唯一『特筆すべき問題』があるとすればこれだが、早速連絡を送るわけにはいかない。
「ミュゲイラよ、お前と組む利点は多いがこれだけは苦労するな……」
「あたしマジで悪くないからな……!?」
「責めてはいない。ほら、ウサウミウシもやめるのだ」
ヨルシャミは威嚇するウサウミウシを引き寄せ、興味を逸らすべくパンを与えた。狙い通りウサウミウシは威嚇よりもパンをもぐもぐと食べる方に集中しだす。
伊織が不在の今、ウサウミウシを連れ歩くのはヨルシャミの役目になっていた。
ウサウミウシは伊織が通常召喚したわけではなく、他者が永続召喚したものを伊織がテイムした形になるため、他のテイムされた召喚獣と違い伊織と離れていても送還されない。今も元気満々だ。
「ウサウミウシは縄張り意識が強い故な……お前の髪色が自分の体色と似ているせいで本能的に威嚇してしまうのだろう」
「あたしがたらふく美味いもん食わせてやったら心開いてくれないかなぁ」
「ううむ、イオリ曰く元から群れてもコミュニケーションをあまりとらない生物のようであるからな……そういった懐柔の意図を理解するかどうか」
「や、こいつ理解力自体はそこそこあるだろ。イオリに対してだけかと思ってたけど、他の奴でも言い聞かせられたことが不服じゃなけりゃ従ってるし」
ヨルシャミは無言になりながらミュゲイラを見上げる。
そしてぽつりと正直な感想を零した。
「……何もかもリータと正反対だと思っていたが、やはり特訓の時と同じくそういうところは似ているのだな」
「んん? まあちょっとでも打ち解けられないか色々試してみるぞ。ヨルシャミも応援しといてくれよな!」
心から応援しているとも、とヨルシャミは少しでも快適な旅になるよう祈りながら頷いた。





