第449話 晋藍国と夏夏のこと 【★】
遠い過去。
その頃から占いの名手として一部に知られていたペルシュシュカの元を訪ねてきたのは、ナレッジメカニクスの構成員の一人であり、伊織を攫った元凶のひとり――そしてヨルシャミの親類であるシェミリザだった。
彼女は他人のペルシュシュカから見てもすぐわかるほど憔悴していたというが、そんな姿をヨルシャミは想像できない。
自分を制圧しすべてで上回った彼女は自信に満ち溢れていたのだから。
シェミリザについて詳しく話すとペルシュシュカは「因果なものね」とヨルシャミを見た。
「そしてアタシも随分と派手に巻き込まれたみたいだわ」
「巻き込まれついでに聞かせてほしいことがある」
「シェミリザについてはこれくらいしかないわよ?」
それ以外についてだ、とヨルシャミはペルシュシュカを見上げる。
「――お前と同じ東ドライアドでシァシァという男に心当たりはないか?」
ペルシュシュカは目をぱちくりさせて名前を反芻し、ああ、とすぐ思い至った顔をした。
「アタシの知ってる『シァシァ』と同一かはわからないけれど、簡単なことなら知ってるわよ」
「ヨルシャミたちに聞いて作成した人相書きもあるが」
そこへメルキアトラが紙に描かれたシァシァの似顔絵を差し出した。指名手配の際に作成したものだ。
写実的とまではいかないが各所の特徴を捉えた絵。
それをじっと見てペルシュシュカは目を細める。
「……まあ十中八九本人かしら。なぜこんな昔のドライアドを知りたがってるの?」
「こやつもナレッジメカニクスの構成員の一人なのだ。我々よりよく知っているなら情報提供をお願いしたくてな」
ナレッジメカニクスの? とペルシュシュカは目を見開くと、間を置かずに心底嫌そうな顔をした。
「堕ちた人はどこまでも堕ちていくものなのね。数千年間潔白な身で過ごしているアタシを見習ってほしいものだわ」
「……ナスカテスラから噂話程度のことは聞いたが、あやつはやはり……」
「アタシは同胞だから多少交流してたって程度だけれど、あの男、故郷――晋藍国のトップとその縁者を纏めて殺して出奔しているの。当時はそれはもう酷いニュースになっていたわ、なにせあれがきっかけで国の頭が丸々変わって結局新しい国になっちゃったからね」
ペルシュシュカは「普通こういうプライベートな話は他人にしないのだけれど」と前置きした上で口を開く。
「原因は詳しくは知らない。アタシの耳に届いた頃には詳しいことを知っている人間は全員死んでたから。でも軍師兼発明家の魔導師として囲われていたシァシァの周辺のことから何となく予想はできる」
当時の東ドライアドは国の保有する財産として扱われることが多く、シァシァもその一人だったという。
一方ペルシュシュカは国で管理されているというよりも、国の上層部に顔の利く裕福な人間たちに取り入って占術魔導師として暮らしていた。戦に協力させられたこともあるが回数はシァシァには劣るだろう。
ある時から戦の場でシァシァの指示を無視して動く者が増えた。
それはシァシァの更に上――つまり国からの命令だったらしい。
「シァシァは子供の頃からドライアドの中でも優秀でね、有力者にも気に入っている者が多かった。そんな彼の権力が大きくなりすぎないように上が調整してたんでしょうね。でもある日そのせいで戦火が首都まで及んで、彼の妻が死んだ」
「……妻?」
「あら、そこは知らなかったのね。イーシュエという東ドライアドよ、まぁ妻といっても国が彼を縛り付けるために敢えて持たせた家族だったけれど……彼女の死、そしてその後トップたちを皆殺しにして出ていったシァシァが一人っきりだったことからわかることがある」
ペルシュシュカはそこで初めて同情するような感情を瞳の中に覗かせた。
「彼には一人娘が居た。溺愛してたらしいから、彼が娘を置いていくはずがない。……だからきっと娘にも何かあったのね」
ヨルシャミは視線を落として山小屋でのことを思い出す。
妻子までいたとは思わなかったが、あの諦念を塗り込めた目の意味が少しわかった気がした。
(だからといってイオリのように同情に偏る気はないが、……)
折角得た情報だが、その弱さを利用して叩こうという気にもなれない。
そこへペルシュシュカが声をかける。
「占術で場所を割り出すならアタシが知ってる人物の方が精度が高くなるわ。シァシァのことも対象にする?」
「あ……ああ、宜しく頼む。……そうだ」
山小屋のことを思い返していたからだろうか、あの時貰ったもののことをふと思い出したヨルシャミはペルシュシュカに訊ねる。
「あやつから貰った物がある。これも何かに活かせるだろうか?」
「対象由来のものがあれば貰っておくわ。……なにこれ? 白い紙?」
「名刺というらしい。何か条件を満たした際に発動する案内系の魔法が仕込まれていたようだが、今は完全にロックされていてな」
「……ほんっと天才の所業って感じだわ」
ペルシュシュカは渋い顔でそれを受け取った。
血筋由来のはずの予知すら自前の魔法で再現できるペルシュシュカも規格外ではあるが、どうやら彼は通常の魔法そのものは飛び抜けて優秀というわけではないらしい。
羨望とも受け取れる表情のままペルシュシュカは出入り口に向かう。
「ま、準備が終わるまでゆっくりしてなさい。あと女装とは別に占う報酬は頂くからね」
「それは俺が出そう。父様から一任されている」
メルキアトラが挙手し、驚いた様子で「それは私が」と言いかけた静夏を片手で制した。
「オリヴィア。たまには兄らしいことをさせてくれ」
「……兄様……、すまない、恩に着る」
兄の手を握った静夏は頭を下げ、メルキアトラの手はちょっとばかり聞くに堪えない音をたてた。
が、本人は何やらツボに入ったのか「なんだ!? これが手からする音か!? はははは!」と突如笑い出しムセている。突然のテンションの温度差にペルシュシュカはぽかんとし、そして口元を引き攣らせた。
「……あの日の占い、もっと精度を高くしてたら絶対『変な奴らにも出会う』って入ってたと思うわ」
シァシァと奥さん(絵:縁代まと)
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