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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十章

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第442話 死なないで

 バイクの試乗から戻ってきたシァシァは珍しく糸目を開いていた。

 呆然としているとも取れる表情だが、頬は紅潮しどこかほわほわとしている。そのまま口を開くと普段よりやや低い声が出た。


「スッゴかった……自作の機械で駆けたコトはあるケド、なんというか……こんなにも機械側から気遣われながら走る経験が出来るなんて想像もしてなかったというか……」


 やっぱりバイクには魂があるんだ、と呟くシァシァの顔を見て伊織もにこにこと笑った。

「パパに喜んでもらえてよかった! そうだ、次は変形させたのに乗ってみる?」

「変形っ!? なにそれロマンあ……る……イヤ、その、一気に経験すると過剰摂取になるから、ウン。名残惜しいケド別の機会にネ……!」

「過剰摂取?」

 要するにオタクのオーバードーズである。

 そんなこと与り知らない伊織は不思議そうにしていたが、そこにオルバートが歩いてきて視線を上げた。

「父さん! なにその貝殻、すごい量だ……!」

「伊織にあげようと思って集めていたんだ」

「マジで!? やった、後で何か作ろうっと!」

 喜ぶ伊織に満足げにしつつオルバートは停めてあるバイクを見る。太陽に照らされた車体は艶やかに光を反射しており、なんとなく跨ったみたくなる。

 そんな感想を感じ取ったのかはたまた伊織の希望か「父さんも乗る?」と問いかけられた。

「バイクか……」

 自分で乗った感覚もそれなりに有用なデータになるかもしれない。

 しばし思案したオルバートは「じゃあ乗ってみようかな」と頷く。データを得るなら自分が前の方がいいかもしれないと思い、オルバートは無理を言って伊織の前に座った。

 貝殻はシァシァに預けてハンドルを握る。

「手足がちゃんと届く位置に調整してくれてるんだね」

「魔力さえあればバイクは変幻自在なんだ」

 どこか誇らしげに言いながら伊織は後ろからハンドルを指さす。


「えっとね、発進するにはまず――」


 その言葉を聞きながらオルバートは無意識にブレーキペダルを踏み、ミラーの位置をちらりと見た。特におかしなところはなく、角度も良さそうだ。この辺りもバイクが自ら考えてすでに調整済みなのかもしれない。

 そう考えると乗り物としては最良以上だな、と思いながらクラッチと前輪ブレーキを握り、ニュートラルを確認する。『普通の』バイクとそう変わりはないようだ。

 キーは伊織が取り出したものが刺さっており、バイクとしての意識はあれど電源は切れているようだったのでキーを回して入れてやる。スタータースイッチを押すと再びエンジンがかかった。

 今までの挙動を見るにバイク自身の意思で動く場合は即エンジンをかけられるようだ。この手順を踏むと強制的に動かせるといったところか。

 でもその後言うことを聞いてくれるかはバイク次第なんだろうな、と思っていると後ろで伊織があたふたしていた。

 どうしたのか気になりつつギアをローへ。半クラッチにしてから少し勢いがついたところでオルバートはクラッチレバーを離して発進した。

 白い軌跡を残して走り去ったオルバートたちを見送りつつ、手に貝殻を持ったままシァシァは呟いた。


「なんで説明を受ける前に動かせたんだろ、オルバ……」



 流れる風景を眺めながらオルバートはハンドルの感触を確かめる。触り心地は悪くない。

 潮風を切る感覚もどうかと問われれば「楽しい」と答えただろう。

 バイクから支える感触もたしかにあった。これは初めての経験のため新鮮だ。自動で体勢を整えてくれる機能、というより自転車を親に支えてもらっている、もしくは走る馬車の中できちんと抱かれているような感覚だ。

 しばらく走った後、シァシァもシェミリザも見えなくなったことに気がついて停車する。

 すると伊織が後ろで声を上げた。


「……っびっくりした~!」

「何がだい?」

「父さん、詳しく教える前に発車させちゃったからさ……でも丁寧な手順だったなぁ、見習わないと」

「教える前に……そうだったか、ごめんよ。少し夢中になっていたみたいだ」


 オルバートはなぜか動かし方を知っていたことよりも、わざわざ教えようとしてくれていた伊織を無碍にしてしまったことに気をとられているようだった。

 バイクから降りたオルバートは車体を撫でる。

「しかし新鮮な体験だったよ。乗せてくれてありがとう」

「どういたしまして!」

 笑う伊織の向こうに南の国らしい木と岩場が見え、オルバートはその木陰を指さす。

「騒がしいのもいいけれど……ここは静かなようだ。少し休憩してくかい?」

「! うん!」

 伊織は一旦バイクを送還させるとオルバートと二人で木陰に向かった。

 座ってみると海が見えて良い景色だ。

 そうしていると伊織が「そういえば……」と隣に座るオルバートを見て問う。


「父さん、ずっと外に居たのに全然焼けてないね?」


 ヘルベールたちと違い、オルバートはほとんどパラソルの下にいなかった。からりとした太陽光は強く、元から褐色の肌をしたシェミリザ以外――伊織とパトレアはすでにほんのりと焼けるか赤くなっている。

 だというのにオルバートは白いままだ。

 ああ、とオルバートはなんでもないことのように自分の二の腕を見る。

「僕には不死性があってね、日焼けは肌のダメージと捉えられるのか焼けにくいんだよ」

「へ~、なんか――」

 そう伊織が何かに喩えようとした瞬間だった。

 木の上から何かが二人の前に落ちる。白い砂浜を背景に起き上がったのは甲羅の隙間から白く長いものをにょろにょろと生やしたカニのようなものだった。

 まるで寄生虫に侵された何かを見てしまった気分になり、伊織はぞわっと総毛立つ。

(ああ、これは小型の魔獣か。待機型だったが僕らが近づいたから出てきたんだな)

 表情を動かさず冷静に考えながら、オルバートは直感的にそれが魔獣だと把握した。実験で何度も使用し、接してきた時間も長いため視認できる距離で見ればなんとなく判別できるのだ。

 カニは触手を伸ばすと伊織を狙った。

 そう早くはない。弱い個体だ。

 しかし伊織は固まっており動けない。オルバートは砂を蹴って立ち上がると特に何も考えずに伊織に覆い被さるようにして突き飛ばした。

 直後、肉と骨を貫く衝撃が全身を揺らして少しばかり膝立ちの体を前にずらす。

 大きな血管を貫いたせいか鮮血が伊織にかかってしまった。これは戻る前に洗わないと、とオルバートが思っていると――伊織は金の双眸を見開いて引き攣った声を上げた。


「や、だ……ッ父さん、死なないで!」


 泣き叫んだ声と共に十本にも及ぶ巨大な風の鎌が背後に現れ、カニの体を空中に浮き続けるほど刻みつける。

 ずたずたになった甲羅が落ちる前にどこからともなく湧いた緑色の炎がカニを包み、焼き尽くしながら沖へと飛び去った。海が一時的に割れ、それが戻った衝撃で波が岩に打ち付けたような音がする。

 熱風が去ってなお追撃しようとする伊織にオルバートは慌てて手を伸ばした。

 元からデータを取るつもりではあったが、ここまで高出力の魔法を放つとは予想外だった。

 しかもシェミリザもシァシァもいない場所だ。

 伊織は魔力を溜め込む力に優れているが、それ故に魔導師として未熟な身だというのに高位の魔法を使えてしまう。幼児に火炎放射器を与えるようなものだ。ストッパーもなしに使えば伊織自身も傷つけかねない。

 とにかく落ち着かせなくては、とオルバートは口を開いた。

 これくらい平気だよ。

 そう言いかけたところで先ほどの伊織の言葉が脳裏を過った。死なないでという子供の声である。


「死にたくなんてない」


 ぽろりと零れたのは言葉だけでなく、涙腺から溢れた涙もだった。

 言い放った直後に疑問符を浮かべたような表情で自分の手の甲を流れ落ちる涙を見下ろし、オルバートは首を傾げる。

「……なんだ、不可思議だな。生理的なものではなく感情に起因するものか? でもそんな感情は……」

 原因不明の涙に狼狽えながらも観察していると、存外伊織を落ち着かせるのにも一役買ったらしく、いつの間にか伊織は呼吸を落ち着かせていた。

 それでも鼻を啜りながらわたわたとした挙句、どうしていいのかわからずオルバートの頭を撫でる。妙にくすぐったい。

「な、泣かないで……! 僕、早く安心させられるように強くなる……大人になるから……!」

 よくわからないことだらけではあるが、その言葉はオルバートにとって聞き逃せないものだった。

 片目を細めて伊織を見る。

「なんでその思考に至ったんだい?」

「え……? そ、の……僕がもたもたしてなければ父さんは怪我をしなかったし、泣かせることもなかったと思ったから……」

 視線を下げる伊織にオルバートは笑いかけた。


「大人になるのは伊織が自分の意思でそう思った時でいい。人のために大人にならなくていいんだ」

「でも」

「これが僕の望みなんだよ。聞いてはくれないかい」


 伊織はしばらく迷ったものの、下げていた視線をオルバートに向けると「わかった」と頷いた。

 オルバートは伊織を撫で返す。

「よし、いい子だ。……大丈夫、さっきも言っただろう? 僕は不老不死だから死なないよ、大丈夫だ」

 数度「大丈夫」と繰り返し、頭を撫でながらオルバートは胸元の血を拭う。傷はすでに癒えつつあった。それどころか流れた血まで傷に近いものは戻っていく。

 それを見た伊織は怯えるでもなく安堵した様子で肩の力を抜いた。


 ほっとした様子の子供の頭を撫でるのは自分も安堵するものらしい。


 それを自覚しながら、オルバートは少し固い髪の感触を手の平に感じながら微笑んだ。

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