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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十章

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第441話 ナレッジメカニクスの夏休み

「えっ! セトラス博士は連れて行けないのでありますか!?」


 準備を終え、いざ出発となったところでパトレアが驚愕の声を上げた。

 未だ目覚めないセトラス。もちろん彼はベッドから動かせないが、パトレアは担ぐなり何なりして連れて行く気満々だったらしい。

 なら私は留守番を、いやしかしバイク様との逢瀬が、と忙しなく逡巡する様子にシェミリザはくすくすと笑った。

「心配しなくても何かあればアラートが鳴るよう設定してあるわ。わたしの転移魔法ならすぐに駆けつけられるから気にせず行きましょう?」

「しかし……ここに一人ぼっちは可哀想であります……」

「あら、そこを心配してたの? ……本当、あなたたちは仲良しね」

 パトレアははにかみながら「命の恩人ですから!」と答える。

 シェミリザは意地悪げに笑った。


「あなた以外の一族全員の命を奪ったのに?」

「――ええ、それでも変わりませんとも!」


 しかしパトレアはそう笑い返すと意地悪された自覚すらない顔で言う。

「私は故郷では生きてるのに死んでいるような存在でした。そこから連れ出してくれたこと、そして私に血の連なりのある者に特別な執着がないことを考えれば当然でありましょう?」

「そう言い切ってしまえるのがあなたの強みね」

 シェミリザはパトレアの手を引く。

「けれど、ほら、あの子はあなたが来なかったらしょんぼりしてしまうわよ」

「うっ……イオリ殿ですか……」

 しょんぼりされるのは嫌であります、とパトレアは馬耳を下げる。そしてしばし考えると「何かあったら即帰りますよ!」と同行の意思を示した。

 シェミリザはにっこりと笑う。

「もちろん。さあ、じゃあ海の前に街にでも寄って水着を調達しましょうか」

「……? 自前の水着はありますが」

「それって水中での機動性チェックの時に使った簡素なものでしょう?」

 なお、このチェックの再にパトレアは水中でも走ることは可能で防水も完璧だが、生身の部分は人間並みのため水圧と呼吸の問題で『水中は避けるべし』という判断を受けていた。両脚が重くて塩分濃度が平均的な海ではすぐ沈むのだ。

「娯楽をメインに据えて出掛けることなんてなかなか無いことよ、ここは形からも入りましょう?」

「そういうことでしたら……はい! 風の抵抗が少なく走りやすいものを探しましょう!」

「ブレないわね……」

 そう言って笑いながらシェミリザはパトレアを集合場所へと連れていった。



 とある国の中に穏やかな海と美しい砂浜がある。

 ただしそう遠くない場所に険しい山が連なっており、ここをヒトの住む地域から隔絶していた。

 転移魔法で一番近場の街へ寄ったシェミリザたちは必要なものを買い集め、再び転移魔法で砂浜へと移動する。まさに絵に描いたような青い海と白い砂浜を見た伊織は金色の目を見開いて笑みを浮かべていた。


「――ヘルベール、あのさァ……」

「なんだ」

「ナレッジメカニクスの面子で水着に着替えて砂浜で遊んでる光景なんてさ、この数千年で想像もしてなかったんだケド……コレ現実だよネ?」

「お前よりは正気であるつもりだが、俺にも現実に見えるな」


 シァシァの言葉にヘルベールは目を細める。眼鏡に太陽が反射して眩しい。

 一同は砂浜にお手製のパラソルを立て、水着に着替えたのち各々好き好きに過ごしていた。それが伊織の望みだったからだ。

 当の伊織は本当にバイクを呼び出し、白い砂を舞い飛ばせながらパトレアと競争に興じている。

 シァシァとヘルベールはパラソルの下で座り込んでいた。完全にプライベートから切り離しているはずの存在と高露出で肩を並べているという奇異なるシチュエーションである。

 なおシェミリザは紐で結ぶタイプの黒色ベースのビキニ、パトレアも同じく赤色のビキニだがシァシァたちは特に眼福とは感じていない。特にシェミリザは元からよく肌を出す。

 オルバートは何やら海沿いに歩きながら何かを探していた。

 後ろ姿だけなら完全に普通の子供にしか見えない。

「……ッはァ~! なーにやってんだろ! もう今日はワタシも楽しんじゃお!」

「普段から悩んでいるようなセリフだな」

「アハハ! ワタシは悩みの種栽培のプロだヨ?」

 そう言いながらシァシァは立ち上がると右手で何かを――重力制御装置を手早く弄ると走り出した。伊織がいるためここしばらく使っていることが増えた装置だが、砂場だとまた勝手が違うため設定を書き換えたのだ。


「伊織君~! バイク! ワタシにも乗せて乗せて!」

「パパもバイク乗れるの!? いいよ!」


 丁度パトレアとの競争から戻ってきた伊織が手を振って応える。

 数秒遅れで追いついたパトレアは汗だくで砂に突っ込み、シェミリザに「少し休憩なさい」とつつかれていた。

「いやァ、乗り方は知らないケド一度生で触ってみたかったんだよネ」

「あっ、知らないのか……でも大丈夫、バイクが自分で動いてくれるし僕もついてるからさ!」

「へェ……高性能だな……」

 シァシァはぺたぺたとバイクのあちこちに触れ、そして伊織に「あ、なんか凄い気味悪がってます」と言われて笑うとそのまま伊織の後ろに飛び乗った。

 そして伊織越しに腕を伸ばしてハンドルを握る。

「そうだ、もし一人で乗りたかったんならごめん。なんか僕が離れすぎると送還されちゃうみたいで」

「あァ、そういうタイプの召喚か。大丈夫、こうして乗れただけココに来た甲斐があるってモノだヨ」

 そう言って笑うと伊織は安心した様子でバイクを発進させた。



「……」

 楽しそうな声と共にバイクで駆けていくシァシァと伊織を見送り、シェミリザは自分の頬に軽く手を当てて思案していた。

 バイクにも洗脳の影響が出ているのか自分の魔法の残滓が見える。

 召喚の際に訊ねてみたが、やはりバイク以外の召喚獣は呼び出せないらしい。ということはあのバイクが特殊ということだ。

(バイクはイオリの前世のもの。その頃からの繋がりなら……そうね、繋がりが強くて契約封印の余波を受けても出てこれたけれど、強いからこそ洗脳の影響も受けたといったところかしら)

 ならば特別警戒する必要はないだろう。


 藤石伊織という人間は今までナレッジメカニクスにいなかったタイプだ。


 そのためシェミリザも彼の変化をつぶさに感じ取れるほど熟知はしておらず、機微にも疎い。

 洗脳は上手く定着しつつあるのか、どこへどのような影響を及ぼしているのか、それらがパソコンのモニターに数値として出ることはなく、すべて自分で推し量るしかないため、シェミリザはここしばらく静かに伊織を観察していた。

 ――故に。

 もっとも身近な違和感を感じても意識的に見逃していたところがある。

「……あれ。伊織たちはまだ走ってるのかい?」

「ええ、さっきシァシァを乗せて走っていったわ。お昼時までに戻るといい……の、だけれど……オルバ? それは?」

 オルバートを見ると、彼は両手に山ほど貝殻を抱えていた。

 いつも通りの無表情でそれらを見下ろしながらオルバートは言う。

「伊織にあげようと思ってね。海の醍醐味のひとつだろう?」

 そう口にしながら無表情を崩す。柔和な笑みだった。伊織にコーヒーを飲ませた際も笑っていたが、オルバートがこうも自然に笑うのはいつぶりか。

(少なくともナレッジメカニクスを作ってからは無いわね、……)

 伊織は疑似的な家族を求めている。

 彼の望みをナレッジメカニクス内で叶えることは洗脳の安定に繋がる。

 それを目的にオルバートが伊織に応える形で表情の変化を強調していたのだと思っていたが――それなら本人がいないこの場では必要ないはずだ。

「……ねえ、オルバ。今はべつに柔らかい表情を作らなくてもいいのよ?」

 思わずそう口にすると、オルバートは特別大きな貝殻を眺めながら不思議そうにした。


「不思議なことを言うね。僕はそんな表情を作った覚えはないよ」

「ならさっきのは自然と出たものなの?」

「……? さっきの?」


 オルバートの視線がシェミリザに向く。

 そこにはぐらかそうという意図は見えず、自身の表情が随分と柔らかく、そして人間らしくなっていたことにはまったく気がついていないようだった。

 シェミリザは眉を顰める。


 様子を見るべきは伊織だけでなくオルバートもかもしれない、と。

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