第438話 ステラリカの患者 【★】
ステラリカは風の魔法で駆けつけた住民たちと共に戦う。
タコ型の魔獣は複数の土の槍に貫かれて身動きが取れなくなり、満足に攻撃を繰り出せずもがいていた。
そこへステラリカの抉り込むようなパンチが飛び、まさに目玉を飛び出させて地面に埋まる。
それは自らの意思で埋まっていた時よりも深く、パニックに陥ったように体表を様々な見た目や質感に変化させた後――そのまま八本の足をぱたりと落として沈黙した。
「……はぁ、っはぁ……」
拳を引き抜いたステラリカは肩で息をしてタコを見下ろす。
死んだふりという可能性もあった。ラビリンスで嫌というほどしつこい魔獣を見てきたのだ。
しかし幸いにもタコの肉体の瓦解は早く、さらさらと崩れると土や砂に混ざることなく散っていく。それを見送り、深い息をひとつついたステラリカはようやく脱力した。
「お姉ちゃん! 怪我は!?」
駆け寄ったシャウキーがステラリカに声をかける。
「大丈夫、かすり傷だけよ」
「でも目が……」
ステラリカはタコの墨を受けた目を閉じたままだった。
しかしタコ――魔獣の消滅と共に墨も消えたはず。恐る恐る開くと少し違和感はあるが問題なく周囲を見ることができた。
「魔獣がすぐ消えてくれて助かったわ。……これでもしかするとサバクミズハミガエルの中で成長の邪魔をしている物質も消えたかも。バルドさんたちに知らせましょう」
「! うんっ!」
移動は一番風の移動魔法が得意な住民がステラリカの手を取り、二人分の魔法を発動させて行なうことになった。
バルドと土地勘のある一部の住民たちは水場を起点にした砂漠方面を調べに行っている。
そこへ合流すべく向かっている最中、隣を滑るように移動していたアイマンが自分の手を見て言った。
「……土の槍など初めて作りました」
「まだ教えてなかったのにとても上手かったですよ。土の壁を作る技術を応用したんですよね?」
「はい。今回のことで我々も普通では体験できない気づきを得ました」
「気づきを?」
アイマンは頷く。
集落の南ドライアドが使える風の魔法は移動の補助のみだ。攻撃には転用できない。
しかし直接の攻撃に用いることはできなくとも、高度な土魔法を覚えた今ならああして接近し土魔法で攻撃する手段は有効である。
それを知ることができた、とアイマンは笑った。
「今はまだ攻撃に移るには一旦風魔法による移動を中断せねばなりませんが……いつか、ステラリカ様のように二種同時に使えるようになりたいと思います」
「……! きっとできますよ、皆さんとても筋がいいですから!」
あんなに自信のなかったアイマンが自ら先を見据えたことを口にしてくれた、そのことが嬉しくてステラリカは満面の笑みを浮かべて返す。
(まだ教えることは沢山あるけれど……きっとこの人たちなら大丈夫)
ここを離れる日になるまで精いっぱい教えよう。
それが今の私の役目だ、とステラリカは風に髪をなびかせながら目を閉じて思った。
***
地平線から高速で近づいてくるステラリカたちを見た時は驚いた。
彼女らと合流し、魔獣討伐の一報を聞いたバルドたちは全員で水場へと移動する。
タコ型の魔獣が原因ではない可能性もあったが――水場についた時、まだ息継ぎのタイミングではないというのに浮上し元気に泳ぐオタマジャクシを見て確信したのだ。
「ドンピシャリじゃん! やったなステラリカ!」
喜びのせいか今までで一番バルドらしいテンションで手を叩くと、アイマンたちは織人とのギャップに目を丸くしていた。
それに気づかずバルドは泳ぐオタマジャクシに目を凝らす。
「変態できなくて体調も悪かったのかもな、普段はあんなにじっと潜ってる奴じゃなかったのかもしれない。……あ! 後ろ足が生えてるぞ!」
「早いですね!?」
「早いな……普通のカエルなら数週間からひと月必要なはずだけど……」
停滞していた期間が長かったせいだろうか。
しかし普通のカエルと同じように見ていたが、そもそも成体になると恵みの雨をもたらす性質や数千年に一度現れるという点からして規格外なのかもしれない。
そう思っているとオタマジャクシが激しくもがきはじめ、そして。
「……前足が生えましたよ!?」
「早いな!!」
――やはり規格外だった。
じっとオタマジャクシを見ていたシャウキーがバルドの裾を引く。
「でもあれ、何かちょっと苦しそうにしてない……?」
「苦しそうに?」
バルドは四肢の生えたオタマジャクシをじっと見つめる。
オタマジャクシは口をぱくぱくさせて奇妙な動きをしていた。生えたての前足をしきりに動かしているが水を掻くためではないらしい。
「……何かを吐こうとしてるみたいだけど、頭がカエルになってないから上手くいかない……のか?」
「変なものでも食べちゃったんでしょうか」
「かもしれないな」
話を聞く限りではオタマジャクシの時は水ばかり飲んでいるようだが、その過程で異物を飲み込むということもあるだろう。
よし、とステラリカが腕捲りをする。
「ヒト専門なのでどこまで出来るかわかりませんが……私が診てみます!」
オタマジャクシを? とバルドを含む一同は目を丸くした。
ステラリカは頷いてみせる。
苦しんでいる患者は見過ごせませんから、と。
桃色髪のオルバート(絵:縁代まと)
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