第436話 影響を与えしもの 【★】
アイマンの証言により調査に『なぜ成体になっていないのか?』という視点が加わった。
単純に巨大な個体である。
成体になるには時間を要する。
何か理由があって成体に変態出来ていない。
様々な理由が浮かんだが、サバクミズハミガエルは稀少どころではない目撃頻度のため、そもそも情報が少なくどれもこれも憶測の域を出ない。
そのためまずは見える範囲の分だけでもオタマジャクシについての情報を集めようということになった。
まず初めに見た時と大きさは変わっていない。
今の大きさが最大級であり、それ以上は頭打ちのようだった。
通常のカエルならば成体になる前段階として足が生えたりと変化があるものだが、そういった兆候は見られずただただ大きなオタマジャクシという外見を保っている。
サバクミズハミガエルは特異な生態をしているため、通常のカエルと同じ目線で見ていいのかわからないなとバルドは唸る。
「これで魔獣じゃないなんて世界は広いな……今までも召喚獣じゃないここ固有の生物でも突飛な奴はちらほら居たが」
「こういう生物って……例えばカエルから見れば『カエルの長命種』とかそういった位置付けなんじゃないでしょうか? まあ長命種や短命種って「人間が起源であり他の種族はそこから派生したものである」みたいな古い思想から出来た言葉が定着したものなんで喩えに使うのが適切かはわかりませんが……」
ステラリカは自分とバルドを交互に指した。
「人間を基準に考えるとベルクエルフは長命で耳が良いですよね。排他的とかは文化の差なんで置いといて」
「ああ」
「あと人間は妊娠期間が九から十ヶ月でエルフ種は二年、外見年齢の変化が人間は寿命まで一定間隔で訪れてエルフ種は自我確立後は精神年齢に影響されて変化、とか。カエルとサバクミズハミガエルもそういった感じなんじゃないでしょうか」
そうして見ると特別おかしな生き物でもないのか? とバルドは自分の顎をさする。
なお巨体に関してはヘラジカのように巨大な鹿や伊織が遭遇したという大カラスなどもいるため深く考えないでおいた。
「あれを生物のカエルとして見るなら……成体への変態に失敗していると考えるべきか? 変態に必要なホルモンを生成出来ない個体で寿命まで延々と水を貪る存在になっている……? あとは」
「あとは……?」
「何かの研究結果で見かけたけれど、オタマジャクシに与える物質によって変態の遅延、促進等が引き起こされることがあるらしい。あいつ、何か別のものに影響を受けてる可能性があるな」
「じゃあ水場以外も調べて回った方が良さそうですね……そうだ!」
ステラリカはぱちんと手を叩いた。
「授業に取り入れます!」
「じゅ、授業に?」
「はい! 土は大地に生きる限り足元にあるもの。砂場や岩場だって下層は大抵土です。無から生み出さずその場にあるものを使うなら土の質の違いにより扱いも変わってくるので、課外授業しながら各所を見て回ろうかなと」
なお粘土層等も土として括られ、砂や泥も実用性はないが多少は影響を与えられるので操作を覚える訓練には使えるという。
滞在期間のことも考えるとステラリカには訓練に集中してもらおう、とバルドは考えていたため一石二鳥ではある。
(危険かもしれないが……土地勘のある者ばかりだろうし、それにこのままの方針でいる方が永住者には危険、か)
反応待ちをしそわそわしているステラリカにバルドは頷く。
「――よし、それでいこう」
***
魔獣は巨体とは限らない。
小さな姿でも見逃すまいと集中しながらステラリカたちは土の質が異なる場所を転々として訓練を続けた。
通常の土を操って任意の形にする、固い土を操って同様の操作をする、粘土質な土と通常の土が混ざったものを魔法で選り分ける、泥と砂を操って移動させる等々。初めは誰もが失敗し、そして各人の得手不得手がはっきりと出始め、その長所を優先して伸ばしていくことへ繋がっていく。
そして殺風景な場所で魔獣が姿を隠すなら砂の中だろう。
王都の情報で退治に向かった魔獣や、ここへ飛ばされた時に倒した魔獣も砂の中を根城にしていた。
土を使うことは掘り返すことにも繋がり、隠れている魔獣を炙り出すことにも繋がる。
そうして各所を巡り、時には岩場などで土を操作する訓練をしながら物陰を確認して回り、ステラリカは数日かけて魔獣探しと訓練を行なった。
元は東ドライアド同様ポテンシャルの高い種族である。南ドライアドたちの上達は早く、これが今まで衰退し苦しい生活を余儀なくされていたのだと思うとステラリカは胸が痛んだが、同時に成長が嬉しかった。
そのうち土を複雑な形に変化させられるようになった者、形が崩れない丈夫なものを作れるようになった者などが出始め、形は歪ながら長時間使える土製の日傘を初めに作ったのは他でもないアイマンだった。
「自分がここまで出来るとは……今なら見本で見せてもらった小屋も作れそうなくらいです」
「ふふ、作る時は見せてくださいね」
自信のなかった者の瞳に光が宿るのを見るのはとても嬉しく、同時に安堵した。
このままいけば無から土を作り出せる者も出てくるかもしれない。そうすれば更に暮らしが楽になるだろう。
もちろん魔法に頼りきりでは生活の輪が破綻し体も弱ってしまうため、適切な使いどころを教えていく必要もあるが――彼らなら上手くやれそうだ。
そう思っているとシャウキーがステラリカの手を引いた。
「お姉ちゃん、さっき土を浮かせたら変なものが出てきたんだ」
「変なもの?」
シャウキーに連れられて現場に向かうと、そこにあったのは――土の中の木の根だった。
周囲に木はない。
根っ子だけ? とステラリカが目を凝らすと、外気に触れていると『気がついた』木の根の表面でぞわぞわと色が動き回った。
「っ、何これ……!」
シャウキーは目を丸くしてステラリカにしがみつく。
ああ、海が近くないから見たことがないのか、とステラリカは妙な得心をしながら思った。
土の中で木の根に擬態していた生物。
それは全長一メートルほどの、タコのようなものだった。
ステラリカとシャウキー(絵:縁代まと)
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