第433話 ステラリカの提案
「いやはや本当にお変わりない。……ドライアドの身でこのような感想を抱く日が来るとは思いませんでした」
「アイマンは大分成長したね」
「これは老化というんですよ」
わざわざこのような訂正をするのも長命種のアイマンにとっては新鮮なのか擽ったそうにしていた。
アイマンの家へ真っ先に向かったバルドは金銭の用意や物々交換が難しいこと、そのため旅の準備支度のために何か仕事が欲しいことを伝えた。
前に訪れた時も似たようなことがありましたね、とそんな会話になった際のやり取りである。
「……あの時は荷物を落として大変な目に遭ったからなぁ……また世話になってごめんよ」
「いえいえ、気にすることはありません! それで仕事でしたか、ふむ……」
アイマンはしばし考えると「無理難題かもしれませんが」と前置きして言った。
「井戸を作ってくださった際に調査をお願いした魔導師がいらっしゃったでしょう、あの方に再び井戸が枯れた原因を探って頂けるよう取り次いではもらえないでしょうか……?」
「ああ……すまない、アイマン。あれは人間でね、僕のような特性もないしもう亡くなってしまったんだ」
「なんと」
「ただ同じような技術を持つ者は他にもいるはず、……いや、その前に僕も少し調べてみようか」
オリト様自ら? とアイマンは少し驚いた顔をする。
バルドは申し訳なさげに笑った。
「そんなに役立つ技能は持っていないから調べてみるだけになるかもしれないけどね」
「いえいえ! 我々もお手上げ状態なので……調べて頂けるだけでも励まされます」
そうアイマンが頭を下げたところでステラリカが長の家を訪れた。
集落の住居は玄関から入ってすぐ部屋に繋がる造りのため、アイマンが開けたドア越しにバルドを見つけたステラリカは「お話し中でしたか!?」と頭を下げる。
「いや、終わったところだから気にしなくていいぞ」
「そ、それならよかった……えっと、ちょっとアイマンさんにお聞きしたいことがありまして」
ステラリカはラクダの日除け小屋を作りたいこと、そして――土属性の魔法の扱い方について住人たちにレクチャーしてみたい、とアイマンに伝えた。
南ドライアドは土属性の者が多い。
魔導師の才能も他の人間以外の種族と同じく有している者が大半で、使いこなせていないのは国の環境のせいだろうとステラリカは考えていた。
「魔法って生まれた時から使い方を心得ている天才もいますけれど、普通は人生の先輩たちから学んで育つものなんです。魔法弓術が上手いとされるフォレストエルフだって教えてもらって練習しなければなかなか伸びませんし、ベルクエルフだって回復魔法はコミューンの同胞が使っているのを見て真似から始めます」
この集落は国の圧力と環境により魔法についての教育が甘く、そして有能な者は国に連れていかれてしまい残らない。
そのため徐々に子孫へ伝えられるノウハウが痩せ細ってしまったのではないか。
そう伝えるとバルドが唸った。
「たしかに前に来た時も思ったが……魔法の使い方が不安定だったかもしれないな」
世代交代の鈍い南ドライアドでもさすがに前回来た時よりは顔触れが変わっている。その代表が最初に会ったシャウキーだ。
思い返せばシャウキーはステラリカが作った土の器に感心していた。
他国の南ドライアドならあれくらい日常の中で当たり前に使っているはず。
「私もそこまで上手くないですけど、ここで土台をしっかり立て直せば今後ここで暮らしていく上で役立つと思うんです。如何でしょう……?」
「……! こちらこそお言葉に甘えさせて頂くことになりますが、ぜひ!」
アイマンは顔のしわを深めて頷く。
「自分も子供らに教えられればと考えたことがあるのですが、国に連れて行かれもせず残っていることからわかる通りまさに玉石混交の石でして」
「そんなことは――」
「いえ! 昔この国に争いが多発した時期がありまして、その頃に一度だけ国から『素質が少しでもある者を育てるべし』というお達しのもと指導員が派遣されたのですが……さっぱり駄目だったんです」
それは指導員が悪かったのではないか。
ステラリカは真っ先にそう思ったが、言葉だけでは自己評価の低いアイマンには届かない気がした。
(私はヨルシャミさんや叔父さんみたいにオーラが見えるわけじゃないけれど……それでも素質を見逃さず大切にしたい)
言葉で届かないなら実技あるのみ。
ステラリカはアイマンの目を見る。
「まず私が日除け小屋を作ってお手本を見せます。その後は希望者に手ほどきをするので皆さんに声をかけてください。あと」
「あと?」
「アイマンさんにも教えるのを楽しみにしてますからね!」
そう言って、ステラリカはポニーテールを揺らすとにっこりと笑った。
小屋を作るのはお手本という名のパフォーマンスである。
完璧に作れば『それを作った者に魔法を教えてもらえる』という宣伝も兼ねていた。気後れする者もいるかもしれないが、一人でも多く希望者に挙手してもらえれば、その希望者が成果を上げた際に再び宣伝となる。
ステラリカは注目を浴びることには慣れていた。
旅をしていた際に近い経験があったこと、王宮に叔父の助手として暮らしていた関係上視線を向けられる機会が多かったこと、そして――その叔父の容赦ない大声により、事情を知らない者全員に振り返られる経験が数多とあったことのおかげだ。「おかげ」である。ステラリカはおかげということにしている。
日中だというのにわざわざ広場まで出てきてくれた住民たちのざわめきに囲まれながら、ステラリカは「いきます!」と魔法を発動させた。
ステラリカが土属性の魔法を使う場合は『元からある土を使う』と『無から土を作り出す』の2パターンがある。
どの属性でもそうだが後者を行なえるほど能力的に高位だ。
作り出したものが何で出来ているのかは様々な説があるが、ヨルシャミの持論を借りるなら魔力自身が姿を転じさせているか、もしくは間接的に召喚に近いことをしているのかもしれない。
ステラリカはラビリンスで壁を作り出した時のように土壁を作り出すとそこに屋根になるよう変形を促し、出入り口となる部分と通気のための窓を作った。
所要時間はたったの十分ほど。
それもほとんどは「窓はこっちの方がいいかな?」という逡巡によるものだ。
「……という感じで、そこそこ使いこなせればこれくらいの成形なら魔導師の才能のある方なら使えるようになると思います」
「ほ……本当に?」
「ホントに?」
「本当にぃ……?」
「もっの凄い疑われてるな」
口々に本当か確かめる住民たちとバルドの感想にステラリカは苦笑いした。
「本当です、大丈夫ですよ。土の質を弄ったりする技術的な部分は器用不器用の差が出るかもしれませんが、南ドライアドは元々魔導師の才能が豊かですもん」
生まれ持った才能のせいでまったく魔法を使えないとなると話は別だが、ここにいる者たちなら鍛えれば見違えるはずだ。
「国に連れていかれなかったし日常生活に少し土魔法を使ってるだけだから、って皆さん自信がないみたいですけど……私、少しでもわかりやすく伝えられるよう頑張るので! 宜しくお願いします!」
「オ……オレはやるよ! 一番乗り!」
シャウキーが片腕を上げたまま走り出てくると、他の住民も顔を見合わせながらざわついた。
「もしあれだけ使えたら家の修繕ができるかも」
「うちの壁も大分欠けてるんだよね」
「儂も新しいヤギの小屋を作ってやりたいな」
「水を運ぶかめもデカいやつにできるかも……」
そこへシャウキーの質問が混じる。
「お姉ちゃん、土魔法で水場からここまで水路を引けないかな?」
「結構距離があるから……私だけだとかなり時間がかかりそうだけれど、皆の魔法が強化されれば出来るかもしれないわ」
その言葉に住民たちが一斉に目の色を変えた。
「そ、それならってみるよ! ダメで元々ってやつで!」
「やるやる! 思う存分水を使いたいんだ……!」
「私も! 正直自信はないけどさ、使いこなせるようになる奴が出る確率は少しでも上げたいしね」
「皆さん……」
ステラリカはきょとんとした直後、嬉しそうな笑みと共に自分の拳を握った。
「じゃあ頑張りましょうね! まずは魔力操作の基礎訓練からです!」





