第430話 女装交流会・結論 【★】
「――やっぱり働きたくないわね!!」
高らかな宣言にヨルシャミは何もないところで転びそうになった。
そのままテーブルに手をつきながら「この期に及んでそれか!?」とペルシュシュカに詰め寄る。
しかしたじろぐことなくペルシュシュカは言った。
「多分この中で一番長く生きてるのは……そこの長身のベルクエルフでしょ。1500から2000ってところかしら? アタシはその倍以上は生きてる。で、若い頃にい~っぱい働いたから今はもう働きたくないのよ。具体的に言うと日がな一日好きな時間に寝て起きて食べて女装男子を眺めていたいわけ!」
「本当に具体的であるな……!」
「うふふ、このためにアタシは好きでもない労働をしたのよ」
つまり今は第二の人生、老後のようなものらしい。
ペルシュシュカは『女装だからといって単純な女口調にすること』を弄られたことがある。これも趣味の一環である上、他人に強要はしていないのだから放っておいてくれというのが本音だ。
聖女一行の女装するだけでなくそういった点に言及してこないところは評価してるわ、と彼は言った。
「でもね、重ねて言うけど働きたくないの。……けどちゃんと楽しませてくれたことに見合った仕事はしてあげる。アンタたちの希望通りじゃないかもしれないけど、知り合いの占術魔導師を紹介するから我慢してちょうだい」
アタシよりは劣っちゃうけどね、とペルシュシュカは肩を竦めた。
たしかに有益な紹介も仕事ではある。
そこで残念そうに、しかし諦めきれない様子でじたばたしたのはミュゲイラだった。
「なんでだよ〜、楽しんでたじゃん!」
「足りないの。メルキアトラは二回目だけれど不慣れでしょ、他の子も一緒。辿々しい様子も好きだし最高に良い様子を記憶できたけれど――」
「脳に記憶されてると思うと複雑だな」
「初々しさの他にももう少しバリエーションが欲しかったわ。そうね、女装に慣れ親しみ使いこなし我ものとした玄人も見たかったかしら」
その言葉にヨルシャミは首を傾げた。
「む? それならそこにいるではないか」
指を差した先には――サルサムの姿。
骨格レベルで変わっているように見える女装である。
しかも声だけでなく匂いまで元の本人のものとはかけ離れており、それはサルサム自身が調合した香水によるものだった。
元々仕事柄体臭を消す癖がついているサルサムだが、それでも僅かに男性を思わせる匂いがする。
それを上手く掻き消しつつ、しかし相手に不快感を感じさせない匂いの強さに調整された香水だ。
身長は女性にしてはやや高いが、発育の良い者が多い王都等ならよく見られるものである。
ウィッグも一体何で作ったのか本物の人間の髪の毛に酷似していた。――準備期間中にサルサムが「ちょっと交渉して材料を集めてくる」とどこかへ行ったことがあるので、もしかすると本物である可能性もあるが。
なんにせよこの中で一番ペルシュシュカの希望に近いのはサルサムだろう。
「慣れ親しんでるのも趣味というわけじゃないけどな」
仕事だ仕事、とサルサムは自分へのフォローを忘れない。
お眼鏡にかなうだろうとヨルシャミは考えていたが、しかしペルシュシュカはきょとんとしていた。
「……? 何いってるのよ、その子は女じゃない」
――ペルシュシュカにはそう見えていたらしい。
女性陣も点数稼ぎに参加していたため違和感がなかったようだ。サルサムは少し困った様子で喉に触れる。
「――俺は男だが」
「お、とこ……?」
完全に男の声音に戻ったサルサムを見てペルシュシュカは更にきょとんとした。
そんな素の表情をすぐ正すも、あることに気がついて口元を手で覆う。
「そんな……アタシが女装男子を見間違えた……!? そこの女の子を着てる子はともかく普通の人間なのに!?」
「女の子を着てるとか言うでないわ……!」
複雑げな顔をしているヨルシャミには触れず、というよりも触れる余裕がない様子でペルシュシュカは低い声で言った。
「こんな……こんな経験初めてだ、未知と遭遇した気持ちも合わせて最高だし、初めて女装子に触れたいと思った……!」
「それはやめてくれ」
「冷たいあしらいも最高! 2万点!」
ペルシュシュカはすっくと立ち上がる。
「そして面白い! いいぞ、今回は協力してやる!」
「……! やりましたね、サルサムさん!」
「俺としては複雑なんだが……」
結果はどうあれ占術魔導師の協力を得られることになったのだ。伊織やバルドたちとの再会が近づいたようで、リータは満面の笑みを浮かべた。
(なんか予想と違うことになったが……まあいいか)
リータの嬉しそうな顔を見たサルサムは心の中で思う。
そうして詳しい話を行なう前に女装を一旦解くことになった。オンオフの差もそれなりに楽しめるからとペルシュシュカの許可もある。
そして――
「元はそんな地味なのか!? 嘘!? ギャップと技術力の高さに3万点!」
「もう採点は終わってるんだが」
「あと俺ん家の合鍵もつけちゃうぞ!」
「それもやめてくれ!」
――そんな騒がしいやり取りが行われたのだった。
ねむたげリータ(絵:縁代まと)
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