第424話 真似をしていたのか 【★】
南ドライアドの集落は井戸のある広場を中心に住居が密集した形をしており、井戸に面した一番大きな家が長の住処のようだった。
そこへ通されたバルドとステラリカは水と少ないながら食糧を振る舞われ、バルドは長――アイマンとしばらく話をする。
どうやら織人として初めてここに訪れた際に地盤調査・地質調査を得意とする魔導師と集落を引き合わせ、遠くへ水汲みに行かなくても済むよう井戸を作った上、近隣の魔獣退治にも尽力したらしい。
顔が広かっただけだよ、とバルドは笑う。
それを横から見ながらステラリカは僅かな居心地の悪さを感じていた。
オリト、と呼ばれてからバルドがまた別人のように見え始め、知り合いが誰一人としていない異邦の地に放り出されたような気分になったのだ。
(せめてマッシヴ様たちが傍にいればバルドさんも元のバルドさんらしく……、……でも前世ではマッシヴ様の旦那さんだったっていうのが本当なら逆効果かも……?)
そもそもバルドらしくあることが正解なのかステラリカにはわからない。
記憶が戻り、元の人格がはっきりしたのならそちらに偏っても何ら問題ないのではないか。
しかしずっと『バルド』と旅をしてきた皆はどう思うのだろう。ステラリカはそれが気がかりだった。
「よし、ステラリカ。大体の現在地ははっきりした。その上でやるべきことは多いが、数日ここで旅支度を整えさせてくれるそうだ」
考え込んでいたステラリカはバルドの声にハッとすると「あ、ありがとうございます!」と頭を下げた。
「それで、現在地というのは?」
「前に来た時と国の名称は変わっていたが、ここはパルワ・セタ大陸のレプターラという国だ」
ステラリカは仰天して声を出しそうになったが、どうにかこうにかすんでのところで思い留まる。
自分たちが元々居たベレリヤがある大陸とは海を隔てた別の大陸だ。
そして何より――
「ベ、ベレリヤを敵視してる国じゃないですか……!」
――戦争を吹っ掛けるほど完全なる敵対をしているわけではないが、事あるごとに明らかな敵視をしてくる国だった。
そうなんだ、とバルドは頷く。
「つまり国のお偉いさんに話を通して最短距離で帰してもらう、というのは実現不可能ということになる。しかしベレリヤへの船も出ていないし、自力で帰るのもなかなかに難しいだろうな」
「船を作ってこっそり出て行くっていうのは……」
「……ステラリカ、海を渡ったことは?」
パルワ・セタ大陸以外なら何度か、とステラリカは海の名前をいくつか挙げた。
バルドは頬を掻く。
「ここの海は広大で天気もよく荒れるんだ、今も変わってなければだが。そんな海を航海技術のない素人が手作りの船で渡るのは自殺行為だよ。僕一人ならいつかは辿り着くかもしれないが、下手をすれば死ねないまま海を延々と彷徨うことになる」
だから、とバルドは自分の言葉を継いだ。
「この大陸にいる知人を訪ねて協力してもらえないか頼んでみようと思うんだ」
集落と引き合わせた魔導師のように、織人として生きていた頃の知人はそれなりにいるという。
その中には転移魔法を使える高位魔導師もいる、とバルドは言った。
「ベンジャミルタというエルフノワールの魔導師でね、しかし厭世家で人里離れた場所を転々とする人物だったから生きていても見つけるのに苦労しそうだ。そこで彼の親友であるシャリエトというエルフノワールを先に見つけたいと思っている」
「親友なら居場所を知っている的な……?」
「そういうことだ」
あれはベンジャミルタを見つけることには天才的だったから、とバルドは笑う。
「まずはシャリエトが最後に住んでいた街を目指してみよう。そう簡単には引っ越さない性格だったはずだ」
「わかりました、じゃあ早速準備を――」
「ああ、いや」
バルドはアイマンをちらりと見る。
「こんな状況だが礼も兼ねて宴を開いてくれるらしい。それに疲れてるだろう、客人用の家をひとつ用意してくれるそうだから今日は休んで明日からにしよう」
たしかにステラリカも体力の限界を感じつつあった。
いくら水分補給や食べ物にありつけたとはいえ、ラビリンスでの戦闘からそのまま地続きで砂漠を彷徨うことになったのである。そう簡単に回復する疲労ではない。
魔力の回復にも専念した方が良さそうだ。そう考えたステラリカは頷く。
そうして案内された住居は普段はアイマンの親類が使っており、手入れの行き届いたものだった。
ステラリカは生活臭のある場所を貸し切りにされるのが申し訳ないようだったが、この辺りの風習としては普通だ。
そこでバルドは南ドライアドの青年に髪の長さを整えてもらっていた。事前に頼んでおいたのだ。
カマキリ型召喚獣の鎌により首と共に切られた髪は長さが整っておらず、時折長いまま残っていた部分が首を擦って集中しづらかったのである。
整った毛先を触りながらバルドはほっとした顔をした。
「なんというか、やっぱり短い方がしっくりくるな」
思えば記憶の一部を思い出してから髪を結うのをやめたのも、不精髭を剃るようになったのも織人としての感覚からだったのだろう。
(……)
バルドとしての自分を思い返す。
粗野で子供っぽく、女好きで行動力があり、しかしどこかズボラでいい加減。
それは、そう、遥か昔に共に旅をしていた男にそっくりだった。
顔に傷跡のある桃色の髪をした男。
行商人をしており、その道中でバルドを拾い養子にした義父。
この世界での家族を失ったばかりのバルドにとって、彼は第三の家族だった。
(……オルバート)
なぜかナレッジメカニクスの首魁と同じ名前をしている彼を思う。義父は人間であり、バルドは彼の死を見届けた。それは恐ろしいほど昔のことだった。
義父のことをバルドは恩人と感じ、大切に思っていたことを思い出す。
(あいつみたいに生きてみたいと何度も思った。……そのせいなのか? 僕はあいつになりたくて真似をしていたのか?)
しかしバルドとして生きていた時間はとても楽しく、そして――真似だと思っているのに、今もまだ『自分』だと感じていた。
自分はバルドとして振る舞うべきなのか、それとも織人として振る舞うべきなのか。
バルドはそれを決めあぐねている。
そんな気持ちで鏡を見ると、髪の短くなった自分はナレッジメカニクスのオルバートにそっくりだった。
バルド+差分(絵:縁代まと)
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