第422話 目的地と同行者 【★】
静夏たちが王都に向かっている間、ヨルシャミはラタナアラートでセルジェスの手助けをしながら捜索の糸口を探していた。
里の方針は有力者の中にセルジェス寄りの考えを持つ者が見つかったことにより、当初より人間側に歩み寄ろうという考えが出始めている。
その有力者は合併前の里長の近縁であり、里の中でも古参のベルクエルフだった。
「ラタナアラートの里長が没した時も「自分は隠居するから」と次代の里長から辞退していた方なんですが……今回の事件と僕の考え方を聞いて意見が変わったそうなんです」
「そういえばうちの家は父母の代からオープンな考え方をしていたそうだけど、そんな両親を支援してくれたと聞いたことがあるね。……そうか、古くから居るベルクエルフなのに我々寄りの思考だったなら……閉鎖的な里の長に就くなど真っ平御免だったのか」
エトナリカはそう呟くように言う。
外の世界を拒む気はないが、里の考え方を変えようと思うほどの熱意はない。
そして外の世界に興味はあれど、恐ろしくて出ていくこともできない。
――少し前の自分とそっくりだとセルジェスは手元を見る。そんな同族の気持ちを少しでも動かすことができたなら、それがもし実を結ばなくても大きな一歩になるだろう。
「……僕は彼に次期里長を担ってもらえないか説得する方向でいこうと考えています」
「恐らく長い道のりになるだろうが……励むのだぞ、セルジェス」
ただセラアニスが心配するから無理はしすぎるな、とヨルシャミは緩く笑みを浮かべた。
***
ナスカテスラは静夏たちと共にラタナアラートへの帰路を急いでいた。
今回のような一時的なものではなく、恐らく長期になるであろう王都の不在期間についてはアイズザーラに話を通してきた。
幸いにもヨルシャミたちによる強化訓練により数名の水属性魔導師が頭角を現したため、ナスカテスラの抜けた穴を完璧に埋められるほどではないが「姪が行方不明なんやろ、気にせんと行って来ぃ!」と送り出してくれる程度には余裕がある様子だ。
それにこれはアイズザーラの気遣いも大きい。
(家族が行方知れずで不安な気持ちがわかるから、か……)
かつて友人だった王族もそんな考え方をする人間だった。
こうして異種族との間に繋がりを感じる時、ナスカテスラは里を出て良かったと強く感じる。
第三者から見ればステラリカの行方不明は「聖女一行と関わったから」と思われるかもしれない。
しかし関わったのはナスカテスラやステラリカの意思であり、結果は仄暗いものになってしまったが――そういったことにも、ナスカテスラは繋がりを感じる。
良い繋がりばかりではないが、こういうものを感じるためにナスカテスラは里の外に出たのだ。
姪だけでなくバルドや伊織も見つけ出す。
そんな気持ちでラタナアラートに帰還し、今後目標にできそうな事柄を里で待機していたヨルシャミたちに知らせた。
「……ふむ、占術魔導師のペルシュシュカか……私は聞いたことがないが、有名なのか?」
「俺様は旅をしていた頃に何度か耳にしたな、まあ占術特化なんて変なのがいるぞっていう宜しくない噂だが!」
「メルキアトラ誘拐事件の時に会わなかったのか?」
「丁度そのタイミングでステラリカと一緒に南部の毒沼に五百年に一回だけ生える珍しい植物を採取しに行っててね! 帰った頃には全部終わってたんだよ!」
そんな場所に同行させられたステラリカの胸中を想像しつつヨルシャミは「なるほど」と遠くを見た。
「父様曰くペルシュシュカはドライアドの青年らしい。占術に属する魔法を学びにこちらの大陸へ渡ってきたそうだ」
「ドライアド……ナレッジメカニクスのシァシァもドライアドであったな。もし南ではなく東ドライアドなら何か知っている可能性もあるか……?」
ドライアドは長命且つ有能だが個体数が少ない。それ故にドライアド同士が同種というだけで顔見知りである、ということも人間よりは多いのだ。
この特徴は東ドライアドが特に顕著であり、それは住んでいる土地の影響もあるのかもしれない。
「あれ? でもペルシュシュカって東の方の名前じゃなくね?」
ミュゲイラが不思議そうに首を傾げる。
「言われてみればそうだが……まあ個人的な理由でもあるのだろう」
「土地に合わせて改名する長命種もいますもんね」
リータの言葉に頷きつつ、ヨルシャミは静夏を見た。
「ではその癖が強そうなペルシュシュカの協力を得るべく住処に赴く……というのが一先ずの目標ということになるか」
「ああ。そして住処を転々とするタイプではないと聞いている。よって移動は転移魔石を使おうと考えているが……どうだろうか?」
常時なら道中もなるべく自分の足で移動し魔獣を退治しながら進むが、今はとにかく早く手がかりがほしい。
故にいいのではないか、とヨルシャミが頷くとサルサムも同じように頷いた。
「王都で先にこの話を聞いた時に、メルキアトラ殿下が誘拐された際にペルシュシュカの所在地を調べた資料を見せてもらった。そこに地図もあってな、……さすが王族だ、高低差まで詳しく載った高精度の地図だった。これなら座標指定も楽だ」
だから任せておけ、とサルサムが言うと静夏は「恩に着る」と微笑む。
「では決定だな。まずはペルシュシュカの元へ向かう。その後は得た情報を軸に動きつつ魔獣退治をすることになるだろう」
「数名とはいえ国の防衛力を借りることになりますもんね、それだけ分の働きはしますよ!」
ミュゲイラは力こぶを作ってみせる。
そこにサルサムが「ただ若干胃が痛い話があるんだが」と続けた。
「胃が痛い話?」
「この方針で決まったってことはこれも決まったも同然なんだが……」
サルサムはちらりと静夏を見る。
頷き、言葉の続きを継いだ静夏は言った。
「ペルシュシュカへの援助依頼には――メルキアトラ兄様も同行する」
その一言でヨルシャミはぎょっとし、静かに話を聞いていたランイヴァルは思わずイスから立ち上がった。
「メ、メルキアトラ殿下が、ですか!?」
「ああ、どうやら前回助けた際にペルシュシュカが兄様を気に入ったらしくてな……怠け者だというペルシュシュカが頼みを断わる可能性は十二分にある。なら少しでも受けてくれる可能性を上げたい、と兄様から申し出てくれたんだ」
「し、しかし、王族がそのような理由で王都を離れるとは……」
各々が持つ役割を果たすために各地へ出向くことはあるが、個人的な理由で出ていくのは珍しい。特に魔獣被害の多い昨今は。
耳が痛いな、と笑いつつ静夏は言う。
「お忍びという形になるだろう。だが護衛は我々が受け持つ」
「聖女マッシヴ様が護衛なら申し分ないでしょうが……しかし……」
恐らくランイヴァルはついては行けない。モスターシェやミカテラならともかく、魔導師長であるランイヴァルが遠征以外で王都を不在にするのは今ですら長すぎるのだ。そろそろ通常業務をこなさなくてはならない。
伏せられたことではあるが静夏も王族。
王族が王族に護衛され出て行く先に同行できないことが不安感の原因だとランイヴァルもなんとなく理解していた。
「大丈夫だ、ランイヴァル」
――しかし静夏がそう言うと本当に大丈夫だという気分になってくる。
ランイヴァルは小さく「はい」と頷いた。
メルキアトラの同行も決定。
明日この一報と共にサルサムだけ転移魔石で王都に戻り、メルキアトラを伴って戻ってくることとなった。
ラタナアラートから王都に向かう際や戻りは消耗した人間や馬がいたため使用を控えていた転移魔石だが、ここにきて突然の大仕事を任された形になる。
それはつまりサルサムの大仕事でもあった。
一応緊張はする。王宮に泊まったことはあれど未だに雲の上の人物であることに違いはない。
しかしそんな緊張など深呼吸ひとつで抑え込み、サルサムは明日に備えて脳内シミュレーションに勤しんだ。
話し合いが終わったところでヨルシャミが「そうだ」とナスカテスラを呼び止める。
「ナスカテスラよ、折り入って相談があるのだ」
「相談? いいとも! 聞かせておくれ!」
ヨルシャミは寝室を指さして言った。
「――お前に診てほしい者がいる。夢路魔法の世界へ同行してもらえないだろうか」
ナスカテスラ、ステラリカ(絵:縁代まと)
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