第415話 ヨルシャミと静夏
ひとまずランイヴァルはラタナアラートに残り、数名の騎士団員により保護した調査員を王都へと送り届けることになった。
それに随伴する形で静夏らも王都へ引き返し、事件の詳細を報告する傍ら、伊織、バルド、ステラリカのいる場所の目星をつける手段を探す。この広い世界を闇雲に探すのはあまりにも無謀だ。
伊織は恐らくナレッジメカニクスと共にいるため、彼らの情報を集めることから始めればいいが――バルドとステラリカはまったく手がかりがない。
人工転移魔石ですら転移できる範囲が至極広いのだ。魔導師による高度な転移魔法ならそれこそ世界中が対象だろう。
何はともあれ希望はまだ捨てられない。
「……」
薄暗くなり始めた中、木々の合間でヨルシャミは闇属性の攻撃魔法の最適化をテストしていた。
影を溜めておく、というのは感覚さえわかれば実現可能なことだった。シェミリザによりそれに気づかされたのは癪だが、だからといって活かさないのはもっと癪だ。
影の針の遠隔操作、貫通力のチェック、闇による圧縮の速度向上。
そして闇のローブの生成にも着手してみたが、これは魔法のレシピがわからないため上手く再現できなかった。
ただし『身に纏った闇により行動補助をする』という目的がはっきりとしているため、ある程度再現できればあとは自力で調整できるだろう。
(現段階ではローブというより襟の一部のようだが)
面積を増やすと維持に集中力が割かれすぎるのだ。この辺りは要調整である。
更に補助も全自動か指示式かパターンの設定式か決めていない。シェミリザのものは一体どれだったのだろうか。
一通り終えたヨルシャミは振り返り――木の陰に静夏がいるのに気がついて思わず飛び跳ねそうになった。
「シ、シ、シズカか! 叫ぶかと思ったぞ!」
「驚かせてすまない、邪魔しては悪いかと思ってな……魔力は問題ないか?」
ヨルシャミはこくりと頷く。
「実力を出しやすい夜に試してみたが、それでも十二分に回復しているな」
「それはよかった。……傷も残らなくて安堵している」
大きな手でよしよしと頭を撫でられ、ヨルシャミは擽ったい気分になったが払い除けはしなかった。
代わりに視線を落とす。
「どうした、……と問うのは愚問か」
「――シズカは気にしなくていいと言うだろうが、やはりみすみす目の前でイオリを連れて行かれたのが不甲斐なくてな」
ヨルシャミはツリーハウスのある方向を見る。そこで待っている人々の中に伊織はいない。
それだけでなくニルヴァーレまでもが不安定な状態に追い込まれたのだ。魔石をそのまま持つ方が都合がいいこと、そして加工は出来ないことにより石が無防備であることはわかっていたはず。
自分がもっと気を割いていれば防げた人為的ミスなのではないか。
そんな思いが湧くたび、自分のせいだとヨルシャミは心の重さを自覚した。
「私は契約したのだ、イオリと共にいると。……しかしそれを違えてしまった」
「……それほどまでに伊織を大切に思ってくれてありがとう、ヨルシャミ」
突然の礼にヨルシャミは少し驚いた様子で静夏を見上げる。彼女は目を細めて笑っていた。
「私はほとんどの時間を病院で過ごしていた。故に伊織の友好関係も世の母親ほど把握していなかったが……恐らく伊織は周囲の人々とあまり関係を掘り下げていなかったように思う」
入院中の静夏に伊織は学校行事やテレビの話題はよく話したが、友達の話題はちらほらとしか聞かなかった。
それも一緒に遊びに行った等ではなく、授業中に消しゴムを拾ってくれた等の些細なことくらいだ、と静夏は言う。
「……自宅療養中からそうだった。きっと私のせいで様々なことを我慢していたのだろう」
「お前のせいでは――」
「体が弱いのに何故子供を作ったとよく言われた」
バックアップも出来ないのに無責任だと静夏は縁の深い者から浅い者まで言われてきた。中には静夏本人に伝える気のないものもあったが耳に入ってしまったのだ。
夫の織人が死んでからは特に顕著で、様々なサービスを利用したが自分の手では母としてやってあげたいことはほとんど叶わなかった。
そうして成長した伊織は「僕だけでも大丈夫だよ」とほぼ一人暮らしと変わらない生活を選択したのだ。
しかしあれも無理をしていたのだろう。
当時の静夏はそれに思い当たっても何かしてやれる体力がなかった。
「私では伊織の寂しさを解消してやることはできなかった。新たな世でそれを叶えたいと願っていたが……それが叶うよりまず、今こうしてイオリを想ってくれる人がいること、それが嬉しい」
私が喜んでいい立場かはわからないが、と静夏は続ける。
「だ、だが、私は――」
ヨルシャミは安堵と困惑を感じた。
静夏は契約を違えた自分まで許そうというのだ。
静夏はヨルシャミの罪を知っている。シェミリザの件も、伊織との件も。
本人も息子を拐われ仲間が行方不明とあらば不安でいっぱいだろう。どれだけ心の支えがあっても。
だというのにここまで気を遣ってもらったのが申し訳なかった。
静夏はヨルシャミの肩に手を置く。
「私はもうお前を家族だと思っている。お前が嫌でなければだが」
「家族……」
そうか、これは母の情か。
そう気がついたヨルシャミの脳裏に実の母の顔が過ぎる。彼女への印象は恐ろしい師といったものばかりで、それは父も同様だった。
きっと血縁ではあったが家族ではなかったのだろう。
「……」
家族は、これだ。
そう理解したと同時にヨルシャミはぼろぼろと涙を零した。静夏は驚いたが、それ以上に本人もぎょっとして目元を覆う。
「なんっ……いや、違うのだ、これはっ」
涙を流すなどいつぶりか。
あまりにも久しぶりすぎて止め方がわからない。これでは冷静に話が出来ないと慌てていると、静夏が膝立ちになりヨルシャミを緩く抱き締めた。
「誤解はしない。大丈夫だ」
「……」
「お前は様々なことを抱えられるとても凄い人物だ。しかし時には涙を流すことも必要だろう」
ヨルシャミはそれでも涙を止めようとしたが――観念したように静夏の服を掴むと俯く。
「すまぬ……、しばし胸を借りる」
涙声でそう言うと、静夏は微笑んで頷き母親のようにヨルシャミの背を撫でた。





