第405話 私の罪 【★】
エルセオーゼの家族を守るために作られたラビリンス魔法は、侵入者なら同族であろうが敵とみなす。
大百足に課せられた制約は里の者を襲わないこと。
酷く不安定ではあるが、このラビリンス内でのみナスカテスラを始めとしたベルクエルフは『里の者』という属性から切り離される。なにせ空間そのものに敵と見なされているのだから。
ヨルシャミはセラアニスとは別人だ。
娘の肉体ではあるが家族認定されなかった。それが別人の証左である。
エルセオーゼは心のどこかで安堵しつつ、その安堵の陰にあるどす黒い感情から目を逸らしながら静夏の死角を探す。その死角を狙って攻撃するのではなく、一気にヨルシャミに接近しようと狙っていた。
ヨルシャミは魔力以外はある程度回復したのか、誰かに支えられることなくナスカテスラたちの背後にいる。ただし魔法を使えない彼は非力であるため、大百足討伐に直接参加することはできないでいた。
「エルセオーゼよ、なぜこのような行動に至ったか話してはくれないか」
ヨルシャミへの視線を遮るように静夏が割り込む。
エルセオーゼは至極嫌そうな顔をした。
「話したところで説得などという無駄なことに使われるなら口にせん方がマシだ」
「だが――」
「くどい!」
そう叫ぶように言い指を折り曲げた瞬間、静夏の足元にクレバスのような切れ目が現れた。塔の内部を更に弄ったのだ。
あわや落下しかけた静夏は亀裂に四肢を突っ張って耐える。
本来なら多大な下準備を必要とするそれを無理やり行なった結果、エルセオーゼは全身の血管の一部が切れて内出血を起こすのを痛みと共に感じた。だが成功する確率は低く、これでも随分軽い代償で済んでいる。
(魔力も残り少ない……ここで大きく消費するのは得策ではないが)
それでも更なる追撃だと今度は切れ目を閉じるよう操作した。
どの道この状態でぴったりとマークしてくる静夏をどうにかしなくてはヨルシャミに一撃を加えることは難しいのだ。聖女を殺し、その事実に聖女の仲間たちが狼狽え隙ができたところを狙う。そうエルセオーゼは行動を起こそうとしたが――静夏は閉じようとする亀裂を押し返していた。
筋肉の力だけで、だ。
この空間におけるエルセオーゼの操作による変化は地震を起こすプレートの移動並みのパワーを持っている。敵にはどうやっても不動であるものは動かせないし、エルセオーゼが動かしたものを止めることもまた無理であるはずだった。空間の主であるエルセオーゼですら小さく動かすだけでも大きな労力が必要なのだ。
聖女マッシヴ様は筋肉の神の加護を得た者。
そんな話を聞いたことがあるが、これはもはや筋肉の神そのものではないのか。
エルセオーゼはぞくりとした寒気を感じ、静夏に向かって大量の木の根を向かわせた。
だがそれが辿り着く前に突っ張っていた両腕の力で「ふんッ!」と跳び出した静夏は空中で木の根をすべて蹴散らす。恐ろしい光景だ。
静夏が抜け出すなり閉じた亀裂による轟音が辺りに響き渡る。
「ヨルシャミを殺すことがお前の後始末と言ったな」
着地し、木の根を投げ捨てた静夏が言う。
「肉体をあるべき状態に戻す、それはお前が娘を二度も手にかけることと同等だ。そんなことはしなくていい」
「無駄だとわかっていながらそんな話をするか!」
「私も初めはそう思った」
静夏はエルセオーゼの決意の固さを感じ取った瞬間、説得の無意味さを理解していた。何があろうがエルセオーゼは止まらないだろう。
もしセラアニスがヨルシャミの中で生きていると知ったところで、他人の脳を間借りし魂を再構築した娘を「不完全な蘇生」と憐れみ殺そうとするかもしれない。むしろその危険性が高かった。
いくら本人が納得していても、セラアニスの置かれた現状は第三者にはとても酷い状況に感じられるものだ。
「……だが私もお前も誰かの親。無駄だからと言葉を交わさぬことは私にはできなかった」
「儂はもはや親である資格などない。家族を駒として使う者を親などと呼ぶな」
敵意を剥き出しにしたエルセオーゼは再び亀裂を生じさせようと意識を集中させ――しかし酷使された魔力の反発で喉奥からせり上がってきた赤黒い血を吐いた。
離れた位置から声がかかる。
「エルセオーゼ、やめろ! それ以上酷使すれば不発どころか失敗するぞ!」
ヨルシャミだ。恐らく魔力の流れでも見ているのだろう。
しかし自分よりも枯渇しておきながら最後まで不発はあれど失敗はしなかった彼と自身との対比が露わになり、エルセオーゼは歯を強く噛み合わせる。
魔法の失敗や暴発は魔導師自身に害が及ぶ。それをヨルシャミは危惧しているらしい。
しかしエルセオーゼにとっては自分と天才との力量の差を見せつけられたかのような不快感があった。
自分が弱く、これ以上成長を望めないせいで里が守れないのだ。
――故郷を守れなかったのだ。
「儂は……お前が憎くて堪らない。そんな相手の言葉など聞くものか」
「なぜそこまで頑なになる!?」
エルセオーゼは説得の材料にさせまいと延々伏せていたものが心の中で亀裂を走らせた、そんな気持ちになった。
ただ蘇っただけだというのに、新鮮なほど鮮烈な怒りが体を駆け巡る。
それは自分が愚か者である前提で、それでもこの千年間思わずにはいられなかったことだった。
「――ッなぜだと! すべてはお前が悪いのだ、ヨルシャミ! なぜ世界の神を呼び出す方法など思いついた!? なぜそれを外部に漏らした!? なぜナレッジメカニクスが強硬手段に出る前に協力しなかった!?」
大きく息を吸い、肺の中身をすべて出す勢いで言う。
それはもはや叫びだった。
「世界が壊れるかもしれないだと!? ならば……ならばその時壊してくれたならば、儂は……儂は……」
世界が壊れることで娘の死は回避出来ぬとも、自分で手をかけることはなかった。
そんな利己的な想いが常にあったのだ。
なんと汚らしい親だろうか。そうエルセオーゼは感じ、自分が生き残ることは諦めた。
「儂が殺したセラアニスのためにも、これだけは成し遂げなくてはならん!」
そうエルセオーゼが無理やり多種多様な木々を背後に生やしながら言った言葉。
それを耳にした瞬間、ヨルシャミは緑の髪を垂らして俯き、そして暗い目を伏せ――次に目を開けた時は、怒気を孕んだ目をしていた。
「それは、私の罪だ。あのような方法を思いついたこと、世界を危機に立たせたこと、そして愚かにも一人で抱えられず他者に漏らしたこと、すべて私の罪だ。その連鎖でお前が娘を手にかけねばならなくなったのならば――セラアニスを殺したのは、私なのだろう」
だがこれだけは言わなくてはならない。
ヨルシャミはほんの僅かに回復した体内の魔力を再び搔き集める。
「しかし……セラアニスのためとは何だ! セラアニスにそんなものを背負わせるな!」
「セラアニスのことを知らぬお前がそのようなことを言うな!」
「知らぬのはお前の方だ、エルセオーゼ!」
ヨルシャミはシェミリザの言葉を無意識に反芻していた。
使う影なんてこれっぽちでいい、影を常に溜めておくのもいい。
不可能だと思っていたヨルシャミにシェミリザは可能なこととして言ったのだ。なら不可能だなどと思っていられるか、と高速で影の魔法の改良を脳内で構築する。
学べと言ったことを後悔させてやる。
そうヨルシャミはストックである己の影そのものを圧縮し、影が回復するなりそれを繰り返す。まだ魔法そのものに使用したわけではないため影の回復は普段より早い。
消費量を抑えることは魔法に姿を変える魔力の配置ごと魔力操作により己の意思で指示することで実現した。恐らくシェミリザが行なっているのは更に高度な技術だろうが、今はこれで及第点としておく。
すべてが噛み合った瞬間、エルセオーゼの木々が一斉に黒い闇により圧縮された。
目を見開いたエルセオーゼ。その鎧をすかさず放たれた影の針が貫く。
だが倒れなかった彼は足を大量のツタで押すようにしてヨルシャミへと突進した。硬い拳がヨルシャミの頬を殴りつけようとしたところで目が合う。
他人の目だというのに、娘に見られたような気がした。
刹那、罪悪感も憎しみも愛おしさも悲しみも無力感もすべてが同時に湧いたエルセオーゼは唇を戦慄かせる。
「あ、……あ、ああぁッ! おのれ!!」
娘ではないのに娘に見えた自分が憎い。
最後に残ったのはそんな感情だった。
喉が張り裂けるほど叫んだエルセオーゼは止めていた拳を再び振り上げたが、まだ足に繋がっていたツタを静夏に掴まれヨルシャミから引き離される。
まるで軽い紙のように宙を舞い、地面に叩きつけられた瞬間――木の皮で形作られた鎧が砕け散った。
種族簡易説明図(絵:縁代まと)
(なろう内だと読みづらいと思うので、ご覧の際はクリック→みてみんの方で拡大してください)
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