第402話 最後の後始末 【☆】
人質にしてオルバートから話を聞こうというのは本気だったが、殺すことが避けて通れないのなら実行する覚悟がナスカテスラにはあった。
あの状況で武器を構えるということはセトラスに抵抗の意思があったということ。
つまりどの道手を下すことになっていただろうが――
「……まさかあのふたりがやるとはね」
窓から見えたのはリータとサルサムだった。
そこにミュゲイラを加えた三人が合流し、騎士団のメンバーも加えた一行は久方ぶりの大所帯となる。
「君も怪我をしているのか! 普段通りの出力は出ないが診てあげようか?」
「……」
「おーい?」
「……あ。ああ、すまない、俺のことか」
「サルサムさん、怪我してる自覚ないんですね……」
リータが思わず困り顔をする。
階段を下りながらナスカテスラの言葉を受けたサルサムは小指を眺めた。
「切断されたんだが出血は止まってるし化膿止めの処置もした。追加の治療をするにしてもここを脱出してからでいい」
「おや、想像してたより酷い状態だな……! 取れた部分は?」
「食われた」
それだとくっつけ直すのは難しいか、とナスカテスラは残念そうな顔をする。
「……敵がどれほど居るかはわからないが、これだけ怪我人が出ているとなると早く脱出せねば」
静夏は憂いた顔で皆を見た。
ナスカテスラは疲弊し、彼と同じく騎士団のメンバーは傷は癒えても貫通しなかった銃弾は体内に残ったまま。
サルサムは指を一本失っている。
そして。
「まだ合流できていないのはイオリ、ヨルシャミ、リーヴァとバルド、あとはステラリカか。一人にして一番色んな意味で不安な奴が混ざってるな……」
サルサムはあいつもこの上が下のどっちかにいるのか、と窓の外を見る。
リータとミュゲイラもそれぞれ未合流の仲間を心配したところでナスカテスラは例の情報を共有すべきか少し躊躇った。
詳しくは聞いていないが、バルドとサルサムは聖女一行に加わる前からのバディだという。
取り乱すということはないだろうが、今このタイミングで伝えるべきことか迷ったのだ。
すると静夏がそっとナスカテスラの肩を叩いて頷いた。ここは私に任せてほしい、ということらしい。
「サルサムよ」
「なんだ?」
「……バルドとステラリカは敵の転移魔法でどこかへ飛ばされた。恐らくこの空間にはいない」
――そんなにストレートに伝えてよかったのだろうか。
ナスカテスラはついそう考えてしまったが、サルサムは目を丸くしたもののパニックを起こすことはなかった。
リータだけは思わず大声を出しそうになったという様子で固まったが、サルサムが騒いでいないのを見て言葉を飲み込む。
「えー!? あいつら大丈夫なのか!? しかもここって転移魔法使えんの!?」
言葉を一切合切飲み込まなかったのはミュゲイラである。
しかし意に介した様子もなくサルサムは口を開いた。
「転移魔石は使えなかったが、転移魔法は使用可能なのか?」
「いや、空間移動系の魔法は規制されてるようだね! 召喚は通してる空間が別だから可能なようだが! ……それをつかえるってことは、それだけのじつりょくしゃだってことだろう」
ナスカテスラは声のトーンを落として足元を見る。
「いまどこにいるかはわからないが、はやくみつけ――う、ん?」
「どうした?」
欠けたレンズの向こうでナスカテスラは緑の目を瞬かせ、そして少し慌てた様子で窓に駆け寄ると外を確認した。
正確には階下、吹き抜けの底を。
「……認識阻害が解けた! が、なんだこのオーラは……」
ナスカテスラは目を凝らす。
見慣れない大きなオーラがひとつ。
それに隠れて見づらいオーラがいくつかあり、内ひとつはどうやらヨルシャミのもののようだった。
だがヨルシャミは弱っているらしく、オーラも常時の四分の一もない。ナスカテスラは思わず掻き消える直前の蝋燭を思い浮かべる。
そして荒れ狂うオーラがもうひとつあった。
「イオリ……のもののようだが、酷く混乱している……オーラがここまで混乱するとはどういうことだ?」
オーラの素となる魔力や魂に何かあったのだろうか。
「伊織に何かあったのか?」
静夏が心配げに訊ねる。
わからない、と返したナスカテスラは「とにかく下へ急ごう!」と階下を指した。
と、そこで静夏がつい先ほどのナスカテスラのように窓枠に足をかける。
「途中や上部にいる可能性も考慮して階段を使っていたが、底へ向かうならここからゆこう」
「生身でですか!?」
ベラが慌てた声を出したが、静夏は「先に行っている」とジャンプしあっという間に姿を消した。
ナスカテスラやランイヴァルは底まで落ちて無事でいられる魔法を使う余力はなく、サモンテイマーのミカテラとモスターシェも人間を乗せられる召喚獣は現在呼べないという。
「わー! マッシヴの姉御! あたしも行きます!」
「待ってお姉ちゃん、さすがに無理! さすがに無理だと思うから!」
「……とりあえず俺たちは階段で急ごう」
ミュゲイラの奇行を横目に言ったサルサムの言葉にナスカテスラたちは頷き、長く続く階段を駆け下りていった。
見慣れないものと伊織のオーラが突如掻き消えたのは、その直後のことである。
***
エルセオーゼが手にしたツタは硬質化した上に持ち手が生成されており、見た目はフェンシングに使うフルーレに似ていた。
それをうなじに突きつけられたヨルシャミは目まぐるしく思考を回して対処方法を探す。
もし回復魔法を使えても頸椎を貫かれればひとたまりもない。
首元だけ強化魔法をかけたところで二撃目でやられるだろう。
一か八かでセラアニスのことを話したとして、信じてもらえる気がしない。
――エルセオーゼがわざわざ即死を狙っているのは時間の節約か、はたまた娘の肉体への配慮か。
「……」
最後の思考で心が乱れた。
エルセオーゼにはきっと家族愛がある。だがそれは里への愛とは同列ではなかった。
それでも愛していたのなら、ナレッジメカニクスへ差し出すことになった時はヨルシャミに想像できないほど悩んだのだろう。
そう思考が引っ張られた瞬間、エルセオーゼはツタを振り下ろし――凄まじい地響きにたたらを踏んだ。
切っ先は刺さらずヨルシャミの首を軽く切る程度で止まる。
刹那、空気を左右に割り開くような圧と共に巨体が突進しヨルシャミを掻っ攫った。
「シ……シズカ!」
「大丈夫か、ヨルシャミよ。……いや、大丈夫ではないようだな」
塔の吹き抜けを一直線に落下してきた静夏。その着地の衝撃は地面を抉らない代わりに尋常ではない振動を四方へ伝えたのだ。
その空間の戦慄きが治まる前に静夏はエルセオーゼを見遣って問う。
「エルセオーゼ、まさか……この塔も何もかもがお前の手によるものだったのか?」
「如何にも。必要なことだったのでな。……それももはや不要となったが」
それでもやるべきことが一つだけ残っている、とエルセオーゼはヨルシャミを見た。
「その者を殺し、肉体をあるべき状態に戻す。それが儂の最後の仕事だ」
静夏は黙ってエルセオーゼに視線を返す。
家を訪れ話を聞いた時は本気でこちらに協力しようとしてくれている、と感じた。それは彼の里を思う気持ちを感じ取ったからだ。
なぜこんなことをしたのか、和解はできないのか、それを問いたかったがエルセオーゼの気持ちは決まっているらしい。
木の魔法によるものかメキメキと辺りから木の根が這い出てくる。
それらは軋む音をさせて鞭のようにしなり、静夏ごとヨルシャミを潰そうと鋭い一撃を繰り出した。
その攻撃を跳躍し避けながら静夏は言う。弱ったヨルシャミを大事に抱え直して。
「――ヨルシャミは私の、我々の仲間で家族だ。その仕事、完遂させるわけにはいかない」
どれだけエルセオーゼが命をかけたことであったとしても。
そう瞳に宿った強い意志を垣間見て、エルセオーゼは眩しいものを見るようにほんの一瞬だけ目を細めた。
東理さん(@tohli)が描いてくださったリータとウサウミウシです。
ありがとうございます!!(掲載許可有)
※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)





